32.少女のとある日(2/2)

「……」


016は鏡に写った自分の姿……昔の幸の姿に絶句する。


「知ってるなら、教えてよ……僕の身には一体、何が起こってるの……?」

「……やっぱりここらの記憶、変になってるね」


子供の様に聞く016の言葉には答えず、少女はそれだけ呟いて顔を上げる。


「……でも、この生活も今日で終わり」

「?……終わって、どうなるの……?」

「……」


016の言葉に少女はしばらく答えようか迷っていた様だったが、仕方ないという様に口を開く。


「そう、言うなら……あなたから都合の悪い記憶を取り除いて、あなたは新しい人間として、元の暮らしに帰っていくだけ」


回りくどい言い方に、016はしばらく頭に「?」を浮かべていたものの、やがて理解した様に目を見開く。


「つまり……え、記憶操作って事?……れいちゃんがそんな事する訳……ねぇ……?だってキミは……」


016が困惑した様に焦りながらも話し続けていると、少女は容赦なく彼を冷たく見下ろして口を開いた。


「……あなたに分かるの?」

「あっ……」


その突き放した様な言い様に、016はやっと少女が自分の事なんてまるで相手にしてくれていないのに気づいて、後ずさってしまう。


「……自分が誰かも、もう分からないんでしょ」


口をつぐんだままの016に、少女はそう告げて帰ってしまおうとする。


「ま……待って!」


それを何とか引き留めようと016は声を上げるが、何を言えばいいのか思いつかない。


「……」


少女が扉に手をかけた時、016はやっと絞り出す様に声を上げた。


「016の元へは……もう帰らないの……?」


その言葉に、少女は動きを止める。


何か効いたかなと期待する016だったが、少女はもう振り返りもせずに、


「帰って何の得があるの?」


とだけ言って、無慈悲に扉を開いた。


「っ……!待って……行かないで……」

「……さよなら」


涙目になりながら手を伸ばしたのも虚しく、バタンと音を立てて閉じた扉の向こうに少女は消えてしまった。


「……ウソだ」


一人取り残された016は、強く歯ぎしりしながら現実を受け止められない様に呟いた。


「れいちゃんは……れいちゃんは、ちゃんと帰って来るって……約束した、のに……」


016はぐっと眉を歪めて呟き続ける。


「僕はずっと信じて……」


「……仕事もちゃんと……」


「なのに……」

「おい、行くぞ」


016が混乱している間、黒服といつの間にか戻ってきたらしいパーカーの男は声を掛けた。


「僕は……僕……」

「……うるさいなぁ」


016はお構い無しだったが、目隠しされて引っ張られ、ようやく状況を把握する。


「おい!……僕をどこに……」

「何?また記憶混濁してる?……毎日やってんじゃん」

「は?何を?……何をだよ!」


囚われてる状況にも関わらず声を上げ続ける016に、男もイライラしてきたのかため息をつく。


「殴ってやりたいけど、あんまり傷つけちゃだめなんだっけ……めんどくさいなぁ……」


結局何が何だか分からないまま連れて行かれ、止まったと思えば両手足を固定される。


「!……な、何を……」

「……大人しくしてなよ、今日はいつもより痛いんだから」


(ダメだ、この体……力が無くて抵抗出来ない……)


016が困惑しても、パーカーの男は落ち着いた様子で黒服に指示する。


「見せてやろうか。……いつもの場所」


すると、やっと016の視界は開ける。

そこはコンクリートに包まれた部屋に、色々な機械が置かれた空間だった。


「ここは……?」


016が聞くと、男は淡々と答える。


「だから……いつもここで記憶をコントロールしてるでしょ」

「記憶……」


『れいちゃん』と同じ事を言われて016は少し顔を歪めるものの、自分の状況に軽く舌打ちする。


(これじゃされるがままだ……どうすれば……)


が、今更状況は変わらない。


「……じゃ、始めるよ」

「!!」


男の無慈悲な一言で、016には感じたことの無い様な痛みが走る。


「いだっ……がっ……あ゛あ゛あ゛っ」


思わず唇を噛んでしまって血が滲む。

目には反射的に涙が溢れる。


(何だ、この痛みは……まるで脳が掻き回されてるみたいな……)


ただ思考は働くのか、叫び散らしながらも016は考える。


「あ゛っ……ゲホっ……あ゛あ゛っ」


(ダメだ、意識が……)


いくら016の精神状態が保てても、体はもう限界らしい。


薄れ行く意識の中、最後の力を振り絞り見上げると……


「……」


……そこには、『れいちゃん』が心配する素振りも無く、ただ冷静に016を見下ろしていた。

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