モノカリの少女

 たこ焼きを食べ終わり、店を出た私達は帰路に着いていた。

外は日が暮れ始め、もう夕方──という感じだった。


 私達は朝会った丁字交差点の信号を目指して歩く。あの近くにはバス停があって、うさぎは毎朝そこでバスを降りて私を待っているらしい。

私達はいつも、学校近くで寄り道をして帰るときには、うさぎの帰りのバスが来るのを待ってそこでさよならをする。


「たこ焼き、美味しかったね!」


「うん、久しぶりに食べたけどやっぱり美味しかったな」


 結局、火虎先輩があれから私達に話かけてくることは無かった。帰り際、「ありがとうございましたー」と接客の言葉をかけてきたときに、軽く手を降ってくれたぐらいで他に何も無く、なんだか拍子抜けした気持ちだ。


 まあ、伝説上の『モノクリ』と私の性格が違うように、『モノカリ』と火虎先輩も違うのかもしれない。


 いや、そういえば──。


「ねえ、そういえば、さっき話してたことなんだけどさ」


「うん? さっき? …………あ、火虎先輩の噂のことかな……?」


「そう、良かったら噂について教えてほしいな」


 私はうさぎに噂について聞く。噂によると火虎先輩の評判は『あの書物』の妖怪『モノクリ』のようだということらしい。ならば、噂について聞いておかなければ。内容によってはあの人──あの妖怪をさっき以上に警戒するようにせねばならない。


「でも……噂で聞いた感じとは少し違ったかも……なんだかいい人そうだったし……」


「……そう、だね」


 確かに、いい人そう、というよりかは人当たりが良さそうな人ではあったかもしれない。人がいいうさぎは、そんな先輩の悪い噂をむやみに言いたくないのかもしれない。

だが『モノカリ』のようだ、なんて言われているのなら能力を使っていないとは考えにくい。


「でも、気になるの……あの先輩が、どんな噂をされているのか……ダメ……?」


「…………わかった、そんなに言うなら教えるね」


 うさぎには少し嫌な思いをさせたかもしれない。けど、もしものときのため、知っておきたい。いざとなったときにうさぎを守れるかもしれないから。


「──火虎先輩の噂はね、結構学校では有名らしくて、二年生以上はみんな知っているんじゃないかな……。例えば、同じクラスの同級生から、忘れてきた物、それも授業に必要な大事な物を借りて、それが必要な授業が終わってから返したり。ちょっと悪い先輩に目をつけられたときは、その先輩が鍵っ子ってことを知ると、鍵を次の日まで借りてから返したりとか……とにかく、どんな大切な物でも必ず借りていってしまうんだって……」


 火虎先輩の噂。それは借りた物が物だけに、能力を使っているとしか思えない。


「でも一応、借りた物は必ず戻って来てるらしいよ……?」


 うさぎの、一応のフォローみたいな言葉が聞こえる。


 しかし、まあ。────思ったより、しょうもない。

使い方とかが、なんというか小悪党というか──。


「…………ダメ人間?」


「……だから、そうは見えなかったなって……思って」


 何にせよ、そんなのならあまり警戒しなくてもいいのかもしれない。まあ多分、噂通りに能力を使ってそういうことをやっているのは事実だろうから、近づかない方がいいのかもしれないが。


「けど……うさぎ、そんな噂があるにしろ、火虎先輩には珍しく萎縮してたね」


「だって……もし、火虎先輩が『モノカリ』の末裔かなにかだったら……取られちゃうかもしれないから……」


 そう言ってうさぎは、ポケットから朝見せてくれたキーホルダーを出す。なるほど、それを取られるかもしれないなんて考えてしまったから、店では少し暗かったのか。


「大丈夫だよ、火虎先輩は人間だし、うさぎもそんな大切なキーホルダーを簡単に渡したりしないでしょ?」


「でも、人間だったとしても、どうしてそんな大切な物を借りられるんだろうね……?」


 妖怪だから。という答えは言えないが、なんとかそれっぽい事を言って納得させようと少し考え、口を開く。


「噂が本当だったとして、気の弱い人を狙ってやってるとかかもね……そして、それができるのは、喧嘩がものすごく強いから……とか?」


 三、四十点くらいのそれっぽいことを言ってみる。だが、それで十分だったのか、うさぎの顔には不安の色が見える。


「暴力、は……やだなあ……」


 そんな先輩と妖怪の話をしながら歩き続けていた私達は、朝会った横断歩道の信号の赤に捕まり、今度は朝と反対側で信号が変わるのを待つ。


 信号待ちの、わずかな時間、うさぎを少しでも安心させようと口を開く。


「大丈夫、そうなったら私が守るから」


 そう言って、まっすぐにうさぎを見る。うさぎは唖然とした顔でこちらを見ている。


 その時、ちょうど信号が青に変わり、私達は歩き始める。

信号を渡り、歩道をしばらく右に行き、バス停に着く。


 うさぎは黙り込んでしまった。今更だが、恥ずかしいセリフだった。恥ずかしくなって、少し体温が上がってしまっているのを感じる。


 そんな気まずい空気を読んだのか、帰りのバスは一分もせずに来た。しかし、うさぎはバスが来たのに反応せず、ぼーっとしているように見える。


「うさぎ? バス、来たよ?」


 うさぎはハッとなって、バスの乗り口の方へ行く。そして、その途中でこちらに振り向く。


「あ……えと、つ……、く、くまちゃん! また明日ね! 」


「あ……うん、また、明日」


 少し慌ただしい別れ。やっぱり言わなければ良かった、あんなセリフ。


「はあ」


 今日はなんだかとんでもなく疲れてしまった。帰って今日は早めに寝よう。そう思い、帰路へ着こうとする。


 ────すると。


 誰か、いる。いや、誰かはわかっている。わかってしまう。十メートル先、そしてそれは、能力の射程範囲ギリギリの所で、そこにいる。


 一度会ってからは、は能力の射程範囲にいれば視界に入らなくても分かってしまうようになったのだ。


 そして、それはゆっくりとこちらへ向かってくるようだ。その、感覚と共に。


「やあ──月乃ちゃん? 久しぶりやな?」


 火虎晴子、その人が再び私の目の前に、予想もできないくらい早く現れた。


「火虎……先輩、バイト中では……?」


「……大事な用を思い出したって、無理言って抜けさせてもらったんや」


「そうですか……それでは私は、これで……」


 そう言って、私は走り出そうとする。『虫の知らせ』というやつの通知が半端ないのだ。


「待ってや……あるやろ……? 同じ、……積もる話が……」


 その言葉が、先程まで『ほぼ確実』だったものが『真実』に変わる。私はその言葉を聞いて、とりあえずは逃げるのを止めた。


「やっぱり……じゃあ、あなたは……『モノカリ』なんですね……」


「へえ……知ってるんか……」


「あなたの、悪名高い噂のおかげで……」


 それを聞いて、火虎先輩──『モノカリ』はニヤりと笑った。


「そうかあ、派手に能力使ってるからなあ……普通の人らからは、悪のカリスマとか言われてるんやけどな……」


「そんな『妖怪』と話すことなんてありません、さようなら」


 私はこの場を去ることに決める。何が何でも逃げ切ることに。


 私は走り出そうとする。──するとこんな声が聞こえた。


「月乃ちゃん? 今日の課題、『貸して』もらおかな?」


 ──気がつくと反対に走り出していたはずの私は、火虎先輩の目の前にいた。そして何故か、数学の時間に出された課題に使う問題集を持っていた。


「──っ!? 能力を、使ったの……!?」


「正解」


 ニヤニヤとこちらを見ながら、火虎晴子が問題集を受け取る。


 一瞬の出来事だった。しかし、まるで時間が飛ばされたかのようだったにもかかわらず、何故か火虎先輩の前へと向かい問題集を差し出すまでの記憶はあり、不思議な気分にさせられ、頭が混乱する。


 だが、そちらがその気なら、こちらも能力を使わせてもらうおう。


 私は、人差し指を問題集に差す────が、


「──!?!?」


「あ、能力かなんか使って取り返そうとしたな? けど、無駄やで? 」


 初めてのことだった。この能力を使えば、生物と自分より重い物以外は自由自在だったのに。──初めて、物を操ることができなかった。


「これ、返して欲しかったら……着いてきてくれるかな?」


「…………」


 仕方がない、か。私は、「わかりました」と頷く。


「アハハ、ほんならついてきてな……?」


 日が暮れゆく中、課題を人質にされた私は『モノカリ』の背中をついて行く。そして、朝と同じ道を歩いていた。


 ──辿り着いた先はXX市立YY高校。


「ほな、入ろか」


 何故、こんなことになってしまったのだろう。だが、後悔しても仕方がない。私は、あることを決めた。


 それは、なんとしても、この能力の攻略法を見つけること。

このままいいようにされていけば、いずれ、うさぎにも被害が出るかもしれない。


 守る。と言ったからには、有言実行せねばならない。

私は、そんな決意を胸にして校舎へと入って行く。


 それから『モノカリ』が向かったのは二年生の教室だった。


 ──二年C組、おそらくここは彼女のクラスなのだろう。


 教室に入った私達。『モノカリ』は窓際の一番後ろの席の机に行儀悪く腰掛けた。


「さて、月乃ちゃん……お話、しよか」


「…………」


「なんや? だんまりかいな」


「私からお話するようなことはないので……火虎先輩、要件があるなら早くしてくれませんか? 遅くなると家族が心配するので」


 私は火虎先輩を急かす。彼女の目的が何なのかは分からない。

だが、私から借りたい物がある、というよりは『妖怪』の私に用があるのだろう。


「確かに、もう暗くなるな……けど、暗くなってからがアタシら『妖怪』の時間やろ……?」


 『妖怪』の時間。そんなことを言われても、夜に調子が良くなるとか、能力が強くなるとかは無い。一体何が言いたいのだろうか。


「…………」


 私は再び沈黙を決め込む。しびれを切らしたのか、火虎先輩は、はぁ、とため息を付き、口を開く。


「わかった……まあ、誘い方が悪かったか。まずはひとつ……月乃ちゃん、君は一体何の妖怪なんや……?」


「……」


 正直に話すべきか──。いや、それはしたくない。だが他の名前を出そうにも、妖怪には明るくない。


「『モノコリ』、です……」


 咄嗟についた嘘。それは同じく『かきくけこ五大妖怪記』に載っているであろう妖怪。本当に『モノコリ』がいるのかは知らない。だが、『かきくけこ』なのだから『モノカリ』から『カ』、『モノクリ』から『ク』を取っているのではないか、と推察し、とりあえず『モノクリ』から一番遠く、かつ『モノカリ』ではない、『コ』の『モノコリ』を選ぶ。

──嘘をつく時には少し真実を混ぜると良いらしいから。


「ふ〜ん? 『モノコリ』……ね?」


 火虎先輩は少し俯き、何かを考える素振りをみせ、すぐにこちらの目を綺麗な赤い目でまっすぐと見つめてくる。


「嘘やな」


 そして、はっきりとそう言った。


「本当ですよ……どうして、疑うんですか? 」


「……それは、アタシが本物の『モノコリ』に会った事があるから……やろなあ」


 しまった、嘘が成立していなかった。これで、火虎先輩からの心象が悪くなってしまっただろうか。


「警戒するのは分かる。けど、嘘つかれたら、先輩悲しいなあ」


「……すみません」


 私は、とりあえず謝る。よく考えたら、人から無理やり物を借りる妖怪に謝る義理は無いのだけれども。


「すみません……? アハハ、──やっぱり、嘘やったんやな?」


「…………は?」


 私は動揺する。やっぱり嘘、なんて言うということは、つまり。


「鎌を掛けたんですね……」


「カマぁ……? そこまでの事じゃないやろ、月乃ちゃんの嘘を貫き通す力が弱かった、ってだけの事や」


 腹が立つけれど、確かにもう少し粘っても良かったのかもしれない。


 火虎先輩の方を見ると、ニヤニヤと笑っていて、さらに腹が立つのを加速させる。


「けど、月乃ちゃん? 先輩に対して、そんな嘘つくなんて……『罰』が必要やないかな……?」


「罰……?」


「そう、罰……安心してや? 別に体罰とかやないで? ただ、月乃ちゃんから借りてるこの課題。これに加えてもうひとつ、人質として貸してもらうだけや」


 何故そんなことをしなければならないのか。納得がいかないので「嫌です」と火虎先輩に言う。


「……月乃ちゃん? これは、『妖怪』としてじゃなくて、『人間』として必要なことちゃうかな? やから……やらしてもらうで」


「そんな……そもそも、あなたが無理やりここに連れて来たんじゃ──」


「月乃ちゃん、『パンツ貸して』もらおかな?」


 私が「連れて来たんじゃないですか!」と言いかけたとき。その言葉──その能力が発された。


 ────そして、気がつけば火虎先輩が左手で、見覚えのある布を持っていた。


 パステルピンクで、可愛い、お気に入りのやつ。


「え……あ? そ、それは──!?」


 時間が飛ばされたような不思議な感覚を再び味わい、そして、パステルピンクのそれを渡すまでの時間、何をしていたのかという記憶が私の脳内に再生される。

────自分でスカートの中に手を入れ、それを脱ぎ、手渡す、という一連の恥ずかしい行動の記憶が。


「初めてこういうの借りたけど……なんかやらしい使い方になってもうたなあ……それにしても、なんや可愛いの履いてるやんか? 月乃ちゃん?」


 状況を完全に理解し、羞恥心が頭を支配する。が、すぐにそれ以上の怒りが湧く。悪質。あまりにも能力の使い方が悪質だ。


 私にとって、授業に必要なモノとか鍵っ子の先輩の鍵とかそんなものより、大切なものが無理やり借りられた。


「……せ」


「んー? なんやて?」


「返せ」


 私はそのへんの机を十個、十指で差して操る。ふわり、と浮き上がったいくつかの机からは置きっぱなしにしていたのか、教科書やノートなんかがバラバラと落ちる。


「……ッ! これ……は、もしかして……『モノクリ』の能力……!?」


 どうやら火虎先輩には私が何の妖怪か分かったようだ。でも、今はそんなことはどうでも良い。


「ご名答……さあ、わかったところで、『それ』……返してくれる? じゃないと……」


 私は脅しとして、火虎先輩の近くで机を能力で素振りし、空を切る。


「……そんなことしたら大変やで!? これは、あくまで、話を聞いてもらう為の人質やって……!」 


 明らかに焦り始めた火虎先輩。だが、確かに、頭に血が上っていたとはいえ自分でも思ってもないほどの暴力性が出てしまっている。これは、よくないかもしれない。


「…………確かに、頭に血が上り過ぎたかも。ごめんなさいね」


「お、おう……あれ? 敬語消えてる?」


 私は操った机を完璧に元の位置へと戻す。そして、散らばった教科書やノートなんかも、それぞれの机の中へ戻す。操る前にはすでに、能力の射程範囲内の空間にある物は完璧に把握していたので元に戻すのは容易かった。


 さらに、少し冷静になったついでに策を思いついた。


 この『モノカリ』をギャフンと言わせる秘策を。


「ふう、冷静になってくれたなら良かった、さあ、少しお話ししよな?」


「その前に」


「……うん? なんや?」


 私は少し笑ってみせて、火虎先輩の目をまっすぐ見る。


「やっぱり、その『罰』ってやつは納得いかない!」


 私は、火虎先輩の下半身の方を右手の人差し指で差す。すると、ふわり、と彼女のスカートがめくれ上がる。


「へっ……?」


 それを確認した火虎先輩は頬を赤く染める。髪色に合って、お似合いだ。


 そして、再び、今度は中指で『それ』を指差す。

それから『それ』──すなわち『パンツ』を操り、ずり下げる。

一応、情から、パンツをずり下げる前にスカートの操作は解いておいてあげた。


「え、あ、いや……いやや……!」


 火虎先輩の声を無視し、空いた人差し指と薬指で彼女の内履きの靴を差し、バランス良く操る。そして、そのまま上へと持ち上げるように動かすと、火虎先輩が少し浮く。


「うっそや……!? 持ち上がんの!?」


 流石というべきか、まっすぐ浮かせたとはいえ火虎先輩はその状態で立ったままの姿をキープしている。だが、その隙にパンツを足から完全に抜き取り、こちらの方へ寄せる。そして、そのひらひらとした赤い布を、操っていた右手でつまみ取る。


 火虎先輩をゆっくりと下ろしてあげて、その赤い布を軽くひらひらと振りながらこう言う。


「なんだか情熱的なやつ……履いてるじゃない? 火虎せーんぱい?」


「……」


 顔を赤くした火虎先輩は、恥ずかしさと怒りが混じった、おそらくさっきまで私がしていたであろう表情でこちらを睨んでいる。まさか自分がパンツを盗られる羽目に合うとは思ってもみなかったのだろう。


「…………なら、月乃ちゃん、その、パンツ、『貸して』もらうで……!」


 そう言って、能力を発動させようとしたのであろう火虎先輩。しかし、どうやら不発に終わったようだ。


「──なっ……なんで……!?」


 ────思った通りだった。


「……やっぱり、いくらなんでも自分の物は『借りる』なんてできないでしょ? だって、これはあなたの物なんだから」


「なっ!?」


 火虎先輩は結構な衝撃を受けているようだ。まあ、自分の物を『借りる』なんて、普通はやる機会なんてないだろう。


「これは火虎先輩の物、ただし、今は私の手にあるけどね」


 教室に、二人。手にはお互いのパンツ。


「やるなあ……まさか、ここまで強力な能力持っとるとは……」


「これで、五分と五分……ですね?」


 にらみ合う私達は、お互いの次の動きを待っている。


 そうして、数分がたっただろうか、という頃。


 ────私の頭は完全に冷えていた。何をしているんだろうかこれは。


 火虎先輩も似たようなことを思っているのか、冷めた表情をしていた。


「とりあえず『返す』わ……交換しよか……」


 差し出される、パンツ。それに対して私も盗ったパンツを差し出す。


 それからお互いに、自分のパンツを履くという変な時間が流れる。


「…………」


「…………」


 気まずい空気が流れる。正直、暗いし。もう帰りたい。


「火虎先輩。もう、いいでしょ? 今日のところは……」


「敬語……いや、もうええわ……もう、帰ろう」


 そのまま私達は教室を出て、校舎を出て、校門を出てしまった。


「……それでは、さよなら」


 私は別れの挨拶をする。できれば、もう会いたくない。


「ホントはもっと話したいこともあったんやけどなあ……あ、せや! 」


 火虎先輩はそう呟くと、ポケットからスマートフォンを出した。


「あ、店長からメッセージきとる……まあ、これは後で返すとして……」


 そこから数タップ、数スクロールとスマホの画面を操作し、私に見せてきた。


「これ、アタシの『YOIN』のアカウントのQRコードや。せっかくやし、交換しようや!」


 『YOIN』、それはメッセージアプリで、スマホを持っているのなら大体の人が使っているものだった。もちろん、私も使っている。といっても、家族とうさぎくらいしか友達登録していないのだが。


「な……どうして、嫌だなんだけど……あんなことしておいて……」


「ええやん、ええやん、アタシら同じ学校で、同じ女の子で、同じ『妖怪の血を継いだ存在』やろ? なら、仲良うしようや! 友達ってことで」


 断ろう。そう、思っていたのだが。


「と……」


「うん? どしたん?」


「友達……?」


 その言葉が、私の心を動かした。


「ほ、ほんとに、友達……?」


「え……? あ、うん友達……まあ、パンツも取り合った仲? やしな……」


 それを聞いて、私はスマホを出し、すぐに火虎先輩のQRコードを読み込む。私のスマホ画面に、登録完了の文字が出る。


「そういうことなら、いいですよ……友達ってことなら……」


 私は少し笑ってしまっている口元をスマホで隠しながらそう言った。


「……わからんなあ、アタシには月乃ちゃんが。……でも、なんやカワイイからええか」


 なんだか変な事を言う先輩を置いて、少し先を歩いてから振り返る。


「それじゃあ火虎先輩、これからは敵とかじゃなくて『友達』ということでよろしくね……さようなら!」


「え……? うん、サヨナラ……?」


 そのまま私は帰路を急ぐ。友達が増えた。それも、同じ妖怪の。とりあえずそれだけで、深い考えもなく嬉しかった。


 そのまま家までの道のりのベストタイムを出し、玄関を開ける。


「ただいま!」


 ちょうど弟がリビングから出てきたところらしく、こちらを見て口をポカンと開けていた。


「おかえり……? なんか、妙に機嫌がいいな……?」


「まあね! じゃっ!」


 普段出し慣れてないテンションで階段を三段飛ばしで登る。階下から「あぶねーぞー!」と声が聞こえるが無視して自室に入り、学習机にスクールバッグを置く。


 ──そして、思い出す。課題を返してもらっていなかった。


「あー……」


 その時、スマホの通知音が鳴った。内容は『月乃ちゃーん? 課題返してなかってんけど、どないしよか?』という火虎先輩からのものだった。


『えっと、今どこにいるの?』


『まだ学校近くやで! 取りに戻るなら、さっきのバス停のところで待っとるな?』


『お願いします』


 そんなやり取りをした後、私は課題を返してもらいに再び外へと出ることになった。


 バス停のところまで行き、火虎先輩に「ドジやな〜」なんて言われて、「うるさい! 元はと言えばそっちのせいでしょ!?」と言う軽いやり取りをして、家に帰った頃には夕飯が食卓に並んでいた。


 その後、一緒に夕飯を食べていた弟に「彼氏でもできた?」なんて失礼なことをニヤニヤと言われたので、能力で口の中に夕飯の唐揚げをいくつか突っ込んでおいた。お母さんには「食べ物と能力で遊ばないの!」と怒られてしまったが。


 そうして、そんなふうに今日という日は終わっていったのだった。

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