24.少年の大切

「無い……もう一つ……」


016の顔色がサーっと青くなる。


「……大事?探す?」

「だい…!」


幸の言葉に必死な声色で返そうとした時、016の脳裏にはある場面が浮かぶ。


『はい、あげる』


落ち着いた声。

期待と喜びで見開かれる自分の目と、紅潮する頬。


「……」


それを思い出して酷い顔をしながら、016は絞り出すように言った。


「大切……じゃない……そんなに……」


バッと視線を逸らして、016は自分に言い聞かせる。


(そう……もう依存してない、から……んだ……)


ギッと歯を噛み締めながら、でも無意識に016は握った手を開いて見つめてしまう。

そこにある、小さなピアスの片方。


『……おそろい』


自分と向き合って、そう言って笑いもせず見つめてくる黒髪ロングの少女。


……どうしても、思い出してしまう。


「……そうか?……いや、君…」


そんな様子の016を見て、幸は少し険しい顔になりながら言う。


「あれ…?」


昔の自分を思い出しながら、016は、


「これ……涙?」


いつの間にか、手元に涙の粒が落ちるほどに泣いていた。


「あは……あれ?何でだろ……」

「……」


痛々しいほど混乱して、笑いながら誤魔化そうとする016に、幸は強くその手を引いた。


「……行くよ」

「え、ど……こに……」

「バカ」


何も言わずに引いて行こうとする幸に思わず016が訊ねると、幸は怒ったように振り返った。


「大事なんだろ?!強がんなよ!」

「え……」

「落し物探すんだろ。……探しに行きたいんだろ」


幸の言葉に016は目を見開いてから、静かに目を細めてか細く答える。


「……うん」


その後、2人は日暮れのバス停に黙って座っていた。

幸はぼーっと上の方を向き、016は幸のマントを被されて、目元を赤くしながら顔を歪ませている。


「……ごめん」


バスがやっと遠くに見えた頃、016は小さく呟いた。

何か回答が欲しくて言った言葉では無かっただろうけれど、幸はバスの光に目を細めながら口を開く。


「別に……」


「私は、こんな事でしか……を尊重してあげられない、から」


幸の脳裏には、016の心の中に固く囚われた、016が『異常』と切り捨てた、昔の016が思い浮かんでいた。


「……って、それだけ」


バスに乗り込んで、016は手の中にある片方のピアスを見つめて、ぎゅっと握った手ごと抱きしめるようにする。


「お客さん、こんな時間にどこ行くの?」

「……行くんじゃない。戻るんだ…」


そんな弱々しい016を見て、幸は運転手の言葉に呟くように答えた。



****



日もすっかり暮れて真っ暗な時、2人元のバス停の所でバスを降りた。


「……ほら、もう帰れないぜ。探しなよ」

「うん……」


バスはもう終電だし、手持ちの小銭ももう一回バスに乗る分までは無い。


そんな状況の中で、どちらもそんな事指摘せず、016は近くの茂みを手探りしだして、幸はそんな様子をじっと見て考える。


(……そういえば、あの紙を出した時にさっきは落としてたな)


(じゃあ、……運転手さんに見せてた時に落とした?だとしたら……)


幸はバスを乗った辺りに移動する。

すると、


(……あ)


視界に小さな黒い輪っか……016の見せたピアスと同じものが見つかった。


(なんだ。……あるじゃないか)


幸はそれに手を伸ばしながら、無意識に考える。


(もし私がこれを隠して、見つからないフリをしたら……)


(……は?)


そこまで考えて、幸は手を伸ばしていたのを慌てて引っ込める。


(いや……は?……今、何て?何て考えたんだ?)


向こうの方には必死に探している016が見える。


(見つからないフリをしたら……それがどうなるって言うんだよ)


幸は1人、乾いた笑みを浮かべる。


(バカだなぁ……)


そして、頭を一回強く降ってから、いつものように016に向かって声を上げる。


「おーい!こっちにあったぜ」

「ほんと?!」


その声に、016は心底ホッとしたような表情で、幸の方に駆け寄ってくる。


「あ……ありがと……」

「……どうも」


安心感からか思わず口角を上げながらそれを拾い上げる016に、幸は目を閉じて冷静に返す。


そしてすっかり2つ手に握りながら、016は気を取り直すように口を開く。


「……それにしても、バス代はもう無いし……」

「……」

「……?ねぇ、聞いてる……」


何も言わない幸に016が見上げると、困ったような顔で幸は016を見つめていた。


「……」


それに016はすぐさま察したように、ピアスを持った手を後ろに回して背伸びをする。


……そして、キスをした。


(……ごめんな。自分で思ったより、こいつは悪い気持ちらしい)


その最中、幸はぼんやりと考える。


(君の目が私を通り抜けて、どこかを見ようとしても……塞いでそれを邪魔しようとする自分が……自分が居るんだ)


息継ぎをして、2人はまた唇を重ねる。


(どうやら自分で思った以上に、私は君の事が……)


幸がそんな事を考えていた頃、016の手が小さな拍子でビクッとなり、その手からピアスが零れ落ちてしまう。


(あっ……)


気にはなったけどキスの最中だし、016がどうしようかと思っていた時、目の前に居る幸の肩に手を置く存在があった。


『拾わないの?』


その存在……黒髪ロングの少女は、クスッと笑って016にそう聞いた。

それに016は驚いた様に目を見開く。


『それとも、もうが居るから、私の事は忘れちゃう?』

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