『月』と『陽』

 うさぎ──いや、昔は『ひーちゃん』と呼んでいた少女、兎太陽菜と私が本当に一番最初に知り合ったのは、小学二年生の頃だった。


 私はその頃からあまり友達がいるわけではなかったので、休み時間に外で遊んだりといったこともせず、本を読んでいるような静かな子供だった。


 そんな私に声をかけてくれて、仲良くなってくれたのが同じクラスの『ひーちゃん』だった。


 それからは、『ひーちゃん』と放課後に一緒に遊んだり、休み時間を一緒に過ごしたりと楽しい日々を過ごせるようになって、そのうちにお互いを『つっきー』と『ひーちゃん』と呼ぶようになった。


 そして幼かった私は、仲良くなった『ひーちゃん』に気を許しきってしまった結果、あることを話してしまった。


 ──それは、私が妖怪の子孫であること。妖怪の名が『モノクリ』であることだ。


 それを話すと、『ひーちゃん』は「本当!? すごい!」と純粋な反応をしてくれて、調子に乗った私は能力で物を操って見せてしまった。

それを見た『ひーちゃん』は目を輝かせ、「本物だ……!」と感動していた。


 私はそれからも、放課後にこっそりと能力を『ひーちゃん』に見せてあげて、喜ばせていた。

ちょっとした石ころを操るだけで、『ひーちゃん』は「すごい! すごい!」と喜んでくれたので、私はそれがとても嬉しかった。


 そしてある日、私はそのことをお母さんに話してしまった。能力を見せても良いと思える友達ができた、と。


 そう言うと、お母さんはとても困った顔をして、「月乃、その能力のことは、家族以外に話してはいけないって言ったでしょう? たとえ、どれだけ仲の良いお友達でもね……」と言い、「その子には、今までのことは手品だったと言いなさい、いいわね?」と続けた。


 それは、私の身を案じての言葉だった。そして、「手品だったと言いなさい」というのは、小学校低学年の子供ならば誤魔化せると思っての言葉なのだろう。


 私は泣いて「ひーちゃんにならだいじょうぶだもん」と抗議した。しかし、そんな私に、お母さんだけでなく、おばあちゃんやお父さんも、「誤魔化しなさい」と優しく、しかし一歩も譲らずにそう返してくる。


 私は渋々それに従い、次の日には『ひーちゃん』に、今までのことは嘘で、私は妖怪なんかではなく、能力は手品だった、と嘘をついた。


 それを聞いて『ひーちゃん』は「ウソ! 手品なはずないよ! だって、ほんとうにタネもしかけもなかったでしょ!?」と言って信じてはくれなかった。


 私はそれに「ほんとうだよ……ごめんね」と返すと、『ひーちゃん』はとても悲しそうな顔をしていた。


「お母さんに私に教えたのがバレちゃって、ウソつくように言われたんでしょ? だって、ほんとは言っちゃだめなんだって、つっきー言ってたもんね……」


 私の嘘を表情か何かから見破ったのか、察し良く『ひーちゃん』はそう言った。


「ううん、あれは……手品だったの……」


 私がそう言うと、『ひーちゃん』は「もういい!」と言ってどこかへ走り去ってしまった。


 それからは、お互いに顔を合わせても、仲良く遊ぶことはなくなってしまった。


 しかし、顔を合わせるたびに、仲直りがしたいとお互いに思っていることはなんとなくわかっていた。


 ──だが、そんな関係が一週間ほど続いたときに、『ひーちゃん』が親の仕事の都合で転校してしまうことが、放課後前の帰りの会で告げられる。


 しかも、急な転校で、すぐにあっちへ行ってしまうらしい。


 私は早く仲直りがしたいと思って、帰りの会が終わってすぐに『ひーちゃん』のところへ行こうとするが、彼女は人気者だったので、たくさんの同級生が別れの挨拶を交わしにきていた。


 私はそれをかき分けて『ひーちゃん』のところへと行く勇気が出ず、そのまま家へ帰ってしまった。


 家に帰ると、お母さんに「どうしたの!?」と聞かれた。なぜなら、家まで泣きながら帰ったからだ。


 私はお母さんに『ひーちゃん』とケンカしてしまったことや、今日転校していってしまうことを話した。

すると、お母さんは私を抱きしめ、「そう……ごめんなさい、お母さんのせいだね……わかった、今からその子の家まで行ってきなさい。そして、あなたが本当に妖怪の子孫だったって教えてあげるの」と言った。


 私はお母さんに「いいの……?」と聞くと「だってその子、あなたが妖怪だって言いふらしたりしなかったんでしょ? それに……誤魔化しても信じなかったのだから、もう言っちゃえばいいのよ、おばあちゃんやお父さんにはお母さんが言っておくから……行ってきなさい」と言ってくれた。


 それを聞いて、私は「いってきます!」と言い、外へ出て『ひーちゃん』の家へと走る。この頃から身体能力が高めだった私は数キロ離れた彼女の家まで辿り着くのにあまり時間はかからなかった。


 それから、『ひーちゃん』の家のインターホンを押し、誰かが出てくるのを待っていると、彼女の同居していたおばあちゃんが出てくる。


 ──そして、そのおばあちゃんからは『ひーちゃん』がもう転校先へ行ってしまったという事実を告げられる。


 私はそのまま、『ひーちゃん』の家から自分の家までとぼとぼと歩き帰る。そして、その途中で耐えきれず泣いてしまった。


 帰ってからはお母さんが慰めてくれたが、この一連の出来事は私の心の大きな傷となり残り、妖怪であることを隠すことを強く決心させるものになった。

──そして、友達を作るということに恐怖を感じるものにも。


 そして、この出来事を思い出す度に深く傷ついていた私は、時が経つにつれ、無意識にこの記憶に蓋をして思い出さないようにしていたのだろう。


 だが、そんな『ひーちゃん』が、今、私の腕の中で、私を見つめている。


「ひーちゃん……私、本当に『モノクリ』子孫なの……」


 私は、あのとき言えなかった事を話す。私は、あの日以来で今日初めてひーちゃんに会えたのだ。


「知ってるよ、だから『物繰り少女』を集めてたの……私のこと、忘れてたみたいだから、思い出してほしくて……」


 ひーちゃんは私に微笑みながらそう話す。


 なるほど、それであんなに『物繰り少女』の話をしたり、グッズを買うのに誘ったりしてきたのか、と私は納得する。


「ねえ……本当に私の友達でいてくれるの? 今日みたいに危険な目に合うかもしれないんだよ?」


 私がそう聞くと、ひーちゃんは私の目をまっすぐと見つめ、口を開く。


「そうなったら……今日みたいに守ってくれる?」


「うん……うん! 必ず守るよ……何があっても、必ず!」


 私はそう言ってひーちゃんの目を見つめる。


 この決意が揺らぐことはないだろう。


「それにね……つっきーが妖怪じゃなくなって、能力が使えなくなっても……私は友達をやめたりなんかしないから!」


「え……?」


 ひーちゃんが言ったその言葉に私が驚いていると、彼女はさらに続けた。


「そもそも、私がつっきーと仲良くしていたのは、妖怪だからでも、不思議な力があるからでもなくて、つっきーが優しくて、かっこよくて、可愛くて、素敵な『人』だったからなんだよ? 『モノカリ』だとかなんだとか、本当はどうでもいいの!」


 私はそんなひーちゃんの言葉を聞いて、また泣き出してしまう。

そうか、私は『モノカリ』じゃなくても、ひーちゃんの友達だったんだ。


 そして、それからしばらくして、私が泣き止む頃にはもう日が暮れていた。


「月乃ちゃんも落ち着いたみたいやし……そろそろ帰ろか……」


 タイミングを見計らってなのか、火虎先輩がそう言った。彼女と九頭龍先輩は、私達のやりとりを少し離れたところで見守ってくれていたのだ。


「『ぬらりひょん』はここに智香とうだひなちゃんを連れてきてからすぐにどっか消えてしもうたし、二人も戻ってきたから、もうここでやることはないで!」


 確かに、家入の姿が見当たらない。この一連の出来事を引き起こした主犯が、私達に何かを言う事も無く、ただただひーちゃん達を返してくれた。鵺も言っていたが、何がしたかったのだろうか。


「そうだね……帰ろうか!」


 私はそう言うと、ひーちゃんから離れ、立ち上がる。


「あっ、離れちゃった……」


 すると、ひーちゃんがそんな事を言った。まだ、少し怖いのだろうか。


「良かったわね、陽菜さん? 『つっきー』と仲直りできて」


 そんなひーちゃんに、九頭龍先輩がそう言葉をかける。


「……はい! 智香先輩も、ありがとうございました!」


 二人はどうやら攫われいる間に仲良くなったようだ。もしかして、私達の昔の話もしたのだろうか。そうだとしたら、少し恥ずかしい。


「二人とも、なんや仲良うなっとるなあ……ええことやで!」


 火虎先輩は、一件落着して安心したのか、いつもの調子でそう言った。


「そうね、言うなれば、誘拐組……かしら?」


「縁起でもないな……うだひなちゃんは、怪我とか無かったか?」


 火虎先輩がそう聞くと、ひーちゃんは少し眉間にシワを寄せる。


「……はい、ケガハナイデス……」


 ひーちゃんはなんだかロボットみたいな棒読みで答えた。


「あれ……もしかして、うだひなちゃんってアタシのこと嫌い……?」


 火虎先輩がひーちゃんの棒読みを聞いて、なんだか少し悲しそうな顔をしてそう聞いた。


「え、いや、そうじゃないです……けど、なんだかつっきーと仲良しというか……気の置けない仲って感じでしたから……なんというか……その……」


 ひーちゃんは火虎先輩の顔を見て、申し訳無さそうな顔になり、弁明する。


「つまり……アタシと月乃ちゃんの仲良さに、嫉妬してもうた……ってことやなあ?」


 ひーちゃんのそれを聞いて、火虎先輩はニヤニヤとした顔になり、意地悪そうにそう言った。


「……ッ!? …………やっぱり、火虎先輩は苦手です!」


 ひーちゃんはそう言って頬を膨らませ、ぷいっと火虎先輩からそっぽを向いてしまった。もしかして、図星だったのだろうか。


 私と火虎先輩が気の置けない仲、というのは確かにそうかもしれない。同じ妖怪同士だからというのもあるが、パンツを取り合ったり、今日こうして一緒に戦ったりして、なんだか絆が深まったような実感がある。


「ふふっ……気の置けない仲、だって……火虎先輩?」


「月乃ちゃん、なんか嬉しそうやな? まあ……間違いは無いな……」


 私と火虎先輩はお互いに見合ってニヤりと笑う。どうやら彼女も同じように思っているようだ。


「二人共……そうやって通じ合うのはいいけれど、陽菜さんが余計に膨れてしまったわよ?」


 九頭龍先輩の言葉を聞いて、ひーちゃんの方を見ると、なんだか恨めしそうな顔で私を見ていた。


「ひーちゃん……? 何に嫉妬してるの?」


「それは……だって……つっきーとの親友ってポジションが火虎先輩に取られそうだから……」


 ひーちゃんは、少し恥ずかしそうにそんなことを言った。


「ひーちゃんはひーちゃんだし、火虎先輩は火虎先輩だよ。どっちも私の大事な友達だから……そこに優劣なんてないよ?」


 私はひーちゃんにそう諭す。すると、彼女はなんだかあまり納得してない様子で、「そういうことじゃ、ないんだけどなあ……」と言って、また膨れ直してしまった。


「さあ、そろそろ本当に帰りましょうか……もう遅いわ」


 九頭龍先輩がそう言ってスマホのロック画面のデジタル時計を見せてくる。時刻はもう十九時を回っていた。


 私達は「そうだね」と言って歩き出し、鵺との戦いで崩壊した洋館をあとにする。


 それから道路に出て、妖怪山を下山して、バス停まで辿り着く。


「アタシはこのままオトンが迎えにくるから、それで送っていく……って言いたいところやけど、オトンの車、ツーシーターやねん……すまんなあ」


 バス停に来るまでに、スマホで誰かに連絡をしていた火虎先輩が、申し訳無さそうにそう言った。


「大丈夫、バスはまだ出てるから……」


 私もここに来るまでに、スマホでバスの時刻表を確認していて、そろそろバスが来る時間だった。


「ほな、ここでお別れや……また明日、やな」


「うん、また明日……」


「また明日ね、晴子」


「火虎先輩……また明日、です……」


 そんな別れの挨拶を交わしたそのとき、タイミング良くバスが来たので、火虎先輩以外の三人はバスへ乗り込んでいく。


 バスの中はガラガラに空いていて、私はひーちゃんと隣同士かつ通路側に座った。そして、通路を挟んだ向こう側に九頭龍先輩が座っている。


 バスの大きな車窓の向こうには、こちらへ手を振る火虎先輩が見えた。私達はそれに、バスが出発して彼女が見えなくなるまで、三人で手を振り返す。


 それからしばらくバスに揺られ、あるバス停に着くと、九頭龍先輩が「私はここで降りるわ……また明日。おやすみなさい」と言い降りていく。


 私達は「おやすみなさい」と返し、九頭龍先輩を見送る。


 ただでさえ少なかったバスの利用客は、九頭龍先輩が降りてからは、私とひーちゃんだけになってしまった。


「そういえば、ひーちゃんはいつもどこから来てるの?」


 私は、そういえば聞いたことがなかったと、この際なので聞いてみた。


「引っ越す前と一緒の家だよ?」


「そうなんだ、てっきり空き家になっちゃったのかと思ってた」


「ううん、こっちに戻って来るまでは、おじいちゃんとおばあちゃんだけで住んでたんだ」


 そういえば、ひーちゃんが引っ越したときにあの家から出てきたのは彼女のおばあちゃんだったな、と私は思い出した。


「そっか……」


 その会話が終わると、車内には静寂が流れる。


 私は、『うさぎ』がずっと昔から知っている『ひーちゃん』だったことを思い出したことなどを、今更になって強く実感し始め、なんだか緊張してしまっていた。


 なにか話すことはないかとひーちゃんの方を見ると、彼女はすやすやと寝息を立てていた。

無理もない、よっぽど疲れていたのだろう。私との街での買い物や、誘拐されたこと。私と火虎先輩の鵺との戦いを目の当たりにしたこと。そして、私と抱き合い泣いたこと。それらすべてを、たったの一日で経験したのだから当然だと私は思う。


 私はそれから、ひーちゃんの家の最寄りのバス停を調べ、そこに近くなるまで寝かせてあげた。途中、バスの揺れによってひーちゃんの頭が私の肩にもたれかかってきたが、それでも彼女が起きる気配はなかった。


 そして、ひーちゃんの家の最寄りのバス停が近づき、彼女を揺さぶり起こすと、「うーん……? あ……おはよお……」と目を覚ます。


「そろそろ着くよ」


「うん、起こしてくれてありがとう」


 ひーちゃんを起こして少し経った頃、バスが赤信号で止まる。この信号がある交差点を越えた先にひーちゃんが降りるバス停があるのだ。


 私はなんだかとても寂しくなってしまった。


「ねえ、つっきー? 明日からは、私のことを『うさぎ』と『ひーちゃん』のどっちで呼ぶ?」


 そんな私へ、ひーちゃんから不思議な問いかけをされる。


「えっ……? どういうこと?」


「私は『くまちゃん』が『つっきー』だって知っててそう呼んでから、これからは『つっきー』で呼ぼうかなって思うんだけど……そっちはどうするのかなって……」


「私は……」


 それに答えようと考えていると、信号が青に変わり、バスが走り出す。もう、すぐにバス停へ着いてしまうだろう。


「ごめんね、こんなときに変なこと聞いちゃって……」


「ううん、いいよ……ちゃんと決めないとね」


 私はそう言って、また少し考えるが、本当は答えはもう決まっていた。


 バスが止まる。どうやらバス停に着いたようだ。私はひーちゃんが移動しやすいよう座席から立つ。


 それからひーちゃんも座席から立つと、「また明日! おやすみなさい!」と元気よく言って、バスの降り口へと歩いていく。


「おやすみ、また明日」


 私もひーちゃんにそう返す。呼び方のことは答えられなかったが、明日答えることにしよう。


 それから、乗客が一人しかいない寂しい車内で揺られること数分、いつものバス停に到着し、私はバスから降りる。


 私は帰路を歩く。真っ暗な夜の空には三日月が出ていた。


 家に帰ると、玄関には弟がちょうどいて、「あっ! 不良少女だ!」と言ってきた。おそらくこんな時間に帰ってきたからだろう、時刻は二十時を回っていた。


 それはそれとして、ムカついたので弟が持っていた漫画本を指差し操って、こちらへ持ってくる。


「あっ! 何すんだよ!」


 それを見れば、知らない漫画だったが第一巻だったので、借りておくことにした。


「この漫画、お姉ちゃんが借りとくね」


 弟は「返せよ! まだ読んでる途中だぞ!」と言うが、無視して自室へ向かう。


 自室に入ると、漫画本やバッグを学習机の上に置いて、私はベッドに倒れ込んだ。


「疲れたー……」


 私はそんな独り言を言って、目を閉じる。このまま寝てしまえそうだ。


 しかしその時、私のお腹がぐうと鳴った。どうやら私は、かなりお腹が減っているようだ。能力の使いすぎだろうか。


 私は一階へ降り、お母さんに「ご飯ある?」と聞くと、「あるけど……食べてこなかったのね?」と言われる。それに対して「うん」と言うと、「そう」と返ってきて、お母さんは晩御飯を用意し始めてくれた。


 用意されたのは、大きなアジフライ三つと山盛りのキャベツが盛られた大皿と、温かい豆腐とわかめの味噌汁、そしてマンガ盛りの白ご飯だった。いつもの晩御飯よりも、少し量が多い。


 おそらくお母さんは私がかなりお腹が空いていることを察しているのだろう。そういうとき、私はこれぐらい食べてしまうからだ。


 私はそれらが用意されているリビングのテーブルに着き、「いただきます」と言って箸を持つ。


 私は、まずアジフライに手を付けた。

箸でアジフライを掴み上げ、一口かじる。すると、ザクッと衣が音を立ててから、肉厚でジューシーな白身魚の旨味が口いっぱいに広がる。その味に白米をかきこみたいという衝動に駆られ、今度はそれを箸で多めに持ち上げ、一口で頬張る。


「相変わらず良い食べっぷりね、お父さんより食べるんじゃない?」


 私が晩御飯に舌鼓を打っていると、お母さんがテーブルまで来て、そう言った。


「別にいいでしょ……それに、お父さんは関係ないじゃん」


 私はお父さんと比べられたのが不服だったのと、これは私が妖怪なせいだと思うので、どちらかというとお母さんからの遺伝ではないかという思いから、そう言った。


「ふふっ、そうね……ところで、今日は遅かったけど、どこに行ってたの?」


 帰りが遅くなった私に、当然お母さんはそう聞いてくる。そうだ、私はお母さんに言わなければならないことができたんだった。私は箸を置いて、まっすぐお母さんの目を見る。私と同じで黄色い、それでいて優しい目だ。


「お母さん、あのね……私、今日ひーちゃんに会ったの……会って、私が妖怪だって言えたの……」


 それを聞いて、お母さんはポカンとした顔をしている。昔のことだから覚えていないだろうか。だが、言っておかなければならない気がしていたので、私はそう言ったのだ。


「そう……小学校の頃のお友達よね、よかったわ、仲直りできたのね」


 とても優しい顔で、お母さんはそう言った。そのことを、覚えててくれたのだ。私はそれに、なんだか泣きそうになってしまう。


 私は涙をこらえ、「うん」とだけ言うと、晩御飯を食べ進める。お味噌汁を飲むと、不思議といつもより温かい気がした。


 それから私は、お風呂に入ったりして、すぐに寝床に就いた。今日は一気にいろんなことが解決したことと、鵺との戦いの疲れから、私は目を瞑ればすぐに眠れそうな気がしていた。


 真っ暗にした部屋の中で目を瞑り、しばらくするとゆっくりと微睡んできた。


 そろそろ眠れると思った──その時。


 外から、「ひょー、ひょー」という鳴き声がする。それと同時に、私の部屋の窓を何かで軽く叩く音も聞こえる。


 私はなんとなく外に何がいるのかわかっていたが、無視をして布団を深く被る。


「ひょー、ひょー」


 ──コツン、コツン。


「ひょー、ひょー」


 ──コツン、コツン。


「ひょー、ひょー」


 ──コツン、コツン。


「ああ! もう! うるさいなあ! いい感じに一日が終わりそうだったのに!」


 私は耐えきれず、叩かれている窓のカーテンを開ける。


「え!?」


 するとそこには、予想通りの妖怪がいた。しかし、その姿は今日戦った時とは大きく違っていた。


『あけてくれーモノクリー!』


 ──それは、河童のようにフリーイラストっぽくデフォルメされてしまった鵺の姿だった。


「ええ……」


 どうやら、私の長い一日はまだ終わらないらしい。

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