8.闇雲な少年少女

「あーあ、もうすっかり夜だ」


暗くなった森の道で、幸は頭をかきながら真上を向いて歩く。


「……キミ、足元気をつけなよ」

「えっ?」


幸がその言葉に反応した矢先、


「わっ!」

「あっ……言わんこっちゃない!」


盛大に何も無い所でコケそうになる幸を、016は何とか後ろからバッと抱きかかえる。


「……」

「…どうも」


少し眉を寄せて、不満げに見つめる016に、幸は素っ気なくお礼を言う。


「……ほんと、キミって人は…」

「あっ!えーっと、そういえばさ、『お父さんの所』ってどこなんだい?」


くどく言いかける016に、誤魔化すように幸は重ねて聞いた。


「……さぁ…」


……。


?! 」


そのあまりにも適当な物言いに、幸は、


「あきれた……知らないで行くのかい?!」


と、声を大にして言う。


「……そこらの記憶が無いんだ」


それに、016は申し訳無さそうに返した。


「そんな本格的な旅かぁ…」

「大丈夫。僕と同じ家の出は多いから……きっとどこかで聞けるさ」

「そんな上手くいくもんなのか…?」


幸は気の遠くなるような感覚についそう言ってしまい、慌てて考えないように首を大きく振った。



****



「何で取ったんだよ…」


狭い道に入り、016が常に構えている小銃を取り上げて、幸は子供のように焦る彼を見る。

…それをようやく返した後、016は冷や汗をかきながら呆れるようにそう言った。


「……キミ、普通に危ない事忘れてる?」


小銃を構え直しながらそう続ける016に、


「だって……物騒じゃないか」


と、幸は言う。

それを聞いた016は、小さくため息をつく。


「……状況はずっと物騒だよ」


そう告げた後、急にスイッチが入ったのか016はバッと幸の方を振り返り、


「大体、もう忘れたのかい?!ついさっき命の危険がキミにはあったんだ」


と、イラッとしながら声を張り上げる。


「一人と撃ち合うだけで腰抜かして、……言っとくけどキミ、僕が居なけりゃ今頃…」

「なっ……」


かっとなりながら次々に痛い所をついてくる016に、幸は反論しそうになるものの、それは全て図星で、幸はぐっと口をつぐんで堪え、顔を後ろに背ける。


「……そうだよ。表面だけ強がったって、ただのいくじなしだった事は認めるさ…」


その上で、幸はプライドを捨てても選びたい『本当の強さ』の為に振り返る。


「な、教えてくれよ。戦い方…」

「……」


強がる事もせず真剣に頼み込む幸。


「……嫌だ」


それを、016は無慈悲にもそう切り捨てる。

…が、それには理由があった。


「キミに教えて良いと思っているのは、自分の身の守り方だけだ」


それは、016自身の強い意志。


「そんな事……言わないでさ…」

「女の子が……女の子がそんな事……知っちゃダメだ」


ただ、目の前の少女を気にかける一人の少年として。

…が、こちらもこちらで強い意志のある幸にはその言葉は伝わったとて、心は動かさない。


「そうだ!みんな女だからって、そう言うんだ!!」


それどころか、その発言は彼女の地雷を踏んでしまったらしく、幸は大声で怒鳴る。


「ただ家族の仇を討てるくらい強くなりたいのに、女も子供も関係無い!そうだろ?!」

「……違う…!」


『女』というワードに強く反応する彼女に反発するように、016は被せた。


「違う……女だからじゃない……」


バッ…と、片手を伸ばしてそう言った後、016はその手をゆっくり下ろし、


「……キミだから…」


と、小さく呟くように言った。


「キミだから……キミには知って欲しくない……」

「……」


懇願するように顔を伏せ、真剣に言う016。

そんな016を困ったように笑って幸は口を開く。


「……そう言って貰えるのはありがたいけどさ。自分の事くらい、自分でケリつけたいんだ」

「……」

「それに、普通を捨ててまで選んだ道だ。中途半端に助けられたって、…そんなの嫌なんだ」


幸も真剣にそう言う。


…が、お互い一途すぎるくらい真剣な故、どちらかが相手の感情なんてもので折れることは無かった。


「……とにかく、僕は協力しないよ」


十分な沈黙の後、停戦を申し出るように016はそう口を開く。


「勿論キミの気持ちも、…尊重したい、けど……やっぱりキミには、を行って欲しくはないんだ」


幸は彼が自分を思って言っているのが分かるからこそ、そう言い続ける彼を無表情で見下ろす事しか出来なかった。


「キミが決断しても、できるなら……それでも僕はキミに、『普通』の女の子に戻って欲しいって思ってるよ」


真っ直ぐと見つめながら言う016。

幸はそちらを全く見ずに、


「…考えとくよ」


と言ってから、眉を寄せて怪訝な顔で彼を見下ろした。


「……もっとも、今の自分にとっての『普通』はコレだ。もう普通の女の子ってのも分からないし、……人間ってもんは、そんな言葉だけじゃ簡単には変われないのさ」


嫌に『普通』を強調するように言った016に、幸は嫌味っぽくそう告げた。


……つまりは、あんたの言葉じゃ変われないと言っているのと同等だ。


「……」

「…何だよ」


幸が見ると、普段はそういうのをスルーする016でも、さすがに拗ねたのか、でも上手く拗ねきれないのか、口をつぐんでそれっきり黙り込んでしまった。


「…おーい……いじけるなよ…」

「……」

「ほら、町だか村だかが見えるぜ?あそこに泊めてもらおう。な?」


幸が見え透いてご機嫌を取ろうとしてももう遅く、これではそんな頑固な奴の、中々終わらない意地っ張りを、出来るだけ刺激しない様にする他無かった。

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