君はトクベツだから

ネオン

トクベツ

 家に帰ると自分のではない見慣れた靴が目に入った。

 ナイトは、またかとため息をついた。

 ガチャリと扉を開けてリビングに入ると、そこには髪の長い女が血に濡れたカーペットの上に丸まって寝ていた。サイズの合わないシャツをワンピースのように着て、片手には血の付いた包丁を持っている。


 ナイトは彼女に近づくと、何のためらいもなく蹴った。


「おい、アイ。なんで、また、ここで手首切ってんだよ。自分の家でやれって何度も言ってるよな。また、カーペット買い替えなきゃいけねーだろーが」


 アイは眠そうにゆっくりと目を開けた。


「ん? ああ、ナイト君、おはよ。女の子を蹴り上げるは良くないとアイは思うよ。骨折れちゃうかも」

「折れたとしても一瞬で治るんだから別にいいだろ」

「とかいいつつ、まだ骨折ったことないよね。優しーじゃん」

「うるせー。そんなことより、毎回毎回俺ん家の床を血まみれにしやがって」

「えー?だって、家汚したくないんだもん。それに、ナイト君もアイが来るのわかってるからやっすいカーペット床に敷くようになったんでしょ? つまり、アイがいつ来てもいいように準備してるってことじゃん。合鍵まで渡して。言葉と行動が矛盾してるよー」


 一切悪いと思っていない様子のアイを見下ろしてナイトはため息をついた。そして、アイを甘やかして調子に乗らせている自分に呆れた。


「ため息つくと幸せ逃げるよー」

「うるせえ。誰のせいだよ」

「誰だろうねぇ」

「……で、今回はなんで、家に来た」

「今回はね、恋人がいたんだよ」

「ああ、半年前に付き合い始めたやつか」

「そう。でね、昨日、彼の家に泊ったんだけど、朝、隣で寝てる彼を見てたら、つい、ぐちゃぐちゃにしたくなっちゃって。近くに包丁がなくてよかったよ。あったら、彼のこと何回も刺してたもん。肉を切る感触っていいよねぇ。スキナヒトの血でびちゃびちゃぐちゃぐちゃになるのっていいよねぇ。って想像してたら我慢できなく名ちゃったから、彼が目覚める前に家を出て、ナイト君の家に来て、いったん死んだ。いやー、何度も死ねる体って便利だね」


 アイは、好きな人を殺したくなる、正確には好きな人をぐちゃぐちゃにして好きな人の血を浴びたい、という厄介な習性を持っている不思議な不死身ちゃんである。何度か殺しているのだが、後処理が面倒なことに気づいたアイは殺したくなったら別れるようになった。しかし、別れた後も衝動を抑えるのが大変だったから、いったん死ぬことにした。そしたら、スッキリしたため、彼氏を殺したくなったらナイトの家で死ぬことにアイは決めたのだ。なぜ、ナイトの家かと言うと、部屋を血まみれにしてもナイトが片付けてくれるからである。


「よく半年持ったな」

「いや、今回の相手はそんなに好みじゃなかったんだよ。好きなタイプじゃないから大丈夫かと思ったら、意外と優しくて、好きになっちゃったの」

「なんで好きでもねーやつと付き合うんだよ」

「だって、告白されたんだもん。街をぶらぶらしてたら、声かけられて。ついて行ったら告られて。彼氏いないから断る理由ないしなって思って」

「そんなほいほい男についていくんじゃねーよ」

「大丈夫。死なないから」


 アイは自信満々に言い切った。


「そういう問題じゃねー。って言っても無駄だよな。まあいいや。つーか、そろそろ起きろ」


 ナイトに言われて、アイはゆっくりと起き上がった。

 立ち上がったアイを見てナイトは、彼女がブラジャーを付けていないことに気づいた。


「なあ、お前、下、履いてる?」

「え? 履いてないよ」

「はあ? お前、まさか、そのでかいシャツ一枚だけで外歩いたのかよ」

「うん。急いでたし、そこに落ちてた彼のでっかいシャツ着て、そのまま来た」

「バカなの? そこら辺の変態に捕まるぞ?」

「大丈夫。電車乗ってないし」

「そうじゃねーよ。そこらへん歩いてる男にも気を付けろよ。襲われるぞ」

「ナイト君は襲ってこないじゃん」

「そりゃ、アイを襲おうなんて考えたことねーよ」

「まあ、女の子には困ってないもんね。今日も朝帰りだし」

「なんだ、嫉妬か?」

「別にナイト君のことアイは好きじゃないよ。だってぐちゃぐちゃにしたくならないもん」

「知ってるわ。お前が俺のこと好きだったらとっくに俺は死んでるよ。はら、早く風呂入ってこい」

「はーい。まあ、ナイト君はアイのトクベツだよ」

「はいはい。そーですか」

「信じてないでしょ?」

「いーや。ちゃんとわかってますよ。惚れっぽいアイがなんでかわからないけど好きになれないナイト君は、確かにアイにとってトクベツな存在ですよ」

「ほんと、なんでナイト君のことぐちゃぐちゃにしたくならないんだろうね。嫌いってわけじゃないのに、自覚してないだけで嫌いなのかな?」

「こんなに世話焼いてる人間のこと嫌いなのかよ」

「わかんないな。まあ、いっか。ナイト君が生きててくれると、アイが生きやすいからね。お風呂行ってくる」


 アイは風呂に向かった。ナイトはカーペットの処理を知り合いに頼むためにメールを送った。そして、寝室に行くと、そこにあるクローゼットの中から、アイの着替えを取り出して脱衣所に持って行き、血まみれのシャツを回収した。


 ナイトをアイは高校の時からの付き合いだ。同じクラスになって、いつの間にか仲良くなっていた。ナイトがアイと同じ大学を選んだことで、2人の交流は途切れなかった。その大学時代に、友達との飲み会帰り酔っぱらっているナイトは、アイを見かけてなんとなく後ろを付けたら、彼女が血まみれになっている姿を目撃した。ナイトはその姿をきれいだと思った。不思議と怖くなかった。ナイトは血まみれのアイに話しかけた。アイは焦る様子もなく、ナイトの疑問にすべて答え、自分の体質のこともナイトに話した。そして、現在に至る。


 ナイトはアイのことを考えると頭がぐちゃぐちゃになる。アイのことが好きで好きでたまらない。だから、アイのことを追い出せないし、世話を焼いてしまう。アイに殺されないから一緒にいられて嬉しいと思う反面、ぐちゃぐちゃに殺された人間が心底羨ましくも思う。好きになって欲しいと思う反面、このままの関係でいたい。


 好きていう感情は厄介だ。好きな相手から離れられない。だから、嫌われたいと思ってひどい態度をとるのにアイはそんな事お構いなしに近づいてくる。


 きっとこの関係はナイトが死ぬまで続くんだろうな。とナイトはため息をついた。


 ガチャリと寝室の扉が開けられた。


「ナイトくーん! 服ちょうだい!」

「なんで、素っ裸で、ここまで来るんだよ!」


 ナイトは服を投げつけた。







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