23.失ったもの

「バスあるって」

「ん、どっち?」

「あっち」


幸と016が歩き続けていると、やっと小さなバス停が見えた。


「……1時間は来ないね」

「えぇ……」


016の言葉に幸は脱力したようになり、その後大きくあくびをする。


2人で静かに座って、幸がすっかり眠ってしまった頃、やっと一台バスが来た。


「ほら、来たよ。起きな」

「うーん…」


眠そうに目を擦りながら立ち上がる幸を確認して、016はバスの方へ近づく。


「あの、行きたい所があるんですけど…」


大きくあくびをする幸の前で、016はポケットから一つメモを取り出す。

それは、015の残した005の居場所についてのメモだった。


が、その時、メモに引っかかって016のポケットから何かが落ちた。


……016は気づかない。


「このバス、こっち行きますか」


016の言葉に、バスの運転手は唸る。


「こんな所まで?……行けなくはないけど、終点まで乗ってそこから電車、大きい駅まで行ってそれから新幹線だよ、これは」

「はぁ、そうですか……どうも」


016がお礼を言うまでをぼんやり見ていた幸は、思い出したようにポケットを漁る。

そして、007から餞別で貰った小銭を取り出して見せた。


「これだとどこまで行けますか?」


それに運転手はまた困ったようになる。


「これだけだと、大きい駅までは足りないかもなぁ……」


それに幸と016が顔を見合せ困っていると、運転手は「まぁ!」と声を張り上げた。


「若いんだし、駅前なら店もいくつかあるし、そこでバイトでもさせて貰えば良いよ。さ、乗った乗った!」


その言葉に2人は頷き、バスに乗りこんだ。


小さな落し物を、そのままに……。



***



「……寝たら?」


大きなあくびを繰り返す幸に、016が苦笑気味にそう言うと、幸はガクンとしてすぐ寝てしまった。


(すぐ寝る……)


その様子にビクッとなりつつも、窓辺に肘をついて016は外を見る。


(……ずっと山だ)


そのうち、016もうとうととしてきて、ゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。


「……お客さーん、着きましたよ」


そしてそう声をかけられる頃には、幸も016も仲良く寄りかかり合って寝てしまっていた。


(しまった!あんまりにも平和だから、眠りこけた……!!)


そして、運転手の声でバッと飛び起きる016。

そんな事を思いながら辺りを見回していると、幸もパッと起きて、ぼーっと黙り込んだ後に、


「……何かあった?」


と、寝起きで涙目になりながら言う。


「何も……」


その様子に016もホッとしてから、二人で運転手にお礼を言ってバスを降りた。


「──で、どうする?電車は乗れないし、そんなすぐ金なんて…」

「そうだな……とりあえず、住み込みで働ける所があれば…」

「……そうなるよなぁ。……でも、急に泊まり込みで働ける所なんて…」


幸と016が途方に暮れていると、


「あるぜ」


声がした。


「あんた、016の兄ちゃんだろ?……泊めてやろうか?三食仕事付きで」

「あんた、……028か?!」


028と呼ばれた人物は、黒髪のボブで挑戦的な表情、そして今までの016の『家族』と違うラフな格好に、片手には麦わら帽子といった姿だった。


「伸ばしたなぁ……」

「よ!」


風になびく028の髪を見ながら016が感心していると、028は帽子をくるくると回しながらもう片手をクイッと動かした。


「ま、来いよ」



***



「帰ったぞー!お前らー!」


家に着くなり、028はそう声を張り上げる。

すると、


「わーっ!」

「おかえりー」

「にーちゃんだ!」

「にー!!」


わらわらと、たくさんの子供たちが集まってきた。


「わー」

「めーどうしたのー?」

「あー!」

「こっちのこあたらしいこ?」

「ねーなんさいー?」

「バカっ、この兄ちゃんオレより年上」

「えー?!」

「じゃあ大人なのー?」


「……」


いきなりの事に2人が無言で固まっていると、028はその子供の中の1人の頭を撫でながら、2人の方を向いて笑う。


「騒がしくて悪いな」


そして、028は続ける。


「……でも、堪忍してくれよ。こいつらの面倒見てやるのは、死んだ妻との約束なんだ」


「オレの妻は、こいつらの為に……オレに仕事をさせてくれたからな……」


少し寂しそうに言いながら子供とじゃれる028。


(仕事……)

(仕事、ね……)


その中の単語に016と幸がそれぞれ反応していると、028は子供を引き連れながらそんな2人を振り返る。


「バイトは明日からで良い。とりあえず部屋、来な」

「あぁ……ありがとう」

「ん。それで?どこまで行くんだ?」

「えっと……」


016はポケットから紙を取り出す。


すると、またポケットから小さい何かを落としてしまった。


コン、カン……トン。


今度は硬い床に落としたので、音で016はそれに気づく。


(……ポケットじゃ危ないか…)


「……」


016が拾い上げるのを見ていた幸は、何気ない気持ちで聞く。


「それ、なに?」

「えっ」


それに016はびっくりしたようにバッと手に持ったものを隠すが、条件反射だったのか、「あっ……と、」と言いながら手を開く。


「ただの……」


そう言って016が見せたのは、黒くて小さいリング状の、


「ピアス?」


……そう、ピアスの片方だった。


「あぁ、あの写真の?」

「ん……ポケットに入れてた……」


016はそう言いながらもう一つを探そうとポケットを漁る。


……が、ある筈がない。

だって、さっき落としたのだから。


(……あれ?)


016はそこでやっと気づいた。


「無い……もう一つ……」


016の顔色が、サーっと青くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る