13.『086』(3/3)

『哀子を殺した』

『仕事は無事に終わった』




*


その短い文を、016は眺め続ける。

…やがて、考える。


(結局、僕らは逆らえないのか…?)


016の脳裏にはニヤリと笑う『男』が浮かぶ。


(あいつの言いなりで居る事しか、本当に出来ないのか……?)


「!」


そんな事を思いながら016が顔を歪めていると、次のページにも何やら書き込みがある事に気づく。


*


『……哀子は死んだが』




『哀子の体は死んでいない』


『哀子の体には新しい命が芽生えた』

『それを『愛子』と呼んだ』


『愛子は一度も笑わなかった。酷く嫌われているらしく、086は忘れられ、『はろ』とももう呼んで貰えなかった』


『体は死んでいなくとも、哀子を殺した、殺してしまった責任があった』




『086、責任をとらなくてはならない。愛子には、哀子の事を姉だと伝え、その姉の元に行ってくると言った』

『今日をもって086、哀子の好きだった花のさく丘で、死んだ彼女と心中する』




*


(……何で…)

(何でこいつらは皆、を選んでしまうんだ……)


(僕は……こいつらとは……)



***



「──えっ、どういう事だ?」


016が日記を読み終わり話すと、幸はすぐにツッコむ。


「『哀子』は死んだんだろ?なのに何で『愛子』としていきてるんだ?」


016は、殺し屋と言っても086本人だけど…なんて思いつつ、説明し出す。


「……多分086は撃たれたショックで記憶が無くなったのを、『死んだ』っていってるんだろう。…それに、殺傷能力がある銃じゃなかったかもしれないし」


016は続ける。


「…そうなんだろう?あんた」


そう話し掛けたのは、縁側に居た…最初の少女だ。


「…何?」


不審そうに呟く少女はそんな事を言いながらも、手でずっと花かんむりを編んでいた。


「……それを誰に教わった?」

「さぁ…だいぶ前から手癖なの」

「……」


どうして急に?と言うような顔をしながら少女は言う。

そこに016は詰め寄る。


「086…姉の恋人と言ったな。何故そう思った?……何故086を嫌うんだ」

「さぁ……何となく、かなぁ…」


ちょっと困惑したように眉をひそめる少女。

幸はそんな様子を黙って見つめている。

016は幸の方を見た後に、少女の方に目線を向けた。


「……あんた、あの日記…読んだの?」

「よ、読む訳無いでしょ…」


少女は明らかに居心地が悪い様に目線を逸らす。


「…なら、読んだ方がいい」


そんな少女に016は日記を差し出す。

少女はそれを見て目を丸くして、焦る様に声を大きくして話す。


「ちょっと…!この日記、引き取らない気?!そんなの今更…」

「……」


016は少女を見る。

でも、決して真っ直ぐは見なかった。

横目で苦い顔をして、ただ一言、


「あんたはそれを、読むべきだ…」



***



「──あのまま放っておいて良かったの?」


帰り道、幸は016に聞く。


「あぁ…」


*


『きっと彼女は思い出すさ』


すっかり花の戻った丘に、少女は走る。


「はろちゃん!」


丘の一番高いところで、少女は1人の青年を見つけた。


「──ここに居たのね、……はろちゃん」



****



幸は少し後ろを歩いて、016の顔を見下ろす。


「……」

「ん、…何だい」


すると、視線に耐えかねた016がそう言って振り向く。

幸は急に振り返られたもんだから、慌てて一歩後ろに下がりながら口を開く。


「いや……それより次の行先は?」

「あぁ…」


016の表情は少し難しくなる。


「あの日記にあった。……007の所…」

「ぜろぜろなな…」


幸はそれを聞いて、016の言ったのを思い出す。


『番号が近いほど関係の深い事が高いから…』


016と007。

016と086よりは近いだろう。

…と、幸がそんな風に考えていると、016はまた歩き出した。


「……」


その様子を、幸は困った様に汗を浮かべながら見つめる。


「……どうした?」

「!……いや、何でも……行こうぜ」


歯切れの悪い幸。

頭の中には、父を語った時のあの016の顔でいっぱいになっていた。


(何故か……何故かあの顔が、あの言葉以上に頭から離れない……)


「……」


さっきからずっと無言で、焦った様な顔で見つめてくる幸を、016は表情も変えず見つめ返す。


(なにか、まだ見た事のない、君の底…)




(…心の底の沼のようなものを、見た様な気がして……)


*


(そう言えばあの人…)


丘の上、花かんむりをかぶりながら、少女は思い出す。


少女の思い出す016は冷たい瞳で、幸の見えているそれとは大きく異なっていた。




(あの人、雰囲気がはろちゃんとそっくりだったな……)



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