11.『086』(1/3)

「ねーちゃん達、また!」


総出で手を振る村の皆に、幸は大きく手を振り返してそう言った。

016は何もせず、その様子をじっと見ていた。


「やー…結局タダで泊まっちまった…」

「……」

「まさかどっちもとは思わないよなぁ…」


頭の後ろで腕を組んでむむ…という感じに言う幸。


「しかも逆に、楽しかったお礼にって色々貰っちゃったし…」


幸はさすがに申し訳無さそうに自分の腰に巻かれている小さなポシェットに目をやった。


「……」


016は相変わらず相槌も打たずにそれを黙って聞いていた。


今日はよく晴れて暖かいからか、幸は何度も欠伸を繰り返して、眠気を覚ますように「それで!」と大きな声を上げた。


「次のは?」

「あぁ…」


幸が聞くと、016は口を開く。


「キミが仲良くしてた、……あのでかい人に聞いたんだ。…隣の村に一人、僕と同じ家の出の奴が居る」


「へぇー」と納得しかけた幸は、「ん?」と違和感を感じて、


「……でも、そんなのどうしてわかんだ?」


と聞いた。


016は話して無かったっけと言うように「あー…」と言う。


「ほら…僕の腕に数字あったろ?」

「あぁ……ぜろいちろく」


幸はそう言えば彼はそんな『呼び方』だったなと思い出す。


「あれは僕だけじゃなく、ついてるんだ」

「へぇ…」

「……ところで、」


幸が納得していると、016は珍しく話を続けてきた。


「この先も長いんだし……僕の名前、いい加減決めてくれたらどうだい?」


その言葉に、幸は露骨に困った顔になる。


「…そういうセンスは無いんだって言ってるだろう。……そもそも、ほんとに成人してて名前無いの?」


なんとかその話題から遠ざけようとする幸に016は、


「無いよ。016だけ」


と言ってから、顔ごと幸の方を向いて、珍しく穏やかに笑う。


「キミが決めてくれるだけでいいさ」

「……」


そこまで言われて、そんな顔を向けられたら、


「……考えとくよ」


と幸は言わざるを得ない。


…そんな不器用な幸を見て、016はすっかり期限を直した様にいつもの意地悪な物言いで、


「……前もそう言ってたけどね」


とつけ足した。


(そう言われてもなぁ…)


名前なんて当然付けたことの無い幸は、…それこそもう大人?な目の前の少年となれば適当に決める訳にも行かず、途方に暮れていた。



****



「あぁ……その人なら、私のお姉さんと一緒に死んだよ」


花かんむりのたくさんついた標識を越えると、丘の上に大きな家と、小さな家がぽつぽつ見えた。


そこの大きな家の縁側に座る少女に『数字の書いてある人』について聞くと、そんな返事が返ってきた。


「……」


016は悲しむ事も無く黙る。

幸はどういう気持ちでいればいいのか分からなくて、何も無いところを複雑な顔で見つめていた。


「……あ、知り合いなら、あの人が遺した日記…引き取ってくれない?」

「私はあの人キライだったけど…腐ってもお姉さんの恋人だったから捨てられなくて」

「……」


016はそう語る少女をしばらく見てから、彼女の言う通り日記を見せて貰う事になった。


「あそこにあるから、勝手に見て良いよ」


少女はそう言うと、元居た縁側に戻って行ってしまった。


「……」


016が日記を手に取ると、幸がそれを覗き込む。

…すると、016は幸に少しだけ教えてくれた。


「僕らはいくつかの方法で……どれかで必ず自分の記録を仲間に託す」

「……へぇ…」


幸が相槌を打つと、016は日記を開く。

そこには大きく『086』と書いてあった。


「086…」


それを見て、016は苦い顔をする。


「…知ってる人?」

「いや……記憶には無いから、どこかで会ってても1、2回…」


それにしては反応があんまり良くないので、幸は気になってしまう。

…016は続ける。


「日記なら、開いて1ページ目が自分の名前…まぁ、番号だな。番号が近いほど関係の深い事が高いから…」

「…決まってんだ。凄いなぁ」


感心している幸に、016は、


「2ページ目」


と、ページをめくらずに言った。


「…お父さんについて、何かあれば…書いてある」

「『お父さん』…」


幸はその言葉で、一つ気になっていた事を口に出す。


「君にとって……君たちにとってお父さんってどんな存在なんだい」


幸が尋ねると、016は上を見て考える様にしてから、


「僕達にとって、お父さんは…」


と考えながらと言うように話す。

…そして、


「……嫌いな人だ」

「…!」


そう言う016の顔は、怒っているように眉がつり上がって虚空を睨みつけているのに、幸には何故か無機質に感じられて、思わず目を見開いて見入ってしまった。


016はそんな幸の視線に気づいたのか、ハッとして慌てて日記のページをめくった。


「お父さんについては何も無いみたいだ」

「……」


016がそう言っても、幸は間抜けた顔でぽつぽつと汗をかきながら変な顔で眺めるばかりでちっとも返事なんてしない。


「…ほら、ボッとしてないでさ。……日記はこれからだ」

「……うん…」


やっと返事をした幸にホッとしながら、016は日記のページをまためくった。

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