第15回「王都ゴール」

「お待ちしておりましたぞ!勇者殿!」

 ユキトキは目の前の黒いフロックコートの男に困惑した。走りにくそうな服装で、全速力で走って来たのを避ける術はなかった。誰だお前は、と言いたい気持ちを抑えてユキトキは頬を引きつらせた愛想笑いを浮かべる。

「な、なんでしょう?ええと…」

 ユキトキは目の前の男の名前なぞ知らない。初対面だ。なんと呼べば良いかわからず、視線をルキウスやカーローンの方に向けるが、誰も対応してくれない。ユキトキ自身でなんとかせよと言う事である。助けてくれと心中で叫ぶユキトキを前にフロックコートの男は名乗り始めた。

「申し遅れました。私、ガルシア・レトと申します。首相の任を陛下より拝命しております。はい」

「ええと、ガルシアさんでよろしいですかね?」

「ええ、ご自由にお呼び下さい」

 ガルシアは微笑みをユキトキに向ける。心底歓喜してると思える反面、何を企んでいるかわからない胡散臭い印象がある。ユキトキは完全に信じたら駄目だなと思って、恐る恐る言葉を交わす。

「ええと、とりあえず、ここの門は通ってよいのですか?」

「はい!勿論!こちらの手違いで封鎖してしまったようです。さあ!どうぞ!お通りを!」

 ガルシアは会釈するようにお辞儀して片手で完全に開かれた城門へと誘導する。平身低頭とは目の前の男のためにあると錯覚しそうになる。ユキトキにはなんとも落ち着けない対応であった。

 そんなユキトキの心情など微塵も気にせず馬車は城門を通過して王都ゴールの市中へと車輪を進める。

「わあ〜、賑やか」

 戸惑っていたユキトキは門を抜ける前のことなど綺麗に吹き飛ぶ思いがした。目の前の通りには賑わう喧騒。馬車の通れる幅の広い大通りの左右には露店が立ち並んでいる。朝早くだというのにこの賑わい。ユキトキは見慣れぬ景色に目を輝かせて見渡していた。あまりに周囲を見るものだから上京したての田舎者といった印象である。

「朝なのに賑わってるね」

 ユキトキはそう言って感嘆した。

「朝の市ですね。ここ王都ゴールでは各門の付近で聖暦の始めからつづく伝統的な市が開かれているのです」

 ルキウスは淡々と教えてくれた。聖暦と聞いて、西暦とは違うよなと思い出すユキトキ。

「へえ。今年が何年だっけ?」

「聖暦1912年です」

「長いもんだなあ………」

ユキトキの感想も尤もである。2000年近く前から市があるとは驚嘆した。

「曲がります」

 ルキウスが言うと、馬車は右に曲がる。そこは城門から真っ直ぐ伸びた大通りではない。喧騒も少なく、閑静な通りであった。

「ここは…」

「我々は迎賓館に向かう事になります。事前にヨハネス猊下より伝達されておりますので、パーラもすぐに動く筈です」

「迎賓館か……なんだか、凄いとこに行くんだな……」

 ユキトキの溢れた感想をニナが拾う。なんだそれは、と聞くのである。

「知らないの?」

 ユキトキは問い返す。ニナは臆さずにきっぱりと答えた。

「知らないの」

「そっか〜」

 堂々と返すニナにユキトキはなんと説明したら良いのか悩んでもキリがないので、なんとなくの知識で教えた。

「そうなんだ。ええと、国が客人を迎え入れる施設?なのかな」

「そうなの?」

「そうかも」

判然としないユキトキとニナの問答。ルキウスは横目に嘆くような、憐れむような視線を向ける。

「ルキウスさんはわかるかな?」

「概ねはそうです。勇者殿と御一行は迎賓館に宿泊するようになりますので、パーラ王国滞在中の宿とお考え下されば十分と存じます」

「なるほどね」

 ルキウスは端的に教えてくれる。ユキトキもニナも満足そうに納得した。ようは屋根のある豪華な寝床というわけだ。

 10分ばかし車輪を転がし、馬車は目的の迎賓館前に着いた。鉄格子の門があり、衛兵が2人立っている。

「我々は勇者ユキトキ殿が一行。お通しを」

 ルキウスが御者台から衛兵に話しかけると、1人が慌てて中に入る。どうやら上官に相談しに行ったようである。

「あ、戻ってきた」

 ニナが指差して言う。衛兵は身分証の提示を願ってきた。ルキウスは腰のベルトに挟んでいた丸められた羊皮紙を取り出す。ユキトキはそんな物を持っているとは思わずに訊ねていた。

「それは?」

「教皇聖下から渡されました。通行許可を求める命令書です。文中に勇者ユキトキと一行の身元を保障する事もまとめられています」

「便利な物だね」

「権威は利用できる時にしないといけまけんから」

 そう言うルキウスから羊皮紙を受け取った衛兵は目を通して即座に右手を額まで上げて敬礼をする。

「勇者御一行の方とは知らず御無礼いたしました。どうぞ、お入り下さい」

「どうも」

 ユキトキの言葉と同時に勇者一行が迎賓館の敷地に入った。鉄の柵門が軋んだ音を立てながら閉まると、大きな音を残す。

 ユキトキは宿に着いたと感じ入り、ようやく一息ついた思いがした。




(第16回に続く。)

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