エピローグ
火曜日の朝。私は朝起きて、顔を洗ったり、朝食を食べたり、高校の制服である黒いセーラ服に着替え、身だしなみを整えたりなんかをして、今はもう家を出ようという時間だ。
そんないつもの朝だが、最近ひとつ、この家にも変わったことがある。
「おはよう月乃! このハムエッグという食べ物は美味いな!」
それは、小さくて可愛い茶髪ショートの幼女、鵺のぬーちゃんが居候することになったことだ。
そんなぬーちゃんは、朝食をムシャムシャと美味しそうに食べている。
この子とは、一昨日に本気の戦いをしたはずなのだが、今ではもう、そんな気は起きない。
「こら、鵺! それは俺のだろ!」
弟がぬーちゃんにハムを取られている。最初はぬーちゃんを警戒していた弟も、すっかり慣れているようで安心した。
お母さんはそれを温かい目で見ながら、「こら、ケンカしないの」と、優しく叱っている。
「じゃあ、私は学校に行ってくるから、留守番よろしくね?」
ぬーちゃんにそう言うと、「まかせておけ」という頼もしい返事が帰ってくる。
弟からは「いや……人のものを取らないように叱ってくれよ」と言われたが、無視をする。
ちなみに弟の名前は
私が「いってきます」と言うと、「「「いってらっしゃい」」」という三つの声が返ってくる。
玄関から外に出る。視界には、いつもの閑静な住宅街が広がっている。
五月も半ばだというのに、今日は少し、肌寒い。
ふと、道端に目をやると、小さな石ころが目に入った。
衝動に駆られ、人差し指でそれを指差す。
すると、ふわり、と小さな石ころが宙に浮かぶ。
私は毎朝これをしている気がする。もしかしたら、これがモーニングルーティンになっているのかもしれない。これをしても、パフォーマンスが良くなるとか、そんなことはないのだが。
そんなことを考えながら、能力を使って小石を放ると、地に落ち、転がっていく。
力の調整を間違えて、少し強く放ってしまったが、蓋の無い側溝のところへと転がっていった為、安心する。
──しかし、次の瞬間。
何かがパキッと割れるような音がしたかと思うと、「ぐわおぉう!?」という、聞いたことがある洋画の吹き替えのような渋い声が聞こえた。
「まさか……」
私はその声の主を確認する為、側溝の中を覗き込む。
すると、そこにはやはり、先日妖怪山の自然公園で会った河童が倒れていた。よく見てみればお皿が割れていて、どうやら私が放った石ころが当たってしまったようだ。
「えっと……ごめんね?」
私がそう言うと、河童の体がピクリと動き反応する。
「ぐ……くそう、尻子玉を取ろうと潜伏していたが、まさか気づかれるとは……」
河童はそんなことを言って、どうやら勘違いをしているようだ。そういえば、側溝の中にいるだけで阻む物が無いのにも関わらず、能力のレーダーに引っ掛かるはずのこの子の存在がわからなかった。河童の能力なのだろうか。
そんなことを考えていると、側溝の中に水が少し流れている為か、河童の割れたお皿がみるみる復活していく。
「こんなふうに治るんだ……」
私が少し気持ち悪く思いながら見ていると、河童が起き上がり、こちらを見た。
「お嬢さん、尻子玉を頂きにきた……大人しく渡してもらおうか」
河童はそう言うと、側溝から飛び上がり、道路に着地する。
「ガッ──!?」
そして、その着地点にちょうど軽トラが通り、河童は撥ねられてしまった。
撥ねられた河童は、そのまま放物線を描き、別の側溝の中へと落ちていった。チャポン、という音がしたので、おそらくは大丈夫だろう。多分。
気を取り直して、私はY高へ向かい住宅街を抜けて行く。
しばらく歩き、くねくねと住宅街を抜けると、いつもの丁字交差点に出る。
「つっきー! おはよう!」
すると、いつものようにひーちゃんからの元気な挨拶が私を迎える。
「おはよう、ひーちゃん」
私もひーちゃんに朝の挨拶を返し、それから一緒に歩き始める。
そういえば、昨日私はひーちゃんにこれからも『ひーちゃん』と呼ぶことを伝えていた。
正直、『うさぎ』も捨てがたかったが、やっぱり『ひーちゃん』と呼びたい気持ちが勝ってしまったのだ。
それを伝えると、ひーちゃんは「そっか……わかった!」と、笑顔で言ってくれた。そして、「でも……たまにはそっちて呼び合うのもいいかもね、『くまちゃん』?」とも。
私達はそのまま、いつものように通学路を共に行き、私の通学路に唯一ある横断歩道の信号に捕まる。そういえば、高校に入学してからこの信号に捕まらなかったことは無かった気がする。
「ねえねえ、つっきー! これ見て!」
ひーちゃんは私に何かを見せる為、ポケットの中に手を入れている。そして、そこから取り出したのは新しい『物繰り少女』のキーホルダーだった。
「それは……?」
「見ての通り! 『ご当地妖怪』の新グッズだよ!」
どうやら、家入は私達に会ったにも関わらず、まだ『ご当地妖怪』のグッズを作り続けているようだ。少し調べたところによると、『ご当地妖怪』のグッズはXX市内のみならず、全国的に人気が出始めているらしい。グッズの展開もかなり予定されていて、順調な様子だ。
勝手にモデルにされて、それを売ったお金が家入の懐に入るのは少し腹立たしいが、XX市の繁栄に繋がるのなら、まあいいだろう。
「それにしても……まだ集めるんだね、それ」
私は、不思議に思ってそう聞く。それを作ったのはひーちゃんを誘拐した張本人で、モデルになった人間は隣にいるというのに。
「うん! 結構気に入ってるんだよね。それに、大事なお友達がグッズ化されているなら……買わなきゃ!」
「私はそのグッズ化を、許可してないんだけどね……」
私がひーちゃんにそう言うと、彼女はハッとした表情になり、「もう買わない方がいいのかな……?」と聞いてくる。
「うーん……まあ、いいんじゃないかな?」
「やったー!」
ひーちゃんは私の言葉を聞いて、両手をバンザイさせて喜んでいる。
まあ、どうせ私がモデルにされている、なんて販売元に伝えても頭がおかしいと思われるだけだろうし、能力を見せて証明なんてしてしまえば大騒ぎになるだろう。
なので、この『ご当地妖怪』に関しては黙認することを、私は決めていた。
「ねえ、つっきー?」
「うん? どうしたの?」
先程までバンザイをしていたひーちゃんが、私の顔を覗き込んで声を掛けてきた。
「つっきーは、『物繰り少女』のことをどう思ってる?」
ひーちゃんは突然、私にそんな質問してくる。「『うさぎ』と『ひーちゃん』のどっちで私を呼ぶ?」と聞いてきたときにも思ったが、不思議な質問をする子だ。
「どうって……私をモチーフにした……ご当地キャラクター?」
私は普通にそう答えた。なぜなら、私にとってはそれ以上でも、それ以下でもないからだ。
「うーん、じゃあ……好き? 嫌い?」
ひーちゃんはその答えに納得できなかったのか、もう一度私に質問をしてくる。
「ええ……? まあ……どっちでもないというか、普通?」
「そっか……でも、私は大好きだよ。優しくて、格好良くて、可愛くて、綺麗で……私のことを助けてくれた、憧れの存在なの」
私が質問に素直な答えを返すと、ひーちゃんからは『物繰り少女』を褒めちぎる言葉が返ってくる。これは、一体どちらへ向けてのものなのだろうか。
「ねえ、ひーちゃん……それって──」
「あっ……! つ、つっきー! このままじゃ遅刻しちゃうよ! 早く学校にいこー!」
急に恥ずかしくなったのだろうか。ひーちゃんは顔を赤く染めて、私の言葉を遮ると、先に学校へと向かい走って行ってしまう。
「ま、待ってよ、ひーちゃん!」
私も、その後を追い走り出す。
もし、ひーちゃんが言ったことが私へ向けての言葉だったら──。そんなことを考えて、私も顔が熱くなる。もしそうだったのなら、褒めすぎだ。
それからすぐにひーちゃんに追いつき、近づいていくと、「キャー!」と言いながら『うさぎ』だけに脱兎のごとくスピードを上げて逃げて行く。
「ちょっと!? ひーちゃん!?」
「アハハ! 私を捕まえてごらーん?」
ひーちゃんは、こちらに振り返りながら戯けて笑ってそう言った。
私はそのおふざけにノッて、スピードを上げひーちゃんを追いかける。すると、彼女はすぐに捕まった。ひーちゃんはそんなに足が速くなかったのだ。
「『うさぎ』ちゃん、つーかーまーえーたっ!」
私はひーちゃんの肩を後ろから優しく掴む。すると、彼女は笑ったまま「アハハハっ! 捕まっちゃったあ……」と言って、こちらへ振り向いた。
「もう……いきなり走り出さないでよ……」
こうして追いかけっこをしていると、なんだか小さな頃にでも戻った気分だ。ひーちゃんとは、こうやって遊んでたんだっけ。
そんなこんなで周りを見ると、私達は学校の校門近くまで着いていて、今の追いかけっこを何人かの生徒が見ていたらしく、微笑ましそうにこちらを見て笑っていた。
恥ずかしい。こんなに見られているとは思ってなかった。
その生徒達の中には、クラスの私とひーちゃんの間にいる男子もいて、目が合うと気まずそうに去っていった。
「あーあ、もう……なんだか目立っちゃったみたい」
「あはは! 楽しかったね!」
私は、まだ楽しそうに笑っているひーちゃんを見て、ため息をつきながらも笑ってしまう。確かに、楽しかったからいいか、と。
そんな私達に、背後から誰かが近づいてくる感じがした。
その数は二つで、一つは妖気を隠せていないので、バレバレだ。多分あちらも私のことをすぐに見つけられるだろう。
「おはよう、火虎先輩」
「えっ!?」
私がそう言うと、驚いたひーちゃんが振り返り、背後を見る。私もそれと同時に振り向くと──やはり、火虎先輩と九頭龍先輩がいた。
「あちゃあ……やっぱりわかってまうんか。流石、『物繰り少女』やで!」
火虎先輩は相変わらずのニヤニヤとした顔で私を見ている。いつも何かを企んでいるのだろうか。
「おはよう、和隈さん、陽菜さん」
「おはようございます! 智香先輩!」
そう言って挨拶を交わし合う九頭龍先輩とひーちゃん。だが、私には引っかかることがあって、まだ挨拶を返していなかった。
「………? 和隈さん?」
挨拶が返ってこなかったからか、九頭龍先輩が少し困った顔でこちらを見ている。
「あの……」
私はあることを伝えようと、口を開く。
「その……よかったら……私のことも……月乃って呼んでください……」
ようやく言えた。私はひーちゃんが九頭龍先輩のことを『智香先輩』と呼び、『陽菜さん』と呼ばれていることになんだか寂しさと羨ましさを覚えていたのだ。
「ふ、ふふふっ……」
「ど、どうして笑うんですか……?」
私が意を決して言った言葉を聞いて、九頭龍先輩は笑いだしてしまった。勇気を出したのに。
「もう……可愛いわねえ、『月乃さん』は……!」
「わっ!」
九頭龍先輩はそう言いいながら、私のことを抱きしめてしまう。彼女からは、なんだかいい匂いがして、柔らかかった。
それよりも、私のことを『月乃さん』と呼んでくれた。とても嬉しい。
「私のことも、『智香』でいいわよ!」
「は、はい……『智香先輩』!」
こうして智香先輩とお互いを名前で呼びあえるようになった私は、またひとつ彼女と仲良くなれた気がしていた。
「あれ? アタシは?」
そんな私達の間に、火虎先輩がひょいと顔を出し、そう聞いてきた。
「あっ……そうだね、じゃあ……『晴子』で」
「先輩が消えた!?」
私はちょっと意地悪くそう言ってみた。
「あはは、じゃあ私も『晴子ちゃん』で!」
「うだひなちゃんまで!?」
それにひーちゃんも乗っかってきた。火虎先輩はショックを受けているようだったが、どこか楽しそうだったので、呼び方はこのままいこうかな、と考えてしまった。
そんなやり取りをしていると、きんこんかんこん、と校舎の方から予鈴が鳴るのが聞こえた。そろそろ校舎に入っていなければならない時間だ。
「アカン! 遅刻する! みんな、行くで!」
「あ、待ってよ!」
そう言って、先程の私達のように走っていってしまう先輩達。
「私達もいこっか」
私とひーちゃんもそれに続き走り出す。
校舎へは、私達と同じようにたくさんの生徒達が走り出していた。
それからは、午前の授業を受けて、お昼休みになるとお弁当を食べ、それから午後の授業を受け終えて、気づけばもう放課後前になっていた。
しばらくすると、担任の美人爆乳教師(女子の間で、最近合コンに失敗したという噂が流れているらしい)が「連絡事項無し! お疲れ! さようなら!」と、いつものように言って去っていく。
私は帰り支度が終わったので、席を立つ。すると、ひーちゃんがこちらへ向かって来ていた。
「つっきー! 今日から『物切り少女』探しをやるんだよね?」
「うん……そのはずだけど……」
そのとき、スマホの通知音が鳴り、確認してみると晴子先輩からのもので、『二年C組集合!』とだけメッセージが送られてきていた。
私達はそれに従い移動する。そして、その二年C組に辿り着くと、まだ放課後になったばかりなのにも関わらず、教室の中には晴子先輩と智香先輩だけしかいなかった。
ガランとした教室を不思議そうに見ていると、智香先輩が「晴子がやったの……どうやったかは聞かないでいいわ」と言った。
そんなことを言われると余計に気になってしまうが、話が進まないので聞かないことにした。
「それで……月乃ちゃん。今日一日過ごして、能力の……レーダー? ってやつに『物切り少女』の反応はあった?」
「ううん、全く無かった。少なくとも、一年生の中にはいないと思う。今日欠席してるとかでもなければね」
今日一日、お昼休みの時間に校舎内を散策したりもしてみたが、そういう反応は一切なかった。それに、意識していなかったとはいえ、月曜日も晴子先輩以外の妖気を学校で感じることはなかった。
「考えられるのは、学校を長い間休んでいるか……私のおばあちゃんやお母さんみたいに妖気を消せるかじゃないかな」
「うーん、そうかあ、まあアタシも何も感じんかったしなあ……」
どうやら智香先輩も、他の妖気を感じたりはしなかったようだ。
「私もいろんな人に青い髪の女の子の話を聞いてみたんですけど、みんな「見たことない」って言ってました……」
ひーちゃんは持ち前のコミュ力を活かして、知らない人達にも進んで聞き込みをしていたが、残念ながら成果はなかった。
「やっぱり……学校には居れへんのやないかな……」
「うん、私もそう思う」
私と晴子先輩は、どうやら同じ結論に達したようだ。
同じ学校にいるのなら、妖気をこれだけ感じないのは不自然だ。妖気は、私がレーダーで物を感知するのと違い、壁があろうと一定の距離までなら感じられるからだ。
それに、妖気を完全に消して日々を過ごしているにしても、青い髪の美少女なんて目立つ存在は、少し聞き込めば名前が出てくるはずだ。
「そんな……」
私達の結論を聞いて、智香先輩がガックシと肩を落とす。テンションが駄々下がっているようだ。
「まあまあ、絶対にいないとは決まったわけじゃないですから……」
私は、そんな気休めを智香先輩に言った。すると、彼女は「そうよね! 諦めなければ会えるわよ!」と言って復活する。意外とポジティブな人だなあ、と私は思った。
「ねえねえ、つっきー」
テンションが下がったり上がったりしている智香先輩を、少し面白く思って見ていると、ひーちゃんに肩をチョイチョイと突かれてたので、そちらを見る。
「そういえば知ってる? 明日、転校生が来るって噂……」
「え? なにそれ……」
「『物切り少女』について聞き回っていたときに教えてもらったんだけど……なんでも一年生で、さらに私達のクラスに来るらしいよ」
「……ふーん? 転校生って、こんな時期に来るものなのかな……?」
せっかくひーちゃんがしてくれた噂話だが、私は半信半疑で聞いておくことしよう。そう考えて視線を動かすと、晴子先輩が目に入る。
そうだ、噂のほとんどが本当だった前例がここにいるじゃないか。もしかしたら、Y高の噂話は信憑性が高いのかもしれない。私は半信半疑の『信』の割合を少し増やしておくことにした。
「へっくしゅ!」
そんなことを考えていたら、晴子先輩が可愛いくしゃみをした。今日もどこかで噂されているのだろう。
「風邪かな……まあ、ともかく! 今日の放課後も足で探すしかないな!」
晴子先輩はそう言うと、足をポンと叩いてみせた。一体どういう行動なんだろうか。
「足で……ですか?」
「そう! 聞き込みするんや! 『人探しの基本は足で探すこと』やで!」
「……?」
私がこの人は一体何を言っているのだろう、という顔をしていると、智香先輩が呆れながら「晴子は昨日見た刑事ドラマに影響を受けてるのよ」と言った。
「刑事ドラマですか?」
「ええ、今の時代に合わない古い考えと、古い捜査方法で、何故か毎回事件を解決してしまうっていうやつね」
「そう! 結構おもろいで!」
火虎先輩はそう言って銃を撃つ真似事をした。
「ふふっ……『足で探すなんて古いですよ。今の時代、科学が全部なんとかしてくれますから』ってね……」
「おお、主人公のヒロシのライバルで、科学捜査のスペシャリストのダイゴの台詞やん! やっぱ、智香も好きなんやな!」
先輩達はそう言って、よくわからないがなんだか盛り上がっているようだ。やっぱりこの二人は仲が良いな、と、改めて私は思った。
「つっきー、私達もああいうのやりたい!」
そんな先輩達の横では、ひーちゃんがよくわからないことを言い出し目を輝かせていた。だが、それはちょっと考えさせてほしい。
そんなことより、そろそろその『足で探す』っていうのを始めたほうがいいのではないだろうか。私はそう思い、「じゃあ、早く捜査を開始しよう。日が暮れるよ」と言って、ようやく放課後の『物切り少女』探しが開始された。
まず、私達が最初に行ったのは、保健室だ。ここならば、私達は誰も行っていないし、保健室登校という可能性もある。しかし、保健室の先生に聞いても、「そんな生徒はいないかな……」という答えが返ってきただけだった。
次に向かったのは、女子バスケ部だった。正直、保健室以外にめぼしいところはなかったので当てずっぽうだ。そして、私達の中では一番背の高いひーちゃんが勧誘されていたが、断ってしまったようだった。
途中、暇だったのか晴子先輩が妖怪特有の身体能力でダンクシュートを決めてしまった。それを見たひーちゃんが「つっきーもできるの?」と、目を輝かせて言われたので、私もダンクを決めてしまう。そうして注目の的になった私達は、逃げるようにバスケ部をあとにする。
やるんじゃなかった。目立ちたくないのはずなのに。
その次に行ったのは、女子サッカー部だ。晴子先輩が「『モノケリ』って『物蹴り少女』やろ? やったらここに居ったりしてな!」なんてつまらないことを言っていた。もちろん『物蹴り少女』なんていなかった。
さらに次に行ったのは、茶道部だ。晴子先輩が今度は「『モノコリ』って『物凝り少女』やったよな? ってことは……どういうことやろか?」なんて言い出した。そんなの、私にもわからない。
それから、他にも様々なところに行ってみたのだが、結局校内に『物切り少女』の情報は無かった。
結局、部活動体験をしていただけのような気がする。まあ、結構楽しかったのだが。
「捜査失敗やなあ……なんの手掛かりも無かったわあ……」
私達は日が暮れかけている中、校門前に集まって話していた。
「もう遅いし、今日はこの辺にしましょう?」
智香先輩がそう言って、今日のところは解散になった。
先輩達と別れた後。ひーちゃんと一緒にいつものルートで帰っていると、彼女が口を開き、「楽しかったね」と言った。
私はそれに「うん、そうだね」と、返す。
「『物切り少女』には会えなかったけど……こういう平和で楽しい日が続くといいね!」
「……そうだね」
そんなやり取りをして、ひーちゃんとバス停で別れると、家に帰り、晩御飯を食べ、お風呂に入り、ぬーちゃんに「おやすみ」と言って眠りについた。
そうして、平和で楽しい火曜日が終わった。
──そして、翌日水曜日。
私は昨日と同じような登校を行い、今日も同じような平和な日になると思っていた。
そんな思いが打ち砕かれたのは、Y高の校舎に近づいたときだった。
────知っている『妖気』を感じたのだ。
それが一体誰の妖気なのかは、一緒に校舎へ近づいていた晴子先輩もわかっていたようで、お互いに目を合わせてしまった。
とりあえず、授業は普通に受けようということで、私達は教室に向かい、席につき、朝のホームルームが始まるのを待っていた。
すると、段々と私のクラス、一年A組にその『妖気』が近づいてくる。
私は嫌な予感がしていた。
そして、その『妖気』がすぐ近くに来たときに、私は思った。ここ、Y高の噂話は、本当に信憑性が高い、と。
教室のドアが開かれ、担任の美人爆乳教師(
だが、今日は美人爆乳教師だけでなく、もう一人の影があった。
──それは青い髪で、私と同じ黒いセーラー服を着ていた。
「はーい、ちゅうもーく!」
美人爆乳教師がそう言うと、クラス中の視線が集まる。
「突然ですが、今日は転校生を紹介しまーす! さ、自己紹介して」
その声を聞いて、隣にいた少女が前に出る。
「今日から転校してきた、
転校生──水鳥総美はクールな感じでそう言って、ペコりと頭を下げた。
学校に来たときから感じていた、この『妖気』は彼女のものだ。
そして、昨日探していた『物切り少女』本人でもある。
そんな彼女の方を見ると、こちらを見ていた。
目が合う。水色の、綺麗な目が。何かを訴えかけているようにも、何も考えていないようにも見える。
続いてひーちゃんの方を見ると、彼女もこちらを見ていて、口パクで『物切り少女?』と言っているのがわかる。
私はそれに頷き、再び水鳥総美の方を見る。すると、彼女はまだ私の方を見ていて、少し見つめ合ってしまった。
彼女が敵意だとか、悪意だとか、そんなものを持っているようには思えない。
前に会ったときも、どちらかといえば私達を助けてくれたのだ。
だから、あのときのぬーちゃんや、河童みたいに私達をどうこうしようという気は無いと思いたい。
私は、自分を落ち着かせる為、一旦窓の外を見る。雨が振り始めていた。もう五月も半ばなので、梅雨に入っていくのだろうか。なんだかその雨が、私を不安な気持ちにさせる。
これからどうなるのだろうか。先週からずっと、こんな不思議な出会いばかりな気がする。
同じ『かきくけこ五大妖怪』達の子孫である晴子先輩と出会い、その友人で、現代版の『かきくけこ五大妖怪記』を作ろうとしている智香先輩と出会い、鵺のぬーちゃんと出会い、そして、小学校の友人だったひーちゃんに出会えた。他にも少しいるが、それはおいておく。
そして、今日はそんな最中に出会った少女に再び出会えた。
この出会いがどんな出来事を引き起こすかは、わからない。
だが、どうか、昨日ひーちゃんが言ったように、平和で楽しい日々であってほしいと、私は願う。
──私が友達や妖怪に振り回される日々は、まだまだ続きそうだ。
物操り少女〜モノクリガール〜 虎風乃者(とらかぜ のもの) @niwatoriika
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