第10回「最後の勇者⑩」

 ガコン、と音を立てて馬車の戸が開いた。その音のする方へ向けてリウィアとケルサスが視線を送る。2人とも何気ない風でいるものの一抹の緊張感を感じて剣の柄に手を伸ばしていた。

「風強くなってきたし、早く出発した方が…………なんだ?」

 入ってきたのはエレナである。2人が抜剣しそうな勢いであるのに気がついて睨み返す。

「いや、悪魔教徒の話を聞いたからね」

「追われていたものでね」

「なるほど?」

 リウィアが慌てて剣を置き、ケルサスは両手を挙げて嘯いた。

 エレナはいまいち納得しかねる様子でいたが、ライフル型の魔法具を「片付けてくる」と言って自室の方へと去ってしまった。

「で、悪魔教徒がこの娘を狙うのはなぜです?」

「だから、それは知りませんと先程も………」

「嘘おっしゃい」

 ケルサスが言い終わらぬ内にリウィアが否定する。この押し問答がずっと続いていた。ケルサスもリウィアがここまで悪魔教の情報を欲する理由を理解できる分、余計に何も言えなくなっていた。

 悪魔教はいわゆる秘密結社に近い。どこで活動しているのか定かではない。この怪しげな集団は世界中で活動している事と悪魔の復活を掲げている程度の情報しか知られていないのだ。人々が知っている情報にも誤差があり、どれが本物か分からないというのもある。

 尤も、国の諜報機関ともなれば少し詳しい事も知れるだろうが、極秘情報として機密されるものでもある。簡単には知れないのだ。

「知らないものは知らないと言ったでしょう?」

「カトゥンの王族でも?」

「王族とて機密を容易くは見れませんから」

「む、ではなぜ貴方はこの娘を助けたのかを伺いたい」

「そんなこと、悪魔教徒を見つけたら弱った蜂を捻り潰すように踏み潰しなさい、とサン家の初代クールーより伝わっている家訓だからです。悪魔教徒に与する理由がない」

 リウィアはそれを聞くと納得したように頷いていた。そういえば、カイルス家にも似たような家訓があったな、と思い出したからだ。

「我がカイルス家にも悪魔教徒は見つけたら、即座に斬り捨てよという家訓があります。となると、悪魔教徒の情報は貴方ではなく、この娘に訊ねるしかないようですね」

「………そうでしょうね」

 ケルサスが黙し、リウィアは黒髪の少女が目覚めるのを待つ事となった。その時である。


 馬車が小刻みに揺れた。


 リウィアらの乗るこの馬車はただの馬車ではない。魔法による加工が施された特注品である。内部の空間が拡張され、外部からの衝撃を防ぎ、馬車の数十倍の速度が出せた。この特別な馬車が揺れる事は内部からも外部からも余程の衝撃を与えねばならない。つまり、外で異常が起こったという事である。

「外にはまだアウレリアが!」

「お待ちを」

「待ちませんよ、優男!」

「やさ!?………ああ、いいですか?我等は馬車に居ました。ここに勇者殿は帰って来てはいない。アウレリア殿の元に勇者がいるというのは心強いのではありませんか?」

 リウィアは眉間にシワをよせて逡巡する。しかし、すぐに言い返す。

「此度の勇者殿は先程のゴールデンターキーの群れとの戦闘が初陣なのですよ?」

「へ?」

「訓練もまだです。魔法は教えてないし、使える様子もない。どれほど闘えるか定かではないヒヨコです!」

「ヒヨコ………」

 ケルサスが衝撃を受けて、一瞬、思考が止まりかけたが、すぐに召喚間もない勇者であるなら当然か、と納得する。

「辰帝を見た事があるもので、つい失念していました」

「ですから、急ぎ………」

「行くなと言うのではありません。武装が剣だけとは心許ないと申し上げたかったのです」

「あ………」

 リウィアが理解したのを見てとって嘆息することケルサス。リウィアは軽装備過ぎる自分を理解して、声を上げる。

「エレナ!魔法具用意!出るぞ!」

 数秒、返事がなかった。10秒近くして慌てたようにエレナが部屋から出て来る。壁から現れるから、ケルサスも少し驚いた。一度、肩を小さく震わせてエレナを見る。

「姉上、何事か?って、何見てんだよ。王子さま」

「突然、現れたものだから驚いた」

「そうか。で、何があったんですか?姉上」

 エレナはそう言って、ライフル型の魔法具をケルサスとリウィアに渡す。

「馬車が揺れた。アウレリアと勇者殿が外に」

 リウィアがそう告げると、エレナは大きく舌打ちをして、悪態をつく。

「まだ外に居たのか」

「そうだ。行くぞ。ケルサス殿も」

「俺も?」

「左様」

「この娘は……」

「この馬車は要塞ですよ。簡易の。問題ないです」

「うーん、まあいいか」

 そう言って、3人が馬車を出ようとした時、リウィアが戸に手を触れるより早く、「ガコン」と戸が音を立てて開いた。緊張が走る。敵か、味方か分からなかったからだ。それも一瞬の事。開けたのはアウレリア。背後にはユキトキがいた。

「ああ、よかった」

「リウィア姉さま!大変です。悪魔教徒の幹部らしき男と接触しました」

 リウィアが喜んで笑みを浮かべたのも束の間、絶句して口をキュッと固く結ぶ。エレナは困惑したように姉を見つめる。ケルサスは一言だけ。

「詳しく聞こう」

 と言って、魔法具をエレナに預けてユキトキを引っ張って馬車に乗せる。やけに高いのも考えものだ、とケルサスとユキトキは心中でぼやいていた。

 リウィアら聖騎士三姉妹とユキトキ、ケルサスの5人はニナを囲むように円になって座った。リウィアの敷き詰めたクッションは弾力があって落ち着くのにちょうどよかった。

 安堵から肩の力を抜くユキトキにケルサスは淡々と質問を始める。

「勇者殿、何があったのですか?」

「え、ああ、風が吹いて、フード被った人たちが現れて、人を探してると言ってました。背丈の高い男とアウレリアさんと年の近い少女だったかな」

 そう言うと、リウィアとエレナはケルサスを見る。背丈の高い男がユキトキでないのなら、いま、この場にいる背丈の高い男はケルサスだけである。

 ケルサスは一度息を吐いて落ち着くと、再び質問を始める。

「他には?」

「他の人と明らかに違う服着てた人と、顔を出してた人がいた。名前は………」

「忘れましたか?」

「レレレ、なんだったかな」

「レンテイとボクトツです。勇者殿」

「あ、そうだ。それだ」

 ユキトキが思い出そうと苦心してる間に、アウレリアが捕捉する。ユキトキは手を叩いて思い出せた事に満足する。しかし、それを聞いた全員は無言となった。

 状況についていけないユキトキはケルサスに問いかける。

「何かやばい人?」

「悪魔教の大幹部と目される者の名です。大陸中で指名手配される危険人物です」

「ひえっ」

 ユキトキは思わず上ずった変な声が出た。それを横目にケルサスは自分が喧嘩を売った相手の大きさにため息が溢れた。




(第11回に続く。)



 


 

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