大人はぐちゃぐちゃ

大人はぐちゃぐちゃ

　ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ……。

　またあの連中だ。不快だが、下手に注意すると絡まれる。たまりかねて声をかけた友人は小一時間もあれこれご高説を聞かされた。

　咀嚼音の正体は『Gooey Yum（グーイー・ヤム）』略してGY、またはジーと呼ばれている、ある微生物の排出物を処理した完全栄養食だ。動物愛護や、もっと進んだ生物愛護を主張する連中が食べている。そして、生命を尊重しているという証にわざとぐちゃぐちゃ音を立て、自分たちは生物から搾取しないグーイストであると広告する。不快感を用いて広報する手法は以前からあったが、咀嚼音まで使うとはたまったものではない。

　そうは言っても、過去の動物愛護とは違い、奴らの主張に矛盾はない。ジーは排出物なので乳などのように生き物から奪っているものではない。また、精製の過程で微生物自体は戻されるので製造過程で生命を取ることもない。栄養的には完璧で、現時点で害は発見されていない。むしろ自然の食材の方が体に悪いくらいだ。

　それでも、だ。なんだあのぐちゃぐちゃは。最近では音を響かせるための口や舌の使いかたを教えている。ネットにはそういう動画があふれている。奴らからすれば従来の生物を搾取している我々の方がだめで、それが恥ずかしいから音を立てないで食べているのだというふざけた説までささやかれていた。

　くそ、それなら。

　俺はぐちゃぐちゃと音を立てて食べ始めた。周囲のグーイストたちが仲間がいるのかとこっちを見、カツ丼を抱えている俺をみて眉をひそめた。奴らは対抗してさらに音を立てる。俺ももっと音を立てる。

　そのうちに後ろから音がした。敵か味方か振り向く。

　そいつはエビフライ定食をぐっちゃぐっちゃとかみしめていた。やった、味方だ。

　しかしグーイスト共も仲間を呼んだ。ぐちゃぐちゃ。

　そして、店内はぐちゃぐちゃ音の大合唱となった。

　俺たちゃ、ほんとに大人なんだろうか……。