22.少年と手紙

『016へ』


『これがきみに届くか分からないけど、きみに言っておきたい事があったので、書いておきます』


『最初に言ってしまうと、私はきみに謝らなくてはいけないことがあります』


(……何だ?)


016は不思議そうに読み続ける。


『私が仕事に出る1、2年前から、きみがれいさんの居なくなったのをキッカケに、閉じこもってずっと読み物したりテレビを見たり、家族と交流したりして、少しずつ変わっていった頃を覚えてるかと思います』


(まぁ、そうだったけど……)


016はそれがどうしたというように紙をめくる。


『最初は何をしてるんだろうと思いましたが、いつの間にか暴力を振るわなくなったきみを見て、やっときみが人と違う自分を恐れていた事に気づきました』


「……」


『……ごめんなさい。それから私がきみの変わるのを手伝ったのも、きみのその性格に私が加担していた事の、罪悪感からでした』


(……?僕のあの性格に、015が加担……だって?)


『もう直接伝えられないだろうと思うので、この機会に告白しておきます』


(……なんだろう)


016はまた次の便箋に移る。


『……きみが016としてここに来た時は、例外で、同期より一回り幼くて、そしてその頃は……特別おかしいって訳でも無かったです』


『それどころか、少し内気そうで気弱な感じがしてました』


『だからだと思います。きみがだんだんお兄さんに手を引かれて行くのが分かりました』


『だけど、私は多分大丈夫だろうと思っていました』


『……放って、いました』


そこで、016は兄の姿……006の姿を思い出す。


瞳孔の開いた不気味な瞳、少し長い左の髪、黒髪なのに、先だけ白みがかった右側の髪、ニヤッと笑う口元。


そしていつも、生傷だらけだ。


『特別きみにルームメイト以上の感情は無いし、やり直してでも助けたいとは思わないけど、家族としてのほんのちょっとの情で、きみが忘れているであろう昔のきみについて、書いておきたかっただけです』


『……それだけなんです。じゃ、お元気で……さよなら』


『ただのルームメイト、015より』


「……」


読み終えて、016はゆっくりと手紙をたたむ。


(僕の性格は、あの異常な奴だけじゃなかったって事か……?全く覚えてない……)


そんな調子で016がしばらく考えていると、


「──読み終わったか?」


と、幸が何かを持って016の元にやって来た。


「これ、さっき見つけたね」

「あぁ……」


幸の渡した2枚の紙から、016は折りたたまれた一つを開く。


(これは……005の住所?)


そこには、『005のお姉ちゃんの住んでる所』という記載と共に、住所のようなものがちゃんと書いてあった。


(じゃあ次の目的地は、005の所になる……のか)


そんな事を考えながら、016はもう一つの方を見る。


(ん……?)


すると、その紙は……


「写真……」


4人の写る、とある写真だった。


左下にどこかを見る016、右下には楽しそうにジャンプする015、そして右上には右目に包帯と、鼻上と左頬に絆創膏をこれでもかと貼っている006、そして左上には015に抱きつかれているツインテールの女の子が、それぞれ写っている。


幸は016が持つそんな写真を見下ろす。


カメラには気にも止めず、真横の方を目を見開き頬を紅潮させながら見る016。

そして、その首元には黒いチョーカーが巻かれている。


(ほんとに首輪付けてる……)


比喩だったのに…と、チョーカーの存在を知らない幸が思っていると、頭上からじっと手元を眺められてるのに気づいたのか、016が幸の方を見上げる。


(恥ずかしいなぁ、この頃の写真見られるの……ピアスとかもしてるし……)


「……上の男が006、その隣が005だよ」


困ったように頬を小さく染めながら016が説明すると、幸はひょこっと016の隣に移動して写真に指をさす。


「じゃあ、この大怪我してるのが君のお兄さん?」

「大怪我?」


幸がそう言うのも無理は無い、平気そうな顔でカメラにピースするこの男……006は顔中痛々しい包帯と絆創膏まみれで、気にしない方が難しい程だ。


「……まぁそうなるか……。あぁ、そうだよ。これが僕の兄のような存在の006だ」


016が怪我をいつもの事のようにスルーしようとしていたのを見て、幸は考える。


(お兄さんの怪我に、君は関係あるの?)


(……この写真で君は……一体何をみているの?)


そこまで考えて、幸はまた写真に目を落とす。

そこには今の016には無い、首輪のようにも見えるチョーカーが付いている。


(聞けないな……)


そして、幸の視線は羨望の眼差しでそっぽを向く写真の中の016に向けられる。


(でも……視線の先はきっと、君のなんだろ?)


そして幸は、自嘲するような複雑な笑みを浮かべながら016を見る。


(なぁ、本当に君は誰を見てるんだ?)


その視線に、016がバッと振り返ると、幸は途端にそっぽを向いてしまってもうどんな表情かも見えない。

……が、016には一瞬だけ、その表情が見えてしまった。


(え……今の、何の表情かお?)


016がそれに動揺してると、まだ考えつかないうちに幸は振り返った。


「……んで、次は005って人の所に行くんだろ?」

「え?……あ、あぁ、」


その瞳は冷めたようではあるものの、いつもの幸の瞳と変わらなかった。


「……ただし、ここからは町に出ることになる……から、」


それを見て016は少し焦りつつも、気を取り直すように話を始める。


「今までは数十人程度の村ばっかりだったけど……ここからは足がつくだろう、いつ狙われてもおかしくない環境に出る事になる」


016は話してるうちに調子を取り戻したのか、真剣な顔付きで言う。


「怖くないかとは言わないけど、……いいね?」


それに幸はフッと笑って答える。


「いいよ。……ちょっと心外だけど、君が守ってくれるんでしょ?」

「……あぁ。もちろん」


016は気づかない。

もうとっくに、幸の心は……。

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