第一部

第一章 旅立ち

1.少年の仕事(1/5)

「…誰?」


現れた少女に、少年は拍子抜けしてしまう。

ショートの白い髪に鋭い眼光、ズボンに濃い赤のマントといった格好の少女は、少年顔負けの凛々しさだった。

…少年の低身長を更に誇張するような、同年代では高い方に見えるその身長も。


(同じ人……?)


少年は思わず、貰った『』の写真と見比べてしまう。

…確かに髪型以外のパーツパーツは同じに見えるものの、それ全体が醸し出す雰囲気は全くの面影も無いように少年には見えた。


「これ…」


親族にそれらしき人は居なかったけれと、万が一、顔の似た人の可能性があってはいけない。

少年は少し困惑しながらも、手に持っていた写真を目の前の少女に差し出す。


「……」


少女はその写真を二本指で挟んで受け取ると、もう一方の腕を腰に当てて仁王立ちして無言で眺める。


そのまましばらくの沈黙が続いた後、少年が口を開くと、


「それ…キミの写…」

「 あっ!ばかっ! 」


…大きな声と共に、バッ…と、一人の男が現れた。


さちっ!!」


男は慌てたように少年と少女の間に割って入り、少女の方を向いてそう声を荒らげる。


「この人はな、父さんが呼んだんだ。…だから敵じゃないんだ、…何かしてないだろうな…?」


幸と呼ばれた少女は、『父さん』の言葉を聞いて、呆れたようにため息をついてから、「してないから……」と一言言った。


「自分に向けられたものに殺意があるかどうかくらい……もう分かるから」


…バタン。


そう言い残して少女…幸が出ていった後の扉を、少年は何かを思うようにじっと見ていた。


男は幸が別の部屋に行ったのを見ると、ホッと息をついて、それに気づいた少年と目が合う。


「…来てくださってありがとうございます」


男は言う。


「ご存じだと思いますが……私と娘…幸は、もう長くは生きられません」


男の頭にはある光景が鮮明に浮かぶ。


それは、黒髪の幸を抱くその男と、幸よりも小さい命を抱く女。

その男女が目を見開いて大声を出し、焦り狂う様子。


「私の一家は偶然にも家族旅行中に…見てしまったんです。」


男の頭の中で、その男に抱かれた幸はに気づいて真っ青になる。


「何を見たのかはあなたにも言えませんが…いわゆる国家機密って奴なんでしょう」


男はそこまで言うと思い浮かべるのを止め、自嘲するような、複雑な笑いを浮かべる。


「平和な一家族が見ていいものでは、到底無かった…」

「……」


そんな顔をする男を、少年は顔色を変えずに見つめる。


その後も男は語った。

男と幸は、一時はこの僻地へ逃げ平和に暮らしたものの、忘れた頃にまたやって来たのだという。


「明らかに私達を……殺す気でした」


一介の父娘おやこに国家を相手にするような事なんて出来ない。

最早死は決まった未来になったと語る男は、悔しそうに唇を噛んでいた。


少年にとっては半分くらいが報告書で見た通り、もう半分が初めて聞いた事だった。


「だからせめて、娘にだけでも……最後に幸せになって欲しいんです。……だから…」




「……娘をお願いします。…███さん。」



***



「ん、あぁ……君ね」


話の後、男に場所を教えられて少年が幸の部屋に行くと、幸は地べたに座って少年の渡した写真を見ていた。


「それ、見てるの?」


少年がしゃがんで興味深そうに覗き込むと、幸は不満そうに「むっ」と声を出す。


「悪い?自分の昔の写真見ちゃ」

「いや…」


少年が焦りもせずに弁解しようとすると、幸はバッと立ち上がって両腕を腰にやり、仁王立ちになった。


「そもそも君、誰?…父さんが呼んだんだろうけど、君も見たの?」


幸は頭をクイッと動かす。

少年はしゃがんでいたから、そんな幸を首が痛くなりそうなくらいの角度で見上げている。


「……」

「…もしかして、助っ人の殺し屋?ボディーガード?だったり?」


少年が喋らないでいると、幸はそう続ける。

それで少年はやっと、「まぁ、そんなところ…」と小さく笑って言った。


「……そ…」


少年の言葉に、幸はそれだけ言って考え込む。


(父さんも……続けるつもりなんだ)


幸は目を細めて虚空を睨みつける。


(でも、こんな子呼んでまでしなくても良いのに)


幸がチラッと見ると、少年は無垢な表情で幸を見つめる。


(…他人を巻き込まなくても、2人で最後まで抗って、結果で一緒になるなら、別にそれでも良いのに……)


そこまで考えて、それ以上はもう無駄だと悟ったのか、幸はまぁいいか…と少年に向き直る。


「……で、君…名前は?」


そう聞かれて、少年はキョトンとして


「名前?…僕の?」


と言った。

幸が「ん」と答えると、少年は少し考えてから、左の袖をぐっとめくる。


「これ?ぜろいちろく?」

「…ぜろいちろく?」


少女は不思議そうに繰り返してから、少年が突き出した腕を見る。

…すると、二の腕辺りに『016』と印字のようなものがされているのを見つけられた。


「あきれたっ!」


いきなり大きな声でそう言った幸に、少年…もとい、016はビクッと小さく跳ねる。


(困ったなぁ……父さん、本当に何呼んだんだろ…)


「とにかく君、それ名前じゃないよ」


幸が呆れつつも困ったように言うと、


「じゃあキミがつけてくれればいい」


と、平然とした表情で016は言う。

それを聞いた幸は困ったように、でも複雑そうに笑った。


「…はっ……バカなこと言わないでくれよ、そんな事……。…自分でつければいいだろ、好きなようにさ」


話題を変えるようにさっさと言いのける幸に、016は「そう言われてもなぁ…」と、こちらも困った様子だった。


「……」


それからしばらく016は考え込んで、ようやく「あっ」と声を上げた。


「……キミ、幸でしょ?」

「ん、そうだけど…」


何か思いついた様子の016に、幸は興味深そうに近寄る。

すると016は、得意げに一言。


「じゃあ、幸男ってのは?」

「……」


016はどお?と言うように見上げる。

そんな016に、幸の顔は、呆れを通り越して少し青くまでなる。


…そしてやっと、


「……バカ…?」


とだけ、振り絞るように幸は言った。

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