12.『086』(2/3)

『1日目』


『086は今日よりこの村に配属。対象は8つの女の子、哀子あいこ


*


「写真!」


そこに挟まっていたのを見て、幸は声を上げる。

その写真の中には、ちょっとチャラいような髪型にアクセサリーの付いた青年が居た。


「あぁ…それ、僕もあるよ。みんな同じ顔で撮らされるから」


016がそれについて説明すると、幸は興味津々と言ったような目で無言で見つめる。

これは無視しきれなかったのか、016は、


「…そんな目で見たって見せないよ」


と、少し怒ったような口調で言う。


「……ほら、次次」


そう言って、紛らわすように016はページをめくった。


*


『2日目』


『この日から哀子に接触』

『哀子、両親あり。だが訳ありらしい。両親からの依頼の為まずは両親に説明』


『…は10日後を予定』


*


「…


急にそれだけ呟いた幸に、016は思わずビクッとしてしまう。


「君と同じ仕事?…ボディーガードみたいなやつ…だったよね?」


幸の質問に、016は答えられないでいた。


(そうだ……僕は……)


『…殺し屋さん』


(まだ話してないじゃないか…)


016は途端に焦り、バッと幸の方を振り返る。


「……」


幸はその突然さと見開かれた目に驚いて、少しビクッとするが、016は何も話さない。


(言っておくべきか?!今後の為に……あぁ、でもそれで警戒されたりしたらかなり危険になるな……)


「っ……」


(そもそも、僕は彼女にあの薬を……)


「な、何だよ!もう聞かないから睨むなよ!」


冷や汗をダラダラたらしながら幸の方を凝視する016に、たまらず幸が叫ぶと、睨んでた?と言うように申し訳なさそうな顔をしながら、


「……何でもない、次行こうか」


(まだ…)


016は前を向き、歪な顔で微笑んだ。


(まだ大丈夫……)


*


『5日目』


『何日か書く暇が無かった』

『執事の様な形で哀子の傍に居る事になる。哀子に距離が近いと怒られた。』



『6日目』


『哀子とピクニック』

『かなり警戒されたが、花かんむりの作り方を教えると愚痴を言いながらも作り始める。最終的に明日もどこか行く約束をしたので、多分成功だろう』



『7日目』


『086、名前を貰った。8と6なので、『ハロ』らしい』

『額の『086』の下に、『はろ』と書かれた』


*


「額?」


幸はそこに引っかかって016の方を見る。


「君は左腕の…ここでしょ」


つん、と幸に触られて、016は少し振り返って目線だけ彼女に向ける。


「『代』…いや、人によって違うんだ。僕も全て把握はしてないけど…そんなに意味は無いから気にしなくても良い」

「ほぉ…」


*


『8日目』


『早速『はろちゃん』と呼ばれる。段々と哀子に慣れてくる自分に驚く』

『おでこでは名前が見えないと言って、器用にネームバンドを作って貰った』



『9日目』


『哀子は朝が早いのですっかり早く起きる様になってしまった。朝飯は哀子の好物のパンケーキを作ってやると美味しそうに食べるので何だかよく分からない気持ちになったが悪い気はしなかった。朝飯の後は哀子と軽く散歩をした。道端の花ほとんどが花かんむりになってしまって殺風景だったがそれを見ている哀子が花よりも何倍も綺麗だったのでそれでも良いかなと思った。今日は一緒に日向ぼっこをする約束だったので肩車をしてやりながらそのスポットへ向かっていると、着くまでの間に眠ってしまって、それがとても可愛らしかった。その寝顔を見ていると何とも言えない気持ちになって頬が紅潮してきた。何でこうなるかよく分からないのでとてもモヤモヤした。仲間に聞いたら分かるだろうか。これは086だけの『間違い』なのか?普通の人間なら普通にあるかんかくなのか?とにかく哀子は可愛らしくて、他の人間とは何か違って映る』


*


「何て?!急に長っ…」


思わずツッコミを入れる幸。


「これは故障だな…」

「ははっ、確かになぁ」


珍しく冗談めいた事を言う016に、幸は楽しそうに笑った。


*


『10日目』


『分かった。これは『恋』かもしれない。今日は哀子が愛おしくてキスをした』


*


「……また急だなぁ…」


幸がちょっと驚いた様に言うと、


「こいつらはキスくらいしか愛情表現を知らないんだよ」


と、016は表情を変えることなく言う。


(こいつら?)


まるで自分は違うかのように言う016に幸が不思議に思って視線を向けると、016は幸の方を見てクスッと笑う。


「言っとくけど僕は例外だからね。キスしか出来ないと思った?……まぁそれしかしてないからね」

「……」


余裕ぶるように言う016に、幸は思わず真っ赤になってムスッとした顔で、目をそらす。


「……良いから、次…」


*


『11日目』


『キスするのはおかしいと言われた。小さい子を愛おしいと思うのは、『恋』ではないと』

『どうしてだろう。確かに可愛いもの…花登かは愛でたりはするが、やっぱりそれとは違う』

『どんなに、どれくらい好きだと言っても、では無いと、皆そればかり言う』



『12日目』


『結局、モヤモヤしたまま仕事の日になってしまった』


*


「……」


016はそこまで読んで固まる。


「ねぇ、悪いけどここからは…」

「見るなってんだろ?わかったよ」

「えっ、何で…」


言い終える前に察して答える幸に、016は思わず慌てて聞く。


「何でって…さっき怖い顔してたじゃないか。仕事についてはあんまり触れて欲しくないんだろ?後でどうなったかだけ教えてくれればいいさ」


幸は相当参ったのか、大人しめにそう言う。


「あぁ…」


少し申し訳無かったものの都合が良かったので、016はそのまま日記に戻る事にした。


「……」


016は願うように字を辿る。


*




『哀子を殺した』

『仕事は無事に終わった』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る