3.少年の仕事(3/5)

「父さんも父さんだよなぁ……。何もこんな時にお使いだなんて」

「……」


よく晴れた次の日。

幸と016は、幸の父に頼まれたお使いに出掛けていた。


『……娘をお願いします』


「……」


016は幸の父に言われた言葉を思い出して不穏に黙り込む。


「ん…どした?」


そんな雰囲気の016を見かねて幸が声を掛けると、016は彼女の方をじっと見てから、


「君のお父さんは……」


と言いかけてから虚空を睨みつけてしばらく考えた後、


「…いや……なんでもない」


と、辞めてしまった。

幸は何だ…?と思いながらも、「…そうだ」と言って、ポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出す。


「それよりお使いだ」


そう言ってその紙を開くと…


「 あっ?! 」


そこには、短い手紙のようなものが書かれていた。


そのお金で、2人で遊んできなさい

出来るだけ遅く帰ること

父さんの分まで楽しんで

︎ 父さんより



「父さん……何を今更……」


幸は呆れるように、焦る様に小さく呟いてから、


「 帰る!! 」


と、怒るように大声を張り上げて回れ右をした。


ガシッ…


「!!」


その動いた腕を掴まれた感覚に幸がまた振り戻すと、その腕を掴んでいたのは016だった。


「何?!…どうしたの?」

「……」


016は言葉を選ぶように少し黙ってから、怒ったようにも見えるくらい真剣な表情で口を開いた。


「どうせ死ぬなら……一日くらい楽しんでも、損は無いんじゃないの」


その余りの真剣さに、


「どうしたんだよ、急に…」


と、幸は思わず圧倒されてしまう。


「……。さぁ…」


しかし、当の本人である016は、どうして自分がそんな事を言ったのか分からないでいた。


(僕は……僕のこの迷いは、何だと思う?)


016は、『誰か』に語りかける。

頭の中には、昨日の幸の姿……頭を抱えて怯え、死にたくないと悲痛に叫ぶ彼女の姿が浮かんだ。


(死の怖さを抱えて生きるか、いっそ死んでしまうか……どっちが幸せなんだろうね)


016は『誰か』に語り続けながら、ゆっくりと幸へ手を伸ばす。


幸は遠慮がちにその手の方へ手を伸ばし、もう少しという所まで近づいてから、バッと016がその手を取る。


「……」


幸も016も少し赤くなって、繋いでない方の手で何となく自分の胸に手を当てる。


(…僕は、分からなくなっちゃったよ)


016の『言葉』は、誰に届く訳でもなく、静かに青空に溶けた。



****



恋愛映画を見て、ポップコーンを食べて、出店を回ったり、コスプレして写真を撮ってみたり…。


2人は様々な『楽しいこと』を体験した。


「こーゆーの、初めてかもなぁ」

「僕も」


楽しんでいるうちにすっかり日も暮れてしまい、2人は最後に絶景だと言う大観覧車に乗りに行った。


「……」


疲れ果てて、綺麗な夜景にロマンチックな雰囲気。

2人は自然と黙り込んで、外だけを無言で見ていた。


「…あっ」


プツン…


すると、突然観覧車の中の明かりが消えて、観覧車自体も止まってしまう。

そこでやっと幸は口を開く。


「弱ったなぁ……停電?よく見えないけど君、大丈夫?」


(暗闇で2人、は…)


016はと言うと、今日見た映画の中のワンシーンを思い出していた。


その中であった、同じような状況で、2人は…。


「ん?……どうした?」


頬を触れられた感覚に、幸は声を上げる。

016は何も言わず、顔を近づけて…


…唇に唇を付けた。


かあっ…


たちまち幸は真っ赤になり、立ち上がって後ろにバッと飛び退いた。


「なっ…何のつもりだい、君…」


混乱したように言う幸に、


「キミ、赤くなってる」


と、016は言う。

幸は頬を染めたまま腕を組み、なんなんだ…?と思いながらも、反論するように口を開く。


「君もじゃないか」

「…僕も?」


(赤い?…僕が?……?)


016は混乱したようにそわそわとする。


(でも……)

(確かにあったかい……頬も、身体中…)


そう思ってに…と笑う016を見て、幸は「ふっ」と声を上げる。


「何だよ、その顔は」

「!」


016が見上げると、…そこには、初めて笑った姿になった幸が居た。


「それで笑ってるつもりなのか?…ヘンな奴だなぁ」


そう言う幸の顔も大概では無かったが、でも不器用にもちゃんと笑っていた。


「キミが…キミが笑ってる」


016は穏やかな顔でそう言う。


「そりゃぁ、ロボットじゃあるまいし…笑いくらいするよ」

「……うん。でも、よく分かんないけど…嬉しいんだ」


016の大袈裟っぷりに、冗談めかして幸が返すと、016は真剣にそう返した。


そして2人は、そんな和やかな雰囲気の中で、観覧車が止まってる事なんてすっかり忘れて長いひとときを楽しんでいた。



***



「……やっぱり今日は、帰らない方が良いと思うなぁ…」


すっかり夜になった頃、やっと観覧車を降りて帰路に着いていると、突然016はそんな事を言った。


「何言うんだよ、帰らなきゃどうすんだ」


またいつもの奇っ怪な言動が始まった…と苦笑する幸。


「それに、父さんも待ってんだ」

「……」


その言葉に、016は一気に重い表情になる。


「……わかった」


でも、彼には言い返す理由も術も無く、観念したように幸の手をぎゅっと握った。


「どうしたんだよ君。……おかしな事言うんだァ」


茶化すように言う幸に返事もせず、016は考える。


(僕は、見過ごしてよかったのか…?)


そのまま帰宅し扉を開けた幸の目線の先に、真っ先に映ったのは、


(僕は…)


「……」


(……見殺しにして、良かったのか…?)


……首を吊った男の姿だった。

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