デフォルメパニック
私は窓の外にいる、おそらく鵺であろう存在を見つめていた。
目の前の存在から感じる妖気は、今日嫌という程感じたもので、どうあがいても鵺のものだ。
「ナニコレ……」
だが、目の前にいる『コレ』は、まるでフリーイラスト素材のデフォルメキャラクターのような可愛らしい見た目で、妖気もだいぶ弱まっている。
『あけてくれ! 私は鵺だ!』
鵺からの声が、眠たい脳に響く。このまま無視しても良いが、窓をコツコツと鳴らされては眠れないので、仕方なく開けることにした。
『ふう、助かった……』
すると、鵺は窓を開けるなりすぐに部屋へと入ってきた。
「それで……なんの用……?」
『ああ、それはだな……しばらく泊めてくれないか、というお願いをしにだな……』
「嫌」
私は即答する。何を言っているのだろうか、この妖怪は。
『ま、まってくれ……お願いだ、貴様達に敗れた後、力を失って、こんな身体になってしまったんだ。そうしたら、野鳥や野良犬や野良猫に追いかけ回されたりなんかして、気の休まるところがないんだよ』
「知らない、自業自得でしょ?」
私はそう言って、鵺の首根っこを掴み、猫みたいに持ち上げる。
『な……! や、やめろ! 何をする!』
「窓から投げるの」
鵺はデフォルメされて可愛くはなっているものの、あれだけの戦いを繰り広げた後に仲良くなるというのは難しいものがある。だからといってトドメを刺すのは流石にできないので、私は虫みたいに、窓から逃がすことに決めた。
『ぐ、ぐう……まて、そろそろ飛べなくなる……だから、窓から投げるのはやめろォ!』
「飛べなくなる……? なら、玄関から逃がしてあげるね……」
『く、くそお……モノカリにも断られて、あまつさえ斬り殺されそうになるし、散々だぁ……』
鵺はどうやら火虎先輩のところにも行ったようだ。しかし、一体何故断られるようなところにしか行かないのだろうか。
『ぐすん……』
それに、デフォルメされる前の姿のときより、言動が幼くなっているような気がする。よくわからないが、このまま関わっていると情にほだされるかもしれない。
私は早く外に出そうと鵺の首根っこを掴んだまま、部屋を出ようとした──そのとき。
──ボフン。という音がしたかと思うと、鵺を掴んでいる手が重くなり、さらにその周りが煙に包まれた。
「な、なに……?」
煙が晴れ、重くなった手を見ると、そこにはなんと小さな子どもがいた。
「──は?」
その小さな子どもは、幼稚園児程度の大きさで、白い着物を着た、茶髪のショートヘアーの可愛い女の子だった。
「ああ……変身が解けてしまったか……」
そして、鵺と思わしき幼女は、脳に直接その声を響かせるわけでもなく、普通に喋っていた。
「なっ……だ、誰なの……君……」
「私は鵺だよ。変身が解けてしまったんだ……だが、勘違いするなよ、力が弱まっていなければナイスバディーのお姉さんなんだからな」
鵺はそう言って、聞いてもいないことまで答えた。
「鵺……? え……? どういうこと……?」
私が戸惑っていると、鵺は首根っこを掴まれている状態から脱しようと身体をジタバタさせる。
状況が読み込めないのと、そのジタバタが可愛かったので、とりあえず私は鵺を放してあげる。
放してあげた鵺が地に立つと、私の腰より低いぐらいの背の高さで、私を可愛く見上げている。
「鵺……あなた、人間だったの……?」
私は、目線を合わせる為、しゃがみ込んで鵺にそう聞く。
「いや? というか、貴様と似たようなものだ。私は人間と鵺の子の子孫で、先祖返りで雷の能力と妖怪変化の力を持って生まれたというだけだ」
「妖怪変化……?」
「む……? そうか、貴様ら『かきくけこ五大妖怪』は特殊だからな、それがいらないのか。妖怪変化というのは、人間の姿から血を継いだ妖怪の姿へ完全に変化することで、その妖怪の持っていた特性なんかを全て使えるようになるという素晴らしいものだ」
鵺はそう話すと、得意気にふんぞり返る。
いろいろと気になることを話してはいたが、とりあえず、こっちの幼女の姿が本来の姿なのだろう。
「それはわかったけど……じゃあ、どうして住むところが無いの?」
話を聞いた通りならば、この幼女にも人間の親がいるはずだ。それならば、家ぐらいあると思うのだが。
「それが……私は最近まで封印されていて、そこをぬらりひょんに助けられてな。それで、封印をされてから百年も経ってしまっていたから……親はもういないし、家は無いし、他の頼れる者もいないのだ……」
私はそれを聞いて衝撃を受ける。封印なんてものがあることもそうだが、百年という月日はそうとう長い。
「それじゃあ……封印が解かれてからはどこに住んでたの?」
「ぬらりひょんのところで居候していたんだが……アイツは今日のあの戦いの後から、どこにいるのかわからなくなったんだ。そして、アイツがいなければ家に入ることもかなわんのだ」
それを聞いて、私は今日行った『家入の隠し屋敷』のことを思い出す。確かに、家入が住んでいるところを全てあんなふうに隠しているのならば、入れないというのは理解できる。
「でも、家入の関係者なら、入れるんじゃないの? 私達はそんな感じの女の子に案内されて、今日、あの洋館に入ったんだけど……」
「うん……? ああ……ぬらりひょんの孫娘か、そうだな、その娘に案内されたのなら入れるだろうがな。家入の住んでいるところは、全てあんなふうに隠してあって、ぬらりひょんか、その血縁者が手引しなければ入れんのだ」
ぬらりひょんの孫娘。私はその言葉を聞いて、「だから家入のことをおじいちゃんって呼んでいたのか」と納得がいく。
「まあ……そういうわけだから……泊めてくれないか?」
そう言って、鵺は可愛くお願いをしてくる。両手を顔の前で合わせ、小首をかしげるという、あざといポーズを取ってきた。もしかして、私が可愛いものに弱いのが見破られたのだろうか。
「でも……あんな殺し合いみたいなことをした後で、仲良く一緒に暮らしましょうとはならないでしょ……?」
そんな可愛さに耐えながら、私はなんとかそう言ってみせる。
正直、百年封印されていて、頼りにしていた家入がいなくなって、どこにも行く宛のなくなった妖怪幼女を、外に放り出さなければならないのは非常に心が痛むのだが。
「そもそも、殺し合いとか言うが、私の本気の攻撃で死ぬほど貴様達は弱くなかった。妖気が強すぎて、何発か食らっても無事なはずだ。それに、貴様が落ちていったときも、倒されなければ助けるつもりだった。ぬらりひょんからは、殺すなと言われていたからな……まあ、本気を出しても勝てなかったのだが……」
鵺はそう言って、色々と言葉を並べる。必死の弁明というやつだろう。だが、それを聞いても、納得のいかない事がある。
「私達を殺す気がなかったのはわかったけど……じゃあ、どうして私達の友達を攫ったの? 百鬼夜行なんてものをやって、何をするつもりなの……? 納得のいく答えがなければ……あなたを許すことはできないよ」
そう言って、真剣に鵺の目を見る私。例えどんなに可愛かろうと、私の友人を巻き込んだのは許せない。
「それは……前にも言ったと思うが、私はあのときぬらりひょんが何を考えていたのかはわからない。だから、どうして貴様の友人を攫ったかなどは知らぬのだ」
そういえば、と私は思い出す。戦う前に、「何も聞いてないぞ」と言い、戸惑っていたことを。
「それと、百鬼夜行についても、強い妖怪を集めることぐらいしか知らないのだ……納得のいく答えではないかもしれんが、ぬらりひょん以外に、その真意を知るものはおそらくいないと思うぞ?」
納得のいく答え、というわけではなかったが、どうやら鵺は私が思っている以上に何も知らなかったようだ。
「そっか……」
私は少し落胆する。家入──ぬらりひょんの真意が見えない以上、何かひとつでもいいから情報が欲しかったのだが。
とりあえず、目の前にいるのは鵺としての力をほとんど失ったであろう幼女でしかない。話を聞く感じ、誘拐したのも鵺ではなくぬらりひょんなのだろう。
「はあ……」
私はため息をつき、あることを決める。とりあえず、今晩だけは鵺を家に泊めることを。うっかり話をしすぎて情が湧いてしまったのと、自身の安眠の為に。
「今晩……」
「うん……?」
「とりあえず、今晩だけは泊めてあげる……けど、何かおかしなことをしたら、すぐに追い出すから……それでいい?」
「なに…!? 本当か!! あ、ありがとう!!」
鵺は私が一泊の許可を出したのを聞いて、満面の笑みで感謝の言葉を述べた。その笑顔は、彼女が強大な妖怪であることを忘れさせるほど無邪気そうで、可愛いものだった。
「ただ……家族にはバレないようにしないと……」
私はそうポツリとつぶやいた。
私の家は父と母に弟、そして、おばあちゃんがいる三世代家族で暮らしている。私の部屋に勝手に入ってくるような人はいないが、万が一、鵺の存在がバレたときどう説明するかは思いつかない。
私がそんなことを心配して考えていたとき、──コン、コン、と部屋のドアがゆっくりと二回ノックされた。
「え!?」
私は予想外のその音に慌てる。
こんな時間に、いったい誰だろうか。いや、ノックの感じで誰かはわかる。でもどうして、よりによってこんなタイミングで。とりあえず、鵺を隠さなければ──。
私の思考がパニックに陥っていると、鵺を隠す時間も無いままにドアが開かれ、中に誰かが入ってくる。
そこにいたのは、寝間着姿の私のおばあちゃん──
ゆっくりと二回、部屋のドアをノックをするのは、おばあちゃんしかいない。なので、誰が来たのかはわかっていた。
「おばあちゃん……どうしたの?」
「それは、私が聞きたいねえ……そこにいる子は誰だい?」
隠しそびれた鵺を見て、おばあちゃんがそう尋ねる。どうにか、誤魔化さなければ。
「えっ……と、そのう……うーん……」
ダメだ、出てこない。どう考えても、私の部屋の中に見知らぬ幼女がいる理由を説明できそうにない。
私はどうしようもできず、ただ、まごまごとしていることしかできなかった。
「月乃……説明はしなくてもいいよ……そこにいるのは、『鵺』だね?」
「え……!?」
私はおばあちゃんの口から出てきた言葉に驚き、声を上げてしまう。おばあちゃんは知っていたのだ、目の前の妖怪を。
「な、なんでわかるの……?」
私はおずおずとおばあちゃんにそう聞く。
「なんでって……家の中に知ってる妖気か増えれば、いくら私でもわかるさ……わたしだって、『モノクリ』の子孫だからね」
「ああ、妖気が……って、おばあちゃん!? 妖気がわかるの!?」
私はまた、おばあちゃんの言葉に驚き声を上げてしまう。おばあちゃんからは妖気を感じず、能力も使えないと言っていたので、そういうのはわからないと思っていたのだが。
「うん……? ああ、妖気は隠すことができるんだよ……まあ、扱いに慣れていないと難しいだろうけどね……」
私がその言葉に呆気に取られていると、おばあちゃんの周囲に少しずつ妖気が満ちていく。その妖気は、私が能力で操った物に纏わせているものによく似ていた。
「じゃあ……本当は『モノクリ』の能力も使えるの?」
「いいや、使えないよ。正確には、使えなくなったというのが正しいだろうね……私も
私は、今日はもういい加減驚くのに疲れてきたのだが、それでも衝撃を受けてしまう。おばあちゃん、そして月音──私のお母さんも、能力を使えたのか、と。
「それで……鵺よ、ずいぶんと可愛らしくなったじゃないか……」
おばあちゃんは、鵺の方を見て少し嘲笑うような感じでそう言った。
「ふん……貴様の孫にやられたんだよ」
鵺はそれに対して、おばあちゃんを睨みながらそう返す。なんだか、二人の間からは因縁のようなものを感じる。鵺は百年も前に封印されていたはずだが。
「二人は、知り合いなの……?」
「ああ、まさかまだ生きているとは思わなかったがな……。貴様の祖母、和隈月絹は私を封印した者の一人だ!」
鵺はそう言って、可愛らしい声を荒げた。
「ええ……!? どういうこと!?」
「どういうこともなにも、そういうことだよ」
おばあちゃんは、情報の波を処理しきれていない私を見て、さらに続ける。
「百年前くらいに、私と、他の『かきくけこ五大妖怪』の子孫達で、このXXの地に来て暴れていた大妖怪達を倒したり、封印したりしていたのさ。鵺はその中の一体だったってことさ」
意味がわからなかった。というか、おばあちゃんは一体いくつなんだろうか。そして、お母さんをいくつで産んだのだろうか。処理しきれていない情報と、新たに生まれた疑問とで、私の眠たい脳が破裂しそうになる。
「それにしても、月乃? 鵺と戦ったのかい? よく勝てたねえ?」
「う、うん……まあ、もう一人の……『モノカリ』の子孫と一緒だったから……」
私は正直にそう答えた。火虎先輩がいなければ勝てなかったのは事実だろう。
「『モノカリ』ねえ……多分、
おばあちゃんはそう呟いて、何かを考えるそぶりを見せ、少し俯いた。すると、そこに鵺が近づき、覗き込むように上を見上げて口を開く。
「ふん……月絹のばあさんよ、お前の孫はおそらく、妖気の強さや能力の扱っての戦いだけなら、『モノクリ』に届く程のものを持っているぞ……」
「そんなこと、月乃が生まれたときから知ってるさ……」
鵺が言ったことにおばあちゃんが驚くことはなく、むしろ当然だろうという顔をして言葉を返している。私はそんなこと初耳なのだが。
「そんなことより、ウチの孫にも負けてしまった鵺ちゃんがどうしてここにいるのかね」
脱線に脱線を繰り返していた話が、ようやく元に戻る。そうだ、バレた以上、おばあちゃんに説明しなければ。
「その……鵺はどこにも行く宛がないらしくて、それで、家に泊めてくれないかって言ってるんだけど……」
「いいよ」
おばあちゃんから、まさかの即答が返ってきた。私はあまりにもあっさりと了承されたので、聞き間違いかと思ったが、ニヤりとしたおばあちゃんの顔からしてそうではないようだ。
「いいの……?」
「まあ、他でもない月乃が良いって言ったんだろう? だったら別にいいさ。それに、その姿じゃあ月乃はおろか、私にすら勝てないだろうからねえ」
おばあちゃんはそう言うと、私の部屋から出ようと歩き始め、ドアノブに手を掛ける。どうやら鵺のお泊りは、本当に許可が出たようだ。
「くそう……まさか、和隈月絹が生きていようとは……これならば他の家に……いや、もう候補がないか……」
一方鵺は、自身を封印したおばあちゃんが苦手なのか、ブツブツとそんなことを言っている。まあ、無理もないのかもしれない。
「ぬらりひょんめ……アイツさえ何処かへいかなければ……」
鵺がそう言った瞬間、ピクリと部屋を出ようとしていたおばあちゃんの動きが止まる。
「おばあちゃん?」
私がそんなおばあちゃんに声をかけると、ゆっくりとこちらを振り向き、口を開いた。
「ぬらりひょん……? 鵺よ、ぬらりひょんに会ったのかい?」
「会ったもなにも、貴様の孫娘と戦う羽目になったのもぬらりひょんのせいだ。再び百鬼夜行を作るのに、私や貴様の孫娘の力欲しいんだとさ」
鵺の答えを聞き、おばあちゃんはドアの方へ向き直る。
「そうかい……あのジジイ、まだそんなことを……テレビで見る限りじゃあそんなこと、忘れているのかと思ったよ」
背を向けたままそう言ったおばあちゃんの声は、なんだか少し寂しそうに感じた。
「月乃……あのジジイには気をつけなさいね」
おばあちゃんはそう言うと、今度は本当に部屋を出ていった。
「……知り合いなのかな、ぬらりひょんと」
私が鵺の方を見てそう聞くと、「さあな」という答えが帰ってきた。どうやら鵺も知らないようだ。
それよりも、そろそろ眠気が限界だ。私はベッドへ潜り込み、枕元のリモコンで照明を消す。
「おい、私も入れてくれ」
目を閉じていると、鵺がそう言って私の布団の中へ入ってきた。
入ってきた鵺が、小さくて抱き心地が良さそうだったので、そのまま抱き枕にしてやった。鵺は何か言っていたようだったが、すぐに大人しくなったので問題無い。
そうして、ようやく、私の長い一日が終わった。
まあ、布団に入った頃には日曜日ではなく、月曜日になってしまっていたのだが。
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