第14回「西の城門」
日が昇り、世界は明るくなった。朝の到来である。ユキトキら勇者一行の馬車はカーローン子爵率いるパーラ王国軍の兵に護送されて王都ゴールに近づいていた。
そんな中、ユキトキは今、御者台にいる。隣にいるルキウスは会話をしようとする気配はなく、ただ前を向いて手綱を握っていた。ユキトキも同じく前を向くだけである。何もしないでボーッとしていたら、眩しくなって、瞼を閉じると小鳥の囀りがよく聞こえた。雀に似た鳴き声。雀なのかはユキトキにはわからない。ただ朝が来たのだと感じた。
「あの壁がパーラの王都?」
日が昇ってから見え始めた目の前の景色を指差してユキトキはたまらず聞いていた。ルキウスが紺青色の瞳だけユキトキに向ける。自分に問いかけているとわかるとルキウスは視線を前に戻して肯定した。
「はい。あれが王都ゴール、西の城壁です」
「なるほど」
ユキトキは視線の先に見えた長い城壁とそれに囲われた大きな都市を眺めていた。
馬車の横を守るように走る騎馬兵は皆、緑色の軍服を着ていた。昨夜は彼らの服装や装備まで見る余裕がなかった。ニナという少女の無鉄砲ぶりに翻弄された後は外に出ないようにと御者台にケルサスと交代で乗っている。要するに見張り番である。
「勇者殿」
ルキウスが前を向いたままユキトキに話しかける。
「はい?」
「パーラの王都は勇者殿の来訪を歓迎するでしょう。ですが、お気をつけ下さい。今、パーラ王国はもとより、西方世界に於いて親アルビオン派と反アルビオン派の対立が激しさを増しています」
「それって、利用される可能性があるって事?」
「理解が早くて助かります」
ルキウスは少し口角を上げてそう言った。その言葉にユキトキは眠気が覚めたような思いをした。褒められたような気がしたからである。ひよこだのヒヨコだのなんだのと言われてばかりだったここ数日では何とも言えない喜びを感じた。これが、承認欲求が満たされる感覚なのだろうとそう思っていた間にルキウスの騎兵と会話をしていた。
「何事でしょうか?」
「そろそろと………」
「了解しました。カーローン閣下にはルキウスが必ず伝えると言っていたと」
「お願いします。失礼」
ルキウスと話していたパーラの騎兵は会釈すると馬の腹を蹴って前方へと走って行く。前方はカーローン子爵が先導している。そちらに戻ったのだろうとルキウスは教えてくれた。
いま、馬車を警護しながら進むパーラ王国軍の編成などユキトキは知らない。今、前方には、昨夜少しだけ見たカーローンという白髪をオールバックにした爺さんがいる事を知ったくらいである。
「たしか、リウィアさんと一騎討ちしたっていう人も前にいるのかな」
ユキトキの呟きにルキウスは黙して応えない。答えはすぐ横に来ていたからである。
「私なら馬車後方での警護を指揮しております」
「あ、髭の人」
「ピエトロ・ゼロスにございます。勇者殿」
馬上から無表情のままユキトキを見るピエトロ。ユキトキも印象的な髭の人としか覚えていなかった分、気まずいなと感じて黙る。
「勇者殿、王都に入りましたら、まず迎賓館に案内いたしますので、しばらく」
「はい。わかりました」
ユキトキの返事を聞いたピエトロは敬礼すると、馬の腹を軽く蹴って速度を上げた。カーローン子爵の方へと向かったのだ。
「こちらも速度を上げます」
「へ?」
ルキウスがそう言った途端、馬車の速度が上がり、ユキトキの声が置き去りにされる。
「は、はや、はや、はやすぎない?」
「パーラの騎兵もついてきているので大丈夫です」
「そういうものかなあああああ!!!!!」
「ある程度の風は馬車の魔法で防ぎますが、速い事に変わりありません。舌を噛まぬように」
「ひえ……」
ユキトキの悲鳴はかぼそく、ルキウスの耳に僅かに聞こえるばかりであった。
ルキウスが手綱を振うと速度は上がり、景色は眺める余裕もないものとなっていく。ユキトキは新幹線に乗った時に似ていると思って眺めるものの、馬車とはこれ程に速いものかと不思議に思った。しかし、現実は目の前にある。とにかくやたらと速いのである。そして、風が扇風機の強くらいの風速で顔に当たる。ある程度は馬車の魔法で防いでも結構な風である。
「速すぎるってばーッ!!!!」
「勇者殿!!すぐ着きますからお黙りを」
「ひどい!?」
「さもなくば、舌を噛みます」
舌を噛む、と聞いてユキトキはすぐに押し黙る。ルキウスは口元だけ微笑みを浮かべると、また、手綱を振るう。速度が上がる。
「むーーーーー!!!!」
ユキトキは舌を噛みたくないからと口を両手で塞いでいたが、それも忘れて声を出す。変な声が馬車から上がるも、風と共に消えてゆく。
そんな馬車が途端に速度を緩めた。速度を上げてから15分と経っていない。徐々に景色が見えるようになる。そして、人が歩くよりもゆっくりとした速度になって始めて目の前の景色を眺める余裕ができた。
「むーむむー!!」
「もう喋って大丈夫ですよ」
ルキウスの呆れたような声がして、ユキトキはすぐに悟って両手を口から離す。
「ハァッ………すごい高さだね………」
「20mはあるかと」
「これが街を覆ってるのか………すごいな………」
ユキトキから感嘆の声が出る。思わず見上げる王都ゴールの城壁。敵軍の襲撃は元より、魔物からの防衛のため西方には多くの都市に城壁がある。パーラの王都は西方でも屈指の高さを誇る城壁の1つである。
ユキトキの見上げる王都ゴールの城壁は真上を見なくてはならない程に接近していた。首が疲れて前に向き直ると、5mはあろうかという大きな門が視界に現れた。いや、ユキトキが気がつかなかっただけである。中々に大きな城門と言えた。よく見れば、複数の円柱状の城壁塔も見える。かなり堅固な城壁である。ただ、その門扉は固く閉ざされていた。
「着いたの?」
「ちょうどね」
ユキトキは背後から聞こえてきたニナの声に自然と答えていた。一拍置いて、ユキトキは慌てて振り向きニナの姿を確認する。おかしい。ケルサスが馬車内の見張りをしている筈。よもや寝てしまったのではと思った直後にニナは答え合わせでもするように教えてきた。
「ケルサスなら寝た」
「やっぱりか」
「知ってたの?」
「起きてたらニナを止めてる」
「そうなのね」
「そうなのよ」
ユキトキは諦めたように現状を受け止めた。
「ルキウスの隣が空いているからそこに座っててね。頼むからね?」
稚児に言い聞かせるように優しく言うユキトキを見て、ニナは逡巡した後に黙ってルキウスの隣に座った。御者台は3人がなんとか座れるくらいのスペースがあるのだ。
「開門!!」
ニナが御者台に座った時である。ピエトロの大きな声がして、よく響いた。ユキトキとニナは驚きで肩を震わせた。ルキウスだけが動じていない。
「所属を名乗られよ!!」
1分としないで胸壁から顔を見せる兵から返事が返ってきた。
「なんだぁ?我々はカーローン閣下麾下!近衛連隊である!王命あって任務に当たっている帰りだ!確認を急げ!」
すかさず答えるピエトロ。胸壁の奥の様子が慌ただしくなったのは地上からも確認できた。5分と待たずして、先程対応した兵の上官らしきやつれた50代の男が顔を見せた。実年齢より老けて見える。
「申し訳ございません!南門よりお入りをお願いしたく…………」
その額には大粒の汗が浮かんでいる。不思議とユキトキにははっきりとそれが見えた。
「理由は何か!!」
「ニュクス侯の指示なのです!!」
「なに?」
「どうか」
舌打ちして馬首を翻し、カーローンの元に近寄るピエトロ。
「知られたようで」
「南門を提示するからには何かあるのだろう。北壁を回って東門より入ろう」
「それが確実ですな」
カーローン子爵はそのまま振り返り、ユキトキの側まで来て下馬して敬礼した。
「勇者殿、これより迂回して東門より入ります。騎士ルキウス、よろしく頼む」
「御意」
カーローン子爵はルキウスの返事を確認してすぐに馬に乗った。
「何があったのですか?」
ユキトキがカーローン子爵を呼び止めたのは、子爵の馬が動こうとした直後であった。馬脚は子爵の手綱捌きでステップを踏む。カーローン子爵は顔をユキトキの方に向けて話し始めた。
「パーラ王国は東西で勢力が違うのです。東に影響力のあるステュクス公爵と西に影響力のあるニュクス侯爵の勢力が今、政争をしている最中なのです」
「もしかして、反アルビオンだとか、親アルビオンだとか言う?」
「左様。ステュクス公は親アルビオンを主張し、ニュクス侯は反アルビオンを主張しておられる。私どもはステュクス公の麾下です」
「な、なるほど」
「詳しい話は後ほど、さあ、行きますよ!」
カーローン子爵は再び馬を進め、ルキウスもそれに続くように手綱を振るわせた。馬車は移動を開始する。
遠回りになるな、と考えているとユキトキを呼ぶ声がした。どこからだろうと辺りを見回すと閉まっていた城門から聞こえてきた。目を凝らすと徐々に門が上へと向かい開いていく最中であった。
「勇者殿おおおお!!お待ちしておりましたあああ!!!!」
閉まっていた城門が上がり切る前にフロックコートの男が1人駆け寄ってくる。武装らしき物をしていないのを見てルキウスは言った。
「敵意は、なさそうです」
「大丈夫かなぁ…………」
ユキトキは不安のまま駆け寄る男と対面する。聖暦1912年3月7日、朝の出来事である。
(第15回へ続く。)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます