4.少年の仕事(4/5)

首を吊った男。


「……」


それを黙って見つめる016を、幸は振り返ってキッと睨みつけ、それから怒る訳でも無く、弱々しく声を絞り出す。


「………知ってたんだろ…?」


その姿を、016は顔色一つ変えずに見つめた。


「僕は……キミの父さんに、キミを頼まれただけ…」


ただ、淡々と言う016に、幸はそっぽを向き「ふっ……ふふふ……」と乾いた笑いを浮かべた。


「一人で死ねってのか……」


そして幸は、その場にヘタ…っとしゃがみ込む。


「置いてかなくたって……置いてかなくたって良いじゃないか……」


もう泣きそうな声で言う幸に、016は近づき、


「一人では死なないよ」


と言った。


悲しんだりもせずにそう言う016を、幸は目に涙を溜めながら、複雑な表情で睨み上げると、


「……」


…016はいきなりぐるっと正面から向き合うように顔だけ動かして、自分の唇を幸のそれに近づける。


「!……よしてくれ!!こんな時に…」


一瞬理解が追いつかない様に、でもこんな状況でコミカルに呆れる事も出来ずに幸が思い切り振り払うと、016は真顔で幸のことを見つめながら、サッ…と素早い身のこなしで元の位置に戻る。


「……」


そのまま、普通の時ならとても痛いような深い沈黙が訪れてから、016はフッと男の方を見て、


「あれ、自殺じゃないよ」


と言った。


「……父さんが自殺なんてするもんか」


幸は床に丸くなって座りながら、何も無い床の一点だけを見つめながらそう答えた。


「抗ったんだと思うよ。必死で」


016の言葉に、幸は顔を上げる。

すると、彼はただじっと男を見つめていた。

彼は憐れんだり悲しそうにする様子は無いものの、幸には真剣で居ることだけは分かれた。


「見ておきな、辛くても。……キミのお父さんを…」


016に言われて幸は父親を見つめた。


父親の開いたままの瞳に映った情けない姿の自分を見て、幸は目を深く瞑ってから、瞳に力を宿して力強く立ち上がった。


「きっと定めなんだ。……私は…は、最後まで戦う」


そして、ハッキリと幸はそう宣言する。

幸の頭の中には、『私達』……ある日突然、理不尽に死んで行った家族の姿が鮮明に映し出されていた。


「……それがキミの答えだね」


そんな彼女に、016はしかと聞いたと言うように反応した。

それを見て幸は寂しげに笑って、


「もう帰っていいよ。私は、…もう良いから。君もこれ以上は危ないでしょ」


と言った。

016はそれを聞いてか聞かずともかスっと立ち上がり、男…幸の父親の方へ近づく。


「約束していた。…自分が死んだら、形見はキミに……って」


そう言って、016は男の襟の方から手を入れ、小さな飾りのついたペンダントを取り出す。


「……どうも。…いや、ありがとう」

「ん」


それを016に手渡されて幸がお礼を言うと、016は小さく返事をする。


「…あと」

「ん?」

「言ったでしょ。キミが死ぬ時まで一緒に居るって」


幸には一瞬なんの事か分からなかった。

…が、それが『離れない』事を意味しているのだと思うと、変わらない安定感が幸には何だか安心のように感じて、でもやっぱり『死ぬ時』なんて言う彼に、幸は余裕も出てきたのか、


「こんな時でも、…ウソでも生き残る可能性は与えてくれないんだな」


と、意地悪な事も言ってのけた。


「……」

「…じゃあ君、こっちが死んだらどうすんだい」


動じず黙り続ける016に、幸は聞く。

幸にとってはこれも『答えて貰えない質問』のつもりだったが、「いや…」と016は口を開く。



「僕は……キミの死ぬ時、…その時に僕の役割は終わるんだ」



つまり…?

幸は答えて貰ったは良いが、あまり良く理解出来なかった。

…でも幸には、彼にとってがとても大きいものだということだけは分かった。


「一体何やさんなんだよ…」

「……」

「…まぁ、言いたくないなら良いけどさ」


しかし、二回連続で答えて貰える事も無く、まただんまりをされてからは流石の幸も慣れてくる。


「で?どこに向かってんの」


幸は、今度は答えて貰えるように正面に回り込んで聞く。

すると、


「ほんの気休め程度だけど」


と、前置きしながら016はポケットをゴソゴソとやって、一つ、とても小さいものを取り出して自慢げに見せてきた。


「何それ?」


016の見せたものは、指の腹くらいの小さくて黒い『何か』。

無言で見せられただけじゃそれが何か分からなかった幸が聞くと、016は彼女の手にそれを乗っけて答える。


「キー」


……。


「キー?」


あまりに短い答えだったので、幸は聞き返してしまう。

そうしてからやっと理解して、幸は、


「キーって、家とかの?」


と聞いた。


「うん」


幸はその小さい『キー』に顔を近づけてぐぐっとピントを合わせながら観察する。

頑張っても幸には小さすぎて、黒くて四角い板にしか見えなかった。


「でも『キー』って、何でさ」


幸がまた改めて聞くと、016は幸の方ではなく、向こう側の茂みを少し困ったような顔で見ていた。


「……拠点を変えるんだよ」


016はそう答えて、幸をその茂みの方向から守るように片手をさちの居る方に伸ばし、もう片方の手を後ろにやった。


「…?」


幸がその光景を不思議そうに見ていると、茂みの方からガサッ…と小さく音が鳴り、


バンッ…


と、大きな音が一帯に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る