2.少年の仕事(2/5)

「…わかった。何か付けるから、それだけはやめて」


バカ?と言われて心外そうな顔をする016に、幸はそう言う。


「あー…その代わり、期待はしないように…」


焦りながら言う幸に、016はもうケロッとした表情で「どうも」とだけ答える。


(気が変になりそうだ…)


久しぶりの父親以外の他人との会話だから…と言う訳でも無いだろう。

幸はこのおかしな会話を早く切り上げようと、「それで?」と大きめに言った。


「君は、いつまでここに留まるつもり?」


幸の質問に、016は迷う事無く


「キミが死ぬ時まで」


と答えた。


「……」


幸は意外な答えに少し固まってから、少し嘲笑う様に、煽るような口調で答えた。


「へーっ。死ぬ時って、死ぬ前提?」

「うん」


意地悪な質問に016は悪びれも怯みもせずに平然と言ってのけるだけでなく、


「キミは死ぬよ。もうすぐにね」


と、淡々と言ってのけた。


最早言い過ぎな位ハッキリと告げた016に、幸も参ってしまって「そんなハッキリ…」と呟く。


「………あはは、手厳しいなァ…」


さすがの幸も、辞めてよ…と訴えるような、少し弱々しい表情を浮かべて、でも言葉では強がる。


「まぁ、…良いんだけどね。知ってるし」


そう言って、幸は016に背を向ける。


「知ってる…から……」


声がか細くなってくるが、隙を与えたら何を言い出すか分からない。


「……待ってな。君の住む準備なんか、しなきゃいけないからさ」


幸はそう言って、逃げるように部屋の外に向かうと、


バタンッ…


と、強く扉を閉めた。


「……」


幸の口角は、歪につり上がっていた。



***



(そう、知ってる……)


脱衣場で裸のまま突っ立って、幸はふと考えてしまった。


(知ってたんだよそんな事。もう…死はそこまで迫ってる……)


幸はそこまで考え込んでブルッと震えてしまって、この震えは寒いからだと言い聞かせて慌てて浴槽のお湯に浸かる。


(ハッ……何を今更……)


口を開けて笑い飛ばそうとしても、声が出ない。

お湯に浸かってるのに、震えが止まらない。

『考えない事』が出来なくて、…怖いと思わないことが出来なくて、幸は引きつった笑顔のまま固まってしまう。


(……いっそ、早く…)


幸が沈むように湯船に顔をうずめると、


ガチャッ…


と、脱衣場の扉が開く音がした。


「ひっ…」


幸は小さく声を上げ、風呂に浸かってるはずなのに身体中寒気がして、冷や汗が止まらなくなる。


(とうとう……とうとう来てしまった?)


いっそ…なんて思っていたのが嘘のように体が震えて、目頭が熱くなって、幸は混乱する。


ひた、ひた、ひた…


ほんの少しだけ、足音が聞こえる。


(手が…体が……動かない…)


「ぁ……ゃ……」


声も、声にならない声しか出なく、


ひたっ…


すぐ後ろで止まった足音と、人の気配に、出ないと思った声は、


「だ…まだ…まだ死にたくない…っ!!!」


叫び声となって幸の口から出て風呂場中に響いた。


「?!」


ガタッ…


自分の声にビックリしたようなタイミングで聞こえた物音の方を、幸はゆっくりと見た。


「……」


そこには……016が居た。


「……」


ビックリしたぁ、どうしたの?とでも言いたげな、そんな表情で。


「……」


チャポン…と、幸が頭を抱えていた手が、水面に落ちる音がする。


「……」


……。


「出てって!!」

「はいっ」


016は頭に?マークをたくさん浮かべながらも、条件反射で返事をしてすぐさまそこを後にした。


(何って…何っっって奴だ……)


一人になった風呂場で、幸は顔を赤くして、冷や汗でない汗をかきながらそんなことを思っていた。


(…でも、怖さは和らいだ…かも……)


「……」


(……ビックリしたぁ…)


その頃。016は016で、顔をちょっとだけ赤くしながらも、ホッと息をついていた。

…その様子は、何が悪いのか、本当に分かって居ないらしい事を示していた。


(……怖い……か…)


そう思いながら、016はさっきの彼女の顔を思い出す。


涙ぐんで、怯えるように小さくなっていた幸。


(女のコ……だもんなァ…)


(……)


016は、今度は彼女の『資料』を思い出す。


彼女は、ようやく新しい生活を送る段階になったと思ったその時、何者かに追われているのに気付き、その生活を諦めてここまで来たらしい。

また、彼女の父親が言うには、その際に少しでも気を強く持とうと、髪をバッサリ切り、スカートを履かなくなり、言葉遣いも変わったとの事だった。


(だから、親子以外からの愛を知らない……って、事だったな。…そんな子を、僕は…)


「……」


***


「──全く、ひどい目にあった」

「……」

「…聞いてんの?」


幸と視線が合い、016はようやく「ごめんなさーい」と言った。


幸は半袖短パンの、今の気候だと少し寒そうな格好で、風呂上がりの濡れた髪をタオルでガシガシとやっている。


「ま、とにかく……明日は外出るから、準備するならしときな」


幸の言葉に、016は首を傾げて、「僕も行くの?」なんて答える。


「ン?……当たり前だろう?君、ボディーガードみたいなもんじゃないの?」

「…んー……」


呆れたように言う幸に、016は長考するように腕を組み、真上を向いた。


…そして、幾分か迷った後、


「そー言われればそう…だけど、違うと言われればそれもそう…」


と、要領を得ない答えを返した。


「……心配だなぁ…」


そんな調子の016に呆れながらも、幸は「…さ、もう寝るよ」と、016をベッドに追いやった。


「……」

「消すよ」

「うん…」


電気のスイッチに手をかけて言う幸に、016は小さく答えた後、


「キミはどこで寝るの?」


と聞いた。


「さぁ……ソファーででも寝るよ」

「…風邪ひかないようにね」

「君もね。…おやすみ」


幸のおやすみの声と同時に、その明かりは消されて、辺りは真っ暗になった。

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