7.少女の過去
「…旅だ」
016は続ける。
「……旅をしよう。長旅になるが……留まってるよりはマシだろう」
「旅?!」
突然のワードに、幸は驚いたように声を上げる。
「旅だって?!……旅ったって大体…どこ目指してどうやって行くのさ?!アテなんてあんのか?」
驚くのも無理は無い。
幸はちょっと国家に追われているだけの、普通なら高校生…なのだから、旅をしたことが無くても仕方が無い。
急にそんな、ファンタジーのような事を言われても混乱するだろう。
焦りながら聞く彼女に、016はアテを話し出す。
「僕のお父さんの所さ。あそこより安全な所を……僕は知らないからね」
「お父さん…」
幸は少しだけ自分の父を思い出してしまう。
長い間、一人で自分を育ててくれた父。
…そうするとふと気になって、幸は聞いてしまった。
「どんな人だい、君の『お父さん』って」
聞くと、目線が合って、慌てて幸は、
「や、君はやけに自分の事…身の上を語ろうとしないからさ」
と付け足した。
すると016はフッと笑って目線を逸らし、
「機会が無いだけさ」
と答えた。
そのまま016は続ける。
「第一…キミだって、ちっとも昔話しようとしないじゃないか」
そう言われて確かに…と変に納得してしまい、幸は何も言えなくなる。
…が、変になってしまいそうな空気を放っておくことも出来ず、やっとの事で幸は答える。
「……言わなくてもさ、父さんから聞いてると思ったんだよ。それに、…聞いたってつまらないと思うけどな」
笑いながらそう告げる幸に、016は「いいよ」と言って聞きたそうにする。
「……」
それで逃げ道を失った幸は、
「……とりあえず昼、食べてからなら…」
と、渋々折れて承諾した。
****
「……一番古い記憶は、3歳位だったかな」
食後に幸は、ぽつぽつと話し始めた。
幸の頭の中には、幼い記憶……小さな服を着て、小さな体ではしゃぐ、黒髪の女の子が居た。
「その頃はバカみたいになんも考えてなかったけど、……多分、楽しかった」
そこから一変して、幸の頭には『それ』を見て阿鼻叫喚する両親と、想像の中のそれを見ている幸自身……絶望的な表情をしている女の子が映った。
「それを見たのは、5歳位の時。今でもあれが何なのかは、ほんとはよく分かってない。……けど、何か大変なものを見てしまったのは分かった」
そして場面は子供の足元に移る。
自分の足のような視点から、ゆっくり顔を上げて足の先にあるそれを見た。
「その日、旅館に帰った後、父さんと2人でちょっとだけ居なかった隙に……」
場面は赤、赤、赤。
その赤いのの上に転がってるのは、
「お母さんと、まだ名前も無い弟が死んでた」
……。
黒髪の少女は、赤いシミのある布に巻かれたそれを布ごと抱く。
「…死んでた」
「──その弟を巻いてた布は、綺麗に洗って何となく置いてた。…お母さんの形見は、父さんが首元に身につけた」
「…だからこれは、2人の形見だな」と、幸は付け足して言った。
幸の記憶の中の少女は、もう笑うこと無く黒髪でも無くなっていた。
「……それから、だいたい10年」
白髪の少女は大きくなっていき、ラフな格好から最後は制服の、……016が持っていた写真と同じ姿になる。
「高校生になって、やっと人並みに学校に通えて笑う事も出来たが…」
「……1年も経たずに、また来た」
少女の景色は歪み、モヤになっていく。
「父さんが死にかけたんだ。……もう一生、普通の生活は送れないと感じた」
やがて視界は真っ暗になる。
「……でも、何か吹っ切れたようで、少し安心もしてしまった」
そして次に現れたのは、『今の姿』の幸だった。
「そこでやっと踏ん切りがついたのさ。強く居ようって、形見をこうやって巻いて、名もない弟に守られるように」
***
「──と、まぁ、そういう訳。案外恥ずかしいな、こういうのって」
回想から戻り、幸は目を閉じて口角を上げる。
「あ、でも……感想とかはよしてよ」
しんみりさせたり同情させる為に言ったんじゃないと言う幸に、016は無言でそれを見つめるだけ。
「…で、君の方はどうなんだい」
「……」
「言いたくないなら良いけどさ、ちょっとくらい教えてくれても……」
「……」
「そんなダメか?」
016は、不満そうに言ってくる幸の方を見て、それから少し目線を落として目を瞑った。
「……僕の方こそ語るまでも無いけど…」
そして、話し始める。
「今言える事は、お母さんが居ない事と……『お父さん』と、同じ屋根の下で育った『奴ら』が家族って、それだけだよ」
それだけ言って、016は幸の方を見て小さく笑う。
「だから、家族愛ってのは……よく分からないな」
「……こっちは、家族愛以外さっぱりだ」
それだけ言って、2人はお互いの知らない『愛』を教え合う様に、静かに目を閉じて寄り添いあった。
身長差で幸の肩にもたれ掛かる016。
そんな016の頭の上にこてんと頭を倒す幸。
2人はそのまま日が暮れるまで、ゆっくりと進む穏やかな時間が、ただ過ぎるのを感じていた。
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