僕だけの魔法

柚城佳歩

僕だけの魔法


ここは国で一番の魔法学園。

毎年優秀な魔法師を輩出している有名校でもある。

そんな学園の裏庭で今日も一人、魔方陣を描いては消してを繰り返している。


「またダメかぁ……」


お手本を見ながら、そっくり丁寧に描いているというのに、精霊が出てくるどころか陣に反応すらしない。

手順も呪文も合っている。何度も確かめたから間違いない。

本来ならばここで召喚に応じた精霊が出てきてくれるはず、なんだけど。


「何がいけないんだろう……」


たまに、陣が一瞬だけ光る事はある。

でもそれまでだ。何度やってもそれ以上の事は起こらない。

繰り返し練習してもどうにも突破口が見出だせなくて、休憩がてらその場に座り込む。


僕、ロイエは先生方の間で〝ある意味問題児”として認識されている。


素行に問題なし。

授業には欠かさず出ている。

筆記試験も悪くない。

寧ろそれ単体なら上位の方ですらある。

けれど実技においてはまるでダメ。

追試の常習者だった。


別に真面目にやっていないわけではない。それは断じて違う。

先生や教科書が示した通りにやっているのに、何故かいつも上手くいかないのだ。

先生方も一緒に原因を考えてくれたり、練習に付き合ってくれた事もあるけれど、結局上達しないまま今に至る。


それでもこれまでは落第をスレスレで交わしてなんとかやってきた。でも今度の卒業試験ばかりは難しいかもしれない。

卒業試験は筆記の他に、実技試験として、魔方陣で呼び出した精霊との契約を課題に出されている。

精霊は種族や特性によってランクごとに分けられていて、契約した精霊と筆記試験での総合点が最終的な成績となるのだ。

仮に筆記で満点を取れたとしても、実技が零点だったら合格点にはとても届かない。


「あー、もう!何がいけないんだよ!」


やけくそになって、形も手順も全部無視して線を引いていく。

基礎なんてどうでもいい!

手本も関係ない!

こうなったら呪文だってデタラメだ!


「はぁっ、はぁっ、なんだこれ……」


出来上がったのは、一言で表現するなら〝ぐちゃぐちゃ”としか言いようのない線だった。

これは流石に魔方陣とは呼べないだろう。

もし誰かに見られたら笑われてしまいそうだ。

なかった事にするべく消そうとした瞬間。

今まで見た事のない強烈な光が、周辺一帯を包み込んだ。

あまりの眩しさに目を開けていられない。

少しして光が弱まった頃、目の前に誰かがいる気配があった。


「お前か、俺を呼び出したのは」


声のした方へ顔を向け、そのまま固まった。

僕がさっき描いたぐしゃぐしゃな線の上、神々しいオーラを纏った飛び切り綺麗な顔の男の人がそこに立っていたのだ。

……いや、人じゃない。精霊だ。

人型を取れる精霊は、最上位ランクに分類されている。

呼んだのか?僕が?あの落書きみたいなもので?

頭の中をハテナマークが飛び交う。


「まさかとは思うが、これが魔方陣のつもりか?ちんちくりんが陣とも言えないもので俺を呼び出すとは!こんなもので呼ばれたのは初めてだ。はははっ、長く生きていると面白い事もあるものだな!」


突然目の前に現れた精霊があまりに綺麗だからつい見蕩れてしまったのもあるけれど、初対面の相手に対して普通に失礼じゃないか!?


「あの!確かにそれは自分でも魔方陣とは思えませんし、あなたからしたらチビかもしれませんけど、さっきから笑いすぎじゃないですか?」

「すまんすまん、会った事のないタイプだったものだから新鮮で、ついな。それはそうと、何か願いがあるんじゃないのか。それで呼び出したんだろう?」

「あっ」


そうだった。

想定外の事が起きて重要な事を忘れていた。

姿勢を正して改めて向き直る。


「僕はロイエといいます。いきなりですが、僕と契約してください!」


実技試験がいつも上手くいかない事、このままでは卒業も危うい事、試験にパスするまでの期間限定でもいいから契約してほしい事を順に話すと、意外にも相槌を打ちながらしっかりと聞いてくれた。


「ふむ、それは大変だな」

「僕の陣に応じてくれたのはあなたが初めてなんです。今を逃すときっともう卒業試験には間に合わない。だからお願いします!」

「わかった」

「え!本当ですか!?」


あっさりと了承の返事が貰えた事に驚きつつも喜んだ時、


「ただし、もう一度俺を呼び出す事が出来たらな。卒業試験でも俺を呼べたなら、その時は期間限定と言わず、正式に契約してやろう」


……喜びは一瞬で幻へと変わってしまった。




卒業実技試験当日。

開始の合図と共に、皆一斉に地面に陣を描き始める。

制限時間は一時間。

この試験の前に、既に契約を済ませている生徒もいるので、筆記試験と比べて参加者は少ない。

満足のいく精霊と契約出来たのか、早々と先生に報告へ行く生徒もいる中で、僕は例によって手本に忠実に魔方陣を描いては消してを繰り返していた。

でもやっぱり何も起こる気配はないまま、時間だけが過ぎていく。


結局あの日奇跡的に呼び出せた精霊とは契約が出来なかったけれど、その後も何度か思い浮かぶまま線を引いてみては魔方陣(仮)でまた呼べるかを試みたりもした。

でも当然ながらそんなもので呼べるはずもなく、何の対策も立てられないまま試験本番を迎えてしまった。


あの日、あんなすごい精霊を呼び出せたのはまぐれだったんだ。

頭ではそうわかっていても、唯一の成功例だけにどうしても思い出してしまう。

皆に話してもきっと「夢でも見たんじゃないか?」なんて言われて終わりだろうけれど、偶然でもなんでも精霊を、それも人型のものを呼べたのは事実だ。


「残り五分!」


タイムリミットが迫ってきた。

どうする。このまま教科書通りの陣で挑戦するか、一か八かであの時みたいに基本を全部無視してめちゃくちゃにやってみるか。

……もう迷っている時間の方がもったいない。

ここまできたら、なるようになれだ!


「よし!」


あの時はやけくそだったけれど、今度はあの精霊の姿を強くイメージしながら、感じるまま地面に新しい線を引いて、思いつくままの言葉を紡ぎ、デタラメな呪文を唱えていく。


「なんだあいつ、ついに気でも狂ったか?」

「あまりにも出来ないから諦めたんじゃないのか」


そんな声が遠くから聞こえても無視した。

今はこれに懸けるしかない。


「残り一分!」


出来上がったのは、落書きみたいな線の固まり。

祈る気持ちで見詰めるも、さっきまでの魔方陣同様、何の反応もない。

……あぁ、やっぱりダメかもしれない。

でもまだ終わったわけじゃない。

お願いします。どうか応えて……!


「やはりお前は面白いな」


秒読みのカウントダウンが始まった時、聞き覚えのある声と同時に強烈な光が会場中に広がった。


「教科書通りでは無理で、こんなぐしゃぐしゃな陣ならば俺を呼べるとは、先祖に天の邪鬼でもいたのか?」


来てくれた。また呼べた。

あの日見た精霊が、そこにいた。


「……僕は由緒正しき人間ですよ」


光と同時に会場のざわめきも消え、僕たちに視線が集まっているのを感じる。

こんな風に注目されるのは初めてだ。


「ほんの冗談だ。さて、以前言った事を覚えているか?」

「もちろんです。再びあなたを呼べたなら、正式に契約をしてくれると」

「ロイエ、だったな。では早速契約をしよう。俺の名を呼べ」


彼がそう言った瞬間、頭に直接言葉が流れ込んできた。

これが、彼の名前。


「……僕の手を取れ、!」

「御意に」


僕たちの周りを突風が吹き上げた。

体の内からじんわりと熱が広がっていく。

新たな繋がりが出来た事が感覚でわかった。


「契約成立だ。ほら、さっさと報告に行ってこい」

「あ、うん!そうだね、行ってくる」


……この日の事は、後に〝落ちこぼれの奇跡”として学校中で噂される事になる。

僕の影響なのか、しばらく構内のあちこちで落書きみたいな陣が目撃されるようになったとか。




その後の僕はというと、問題だった実技試験もクリアした事で、卒業の合格ラインを余裕でクリア。

今は各地を巡りながら魔法研究をしている。


「僕はどうしてあんなめちゃくちゃな陣でラファルを呼ぶ事が出来たんだろう」

「別に教科書の内容が全てではないだろ。ああいうものは大まかな指針にはなるが、万人に当てはまるわけじゃない。ロイエには違うやり方の方が合ってたってだけだ。あれはお前だけの魔法だな」

「……僕だけの魔法、か」


正解は一つじゃない。未知のものがあるからこそ、新しく知るのが面白い。

初めのうちこそあった遠慮もすぐになくなって、今ではラファルは良き相棒となっている。


「次はどこへ行こう」

「ここのところ賑やかな場所にいたから、しばらくは静かに過ごしたい」


移動するため地面に描くのは、基本型とは似ても似つかないめちゃくちゃな線の魔方陣。


「こんなもので魔法を発動させるとは、やっぱりロイエは面白いな」

「これが僕のやり方だって、もう充分知ってるでしょ」


次は、景色のいいところでキャンプするのもいいかもしれない。


「行くよ!」


光を放つ魔方陣へ、ラファルと一緒に飛び込んだ。



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