放課後、噂、邂逅する妖怪達

 朝、登校してから数時間。きんこんかんこん、とチャイムが鳴る。

これは六時間目の授業の終わりを告げる音だ。


「んー……」


 私、和隈月乃は嬉しさと疲れがこもった伸びをする。


 ここ、一年A組の教室の出入口側、一番後ろの席は私の座席だ。左斜め前にひとつ飛ばすと友人の『うさぎ』こと兎太陽菜の席がある。

そっちの方を見ると、うさぎはこちらを向いていて、笑顔で軽く手を振ってきた。それに対して私も少し笑って、軽く手を振る。


 それに挟まれる形になっている左斜め前の席の男子がうさぎの方を見て「え? 俺?」みたいに反応し、体をビクッとさせるが、残念ながらそれは私に対してのものだ。


 それに気付いたのか、こちらへ少し振り向き、すぐに向き直ると、耳まで顔を赤くしていた。


 それから少しすると、担任の美人爆乳教師(男子達が呼んでいる)がやってきて「連絡事項無し! お疲れ! さようなら!」と言って去って行く。それで帰りのホームルームが終わった。


 何時もこうなので、相変わらずテキトーな先生だと思う。だが、悪い人でもないとも思う。多分だが。


「くーまちゃん! この後時間あるかな?」


 美人爆乳教師が去ってからすぐに、うさぎから声がかけられる。どこかに遊びに行く誘いだろうか。それならば断るわけもなく、むしろ望むところだ。


「うん、あるよ、どうしたの?」


「良かった! 帰りに、学校近くのたこ焼き屋さんへ食べにいかない?」


 うさぎからの誘いは学校の近くにある、たこ焼き屋さんへ行こうということだった。けっこう美味しいと評判のところで、店内にイートインスペースがある。


「いいよ、行こっか」


「やったー! 実は一回行ってみたかったんだよね~!」


 そうと決まると、帰り支度を早々に済ませ、スクールバッグを持つ。


「おまたせ、行こう」


「うん!」


 教室を出て、階段で三階から一階へと降り、昇降口で靴を変え、外へ出て目的地へと歩いて行く。


 まだ日は少し高く、春のそよ風が私に吹く。

そんな風を心地よく感じていると、うさぎが口を開いた。


「ねえねえ、学校でね、こんな噂を聞いたんだけど……知ってるかな?」


「噂……?」


 私は噂話には疎い。というか、うさぎ以外友達もいないので噂なんて耳に入ることがない。


「うん、Y高にはね、ある……妖怪みたいな女の子がいるんだって……」


「え!?」


 今日一番の大きな動揺が私を襲う。


 「バレた? なんで? どうして?」なんて言葉だけが頭の中でぐるぐると回る。


 ──いや、落ち着こう。何も私だと決まったわけじゃない。


「妖怪みたいって……どんな……人なの……?」


「うん、噂によるとね……」


 ゴクり、とつばを飲む。


「ご当地妖怪の一体みたいな人なんだって……」


「────え」


 絶体絶命。カッパみたいな頭とか、天狗みたいな高い鼻とか、そういう容姿を揶揄するものじゃなくて、あの、ご当地妖怪みたいだと、そんな噂。完全にリーチがかかっている。もはや逃れられないのか──。


「その……ご当地妖怪の一体って……?」


 意を決して、うさぎにそれを聞く私。


「うん、それは……」


「それは……?」


「それは……」


「そ……れは……?」


「その名も────妖怪『モノカリ』……!」


「モノ、『カ』……リ……?」


 一瞬固まる。しかし、すぐに『モノクリ』のことではないと理解し安堵する。

そして、知らない。なんだそいつは。けど良かった、どうやら私のことではないようだ。


 ──そういえば、『かきくけこ五大妖怪記』に載ってる妖怪って『モノクリ』以外知らなかったなと、今更思う。


「『モノカリ』ってどんな妖怪なの……?」


 自分のことではないと分かったら余裕ができた。なので、せっかくだからその、『モノカリ』とやらについて聞いてみることにした。


「うーん……『モノカリ』はね? 色んなものを無理やり借りて人々を困らせる妖怪でね、人は『貸して』って言われるとどんな物でも絶対に貸してしまうの」


「絶対に……」


「うん、絶対……そういう不思議な能力があるんだって」


 不思議な能力。それは、実際にあったのだろう。エビデンスは私だ。そして、もし私のように『モノカリ』の末裔がいて、この学校にいるのだとしたら──。


「それで……その噂になってる人って言うのは……?」


「うん、それは二年生のね…………あっ」


 気がつくと、もう目的のたこ焼き屋さんに着いていた。

たこ焼き屋『たこなぐり』──それがこの店の名前だ。


「中で話そっか……お腹も減ってきたし……」


 うさぎにそう提案すると、「うん、そうだね!」と言い、店の入口の自動ドアに近づく。自動ドアは手押しのスイッチ式で、それを押すと開き、店内が見える。


 中へ入るとレジカウンターが目の前にあり、そこが注文と持ち帰りの受取をするところだ。カウンターの奥には厨房の広いスペースがあり、真ん中には大型のたこ焼き器が置いてある。店に入って左の方へ行くとイートイン用の少し広いスペースに机と椅子がいくつかある。


 私は家から近いので何度かここに来たことがあるが、初めて来たらしいうさぎは店内をキョロキョロ見ている。


 ────そして。


「いらっしゃいま……せ?」


 厨房の方にいたのであろう店員が接客をしにこちらへ来る。

そして、店員が、「いらっしゃいませ」と言いかけている最中、目が合った。


 ────するとその時、妙な感覚があった。今までに経験したことがない感覚。


 目の前の、髪の赤い、ポニーテールで、凛々しい目つきの、バイト着のエプロンとバンダナをした、美人といえる少女。その人から、不思議な、プレッシャーのようなものを感じる。


 私はそれが何を感じているものなのか、確信ができた。

感じたことがない、初めてのものなのに確信できてしまう。


「…………」


「…………」


 お互いに見合い、沈黙する。


 きっとお互い、何故か分かっている。


 ────目の前の存在が『妖怪』であることが。


「……くまちゃん、注文……しよ?」


「うん、そうだね……」


 うさぎの声で、一旦落ち着きを取り戻す。


「いらっしゃいませ、ご注文……どうぞ……」


 それは、あちらも同じようだ。 


「うさぎ、普通のたこ焼きでいい? ここは、それが一番美味しいから……」


「え? う、うん、そう言うなら……それで!」


 事実、結構色んな種類のたこ焼きがあるが、ここは普通のやつが一番美味しいし、人気がある。


 けど、それよりも、一刻も早くここから離れたい。

バイトなんてしている以上、人間の社会で生きていこうとは思っている、と推察はできる。でも『妖怪』であるならば、できる限りうさぎに近づけたくない。


「たこ焼き……二つ、お願いします」


「かしこまりました……店内でお召し上がりですか?」


 どうしようか。だが、近くに腰を下ろしてたこ焼きを食べられるようなところも無い。無理やり外に連れて行けば、うさぎは混乱するだろう。それに、そんなことをした理由を聞かれたら、答えらない。


「はい、店内で……」


「……はい、それでは、お好きな席でお待ちください」


「はい……」


 私はうさぎに「いこう」と言って、席に向かって歩く。うさぎも後をついてくる。


 正直、『妖怪感』がするだけで、他は全く普通の人間に見える。私のように人間の血が濃いのだろうか。


 そこまで考えて、ある考えが浮かんだ。

そういえば、同じ『モノクリ』の子孫であるはずのお母さんとおばあちゃんからは、あの店員と同じ感じがしない。どうしてだろうか。


「…………」


 適当な席に座り、厨房の方を見る。すると、すでに私達の分のたこ焼きが船皿に盛り付けられていて、そろそろ出来上がろうというところだった。あの店員が船皿のたこ焼きにソースとマヨネーズ、そして鰹節と青のりをかけていくのが見える。


「くまちゃん……あの人だよ……」


「え……?」


 突然、うさぎが耳打ちするようなポーズをとり、ひっそりと話してきた。


「さっき……店の前で話してた、噂になってる二年生……」


「えっ……!?」


 それが本当なら、あの店員は、『モノカリ』の子孫──ということになるのでは。


「…………なんでわかったの?」


「だって、ネームプレートに名前が書いてあったから……『火虎ひとら』って……」


「火虎……?」


「うん……その、噂の先輩の名字は火虎で、赤い髪の綺麗な人だって言ってたから──」


 なら、おそらく間違っていない。あの店員はその噂の先輩だろう。そして、噂は本当──あの綺麗で、今まさにたこ焼きを持ってこようとしている人は、人ではなく妖怪。それか私と同じような存在。


「後で教えてくれない? その、『火虎』先輩の噂を……」


「う、うん……い──」


「おまちどうさま、たこ焼き二つね!」


 うさぎが、おそらく「いいよ」と言う前に、火虎先輩がたこ焼きを持ってきた。来ているのはわかっていたが、早足で来たのか思ったより早かった。


「ありがとうございます」


「いえいえ!」


 火虎先輩は先程とは打って変わって、にこやかな表情で接客をしてくる。


「君ら……Y高の娘らやろ? 見た感じ一年生やんな?」


 接客が一通り終わったからなのか、敬語ではなく砕けた口調で火虎先輩は話しかけてきた。それも、関西弁で。


「はい……確かに私達はY高の一年生ですが……」


 どういうつもりだろうか。あちらも、こちらが妖怪であることがわかっていて、それでも話しかけてくるということは、何か目的があるのだろうか。


「アハハ、やっぱり……」


 火虎先輩はニヤりとした表情を浮かべる。


「アタシは火虎晴子ひとらはるこ! まあ、君らの先輩や……よろしくな!」


「え……? あっ、私は兎太陽菜といいます……」


「……私は和隈月乃です」


「ふんふん、なるほど覚えたで! 月乃ちゃんにうだひなちゃんやな!」


 突然の自己紹介を終えた私達。こういうとき、コミュ力の高いうさぎはすぐに人と打ち解けることができるはずだが、珍しく戸惑っているようだ。


「ま、学校で会うことがあったら仲良うしてやってな! ほな、ごゆっくり……」


 火虎先輩は、そう言って厨房へと戻っていった。なんだかあっさりと終わったように感じる。バイト中なのだから当然といえば当然かもだが。


 しかし、何故私達、いや私とコミュニケーションをとってきたのか。何故、特に警戒もせずに話しかけてくるのか。それは、私の考えすぎなのだろうか。それとも、知らないだけで妖怪同士っていうのはこんなものなのだろうか。


 そんな、様々な考えが頭の中を駆け巡る。なにせ自分以外の妖怪と会うのは始めてで、何もわからない。とりあえずは、警戒を解かず、何時でも能力を使えるようにしておこう。


「じゃあ……食べよっか」


「うん、そうだね! 美味しそー!」


「「いただきます」」


 そう言って、私達はたこ焼きを食べ始める。


 さっきまで戸惑っていたうさぎも、今は美味しそうにたこ焼きを頬張っている。


 たこ焼きは揚げたものではなく、表面は柔らかく、しっとりとしていて、一口食べると中身がとろっと出てくる。

──相変わらず美味しい。普段はお母さんがテイクアウトで買って来るのを家で食べるのだが、こうして店の中で食べるのもなかなか乙なものだ。


 私とうさぎはそのまま、時々談笑したりしながら絶品のたこ焼きに舌鼓を打った。


 気がつけば、たこ焼きはもうなくなっていた。

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