第5回「最後の勇者⑤」
ユキトキが聖騎士の黒い軍服に着替え終わった時である。靴底からガリッという音がした。金属片が擦れたような音である。
「なんだ?」
ユキトキは足のつま先を地面につけて顔を足元に向ける。右足の靴底を見ると、黄金色の金属片があった。靴底に刺さってなかなか抜けない。引っこ抜こうと手を伸ばす。
「んぎぎぎぎぎ!!!」
目一杯の力でようやくスポッと抜けたかと思えば、反動で体勢を崩して尻もちをついた。転んだ拍子に壁にゴンッと頭をぶつけてしまう。
「あだあ!?」
ガランガランと聖剣が音を立てて床に倒れる。かなり大きな音であった。ユキトキは壁にぶつけた後頭部を左手でさする。こぶは出来ていない。かなりの勢いで転んだ筈なのに予想していたより痛くはなかった。不思議な感覚である。
「痛い事ばかりだよ・・・」
そう呟いたユキトキはゆっくりと立ち上がって両手を腰に当ててグイッと背筋を伸ばす。こわばった身体がほぐれ、気持ちも切り替わったような気がした。ふうと息を吐くと、しゃがんで聖剣を右手で掴み取る。その時、ドアが3回ノックされてヨハネスの慌てた声が聞こえてきた。
「勇者殿、大きな音がしましたが、ご無事で?」
「え、ああ、大丈夫です!大丈夫!」
ユキトキはドアを開けてヨハネスにそう応えた。
「大丈夫なら行くよ」
ユリウス13世が顎で外の方をさっと示す。ユキトキが黙して頷くのを見て3人は同時に歩き出す。歩いている途中で思い出したようにユキトキは左手を見せてヨハネスに問いかけた。
「この破片が靴の裏に刺さっていたんですけど、これって何かわかります?」
「む、ん?これは」
ヨハネスはユキトキの手のひらにある金属片を凝視する。黄金色の金属片はただのゴミなのか、何か重要な部品なのかユキトキにはよくわからない。地下に行って戻ってから靴底に刺さっていたのだからティベリア教の大事なものなのかもしれないとユキトキは思った。ヨハネスの反応は金属片をただジッと見つめるだけ。気が付けばヨハネスもユキトキも立ち止まっていた。
「ん?」
ユリウス13世が後ろの2人が近づいてこないことに気が付いた。足音が消え、声もしない。不審に思うは当然であった。
「何をしている?」
ユリウス13世が振り返ってヨハネスとユキトキの間に向かって、さっきまで歩いていたところを戻って来る。ユキトキの左の手のひらにある金属片を見てユリウス13世は口をすぼめて驚いたように声を出す。
「
ヨハネスが勢いよくユリウス13世の方に顔を向ける。それだ、と言わんばかり。出かかっていた答えがわかってすっきりしたという感じだ。ユキトキは聖剣を見て、ユリウス13世の言葉を思い出す。
「この破片、聖剣と同じですか?」
「よくわかったね。そうだ。聖遺物のゴブレットだから聖杯という。今日、君を召喚して壊れたのだろう」
「聖杯って割れるんですね」
「普通は割れないんだよ」
「それって大丈夫なんですか?」
ユリウス13世は目を閉じて逡巡する。聖杯について伝えるべきか迷ったが覚悟を決めた。目を閉じたまま、「他言無用だ」と言ってから目を開けるとユキトキに語り始めた。
「聖杯は、起動すれば最後、
ユキトキには何が何やらといった風で、いまいちピンとこない。聖杯は勇者を召喚する装置なのはわかった。勇者が何か。ユキトキにははっきりとしたイメージがない。ゲームや小説にあるような勇者とは何が違うのかもわからなかった。ユリウス13世がそんなユキトキを見て話しを続ける。
「ユキトキ、君が召喚される前に6人の勇者が召喚されている。だというのに、なぜ、今日になって聖杯が壊れたと思う?」
「ええと、限界になったか、欠陥品だったとかですかね?」
わからないなりに恐る恐る答えてみるユキトキ。その答えを聴いてユリウス13世はにっこりと満面の笑みを浮かべる。正解したのかと思い嬉しくなる。嬉しくなったが、何かひっかかる。
「聖遺物が壊れることはまずない。そして、聖遺物を再現する技術は現状ない。どこにもない」
「へ?」
「聖遺物に至らんという目的で造られたものに魔法具というのがある。聖遺物には劣るが、君を召喚したのは聖杯を模した
「え?それって俺も欠陥品ってことです?」
「模倣品でもギリギリ勇者として召喚はできた。君の性能は勇者としては及第点といったところだ。大丈夫。君は欠陥品ではないよ」
ユリウス13世の話を聞き漏らさないように耳をそばだてて聞いていた。神妙な顔になるユキトキ。
「聖杯に魔力を蓄え続けていなかったら、君は勇者となって召喚されず、霊界を永遠に漂っていたことだろう。君は魔法具の聖杯によって勇者となった。だから及第点だ。それでも十分問題ないから心配はいらないよ」
「あー、なるほどぉ?じゃあ、なんとかなりますかね?」
「そこは君次第だね」
ユキトキはホッとしたように笑みを浮かべる。目を見張ったのはユリウス13世とヨハネスである。無理しているのが目に見えてわかったからだ。
「なら大丈夫ですね。いやー、気が楽になった!」
空元気にでもなったか。そう思わせるような引きつった笑顔のユキトキは聖杯の破片を投げだしてスタスタと歩き始める。置いて行かれた形になった2人はユキトキを追うようにゆっくりと歩き出す。そんな3人が外に出てすぐである。木製の馬車が見えた。塗装はなく、木目がはっきりと見える。屋根は半円を成しており、乗る部分が長方形になっている。無骨といえば無骨である。特徴といえば、10畳間くらいの大きさの馬車という点である。かなり大きく感じた。
「聖下、出立の準備整いましてございます。勇者殿のご用意はよろしいので?」
片膝をつき、ユリウス13世に頭をたれる金髪の青年がいた。銀色のチェーンアーマーに身を包んだ金髪の青年はずっと下を向いている。ユリウス13世が「お面をあげなさい」と言うと、ガバッと勢いよくユキトキらを見上げる。少しばかりつり上がった目に紺青色の瞳と白い肌。精悍さに幼さがまだ残っているように思える顔には1つの傷もない。
「勇者殿、この者は騎士ルキウス。カイルス家の騎士を務めております。此度の旅にハーメルン市国から同行させる最後の1人です」
ヨハネスが跪いている青年ルキウスを紹介する。ユキトキはユリウス13世が言った聖騎士の他につけるといった騎士を目の当たりにしているのだと察した。なんと真面目そうな男だろうとユキトキは感激した。こいつならエレナのようにはならない。ユキトキの期待は高まっていた。
「勇者殿、お初にお目にかかります。ルキウスでございます。旅の護衛と馬車の御者を務めさせていただく次第です。何かあれば、お気軽にお申しつけを」
そう言ってユキトキに挨拶をするルキウス。ユキトキは御者という言葉が気になった。
「えーと、御者っていうのは車内にはいないって事ですかね?」
「その通りでございます」
「ええ、車内には聖騎士の人たちが乗るのかな?」
「はい。お嬢様方と勇者殿が乗るのが基本。私は呼ばれぬ限り車内には入りませぬのでご安心を」
安心できない。ユキトキは困った。リウィアやアウレリアなら問題ないだろう。エレナは問題だ。あいつは危険だ。ユキトキはそう感じた瞬間、身震いした。エレナがゴミでも見るように睨みつけているのだ。
「頼りにしてますからね、ルキウスさん」
「御意」
騎士ルキウスと勇者ユキトキの初対面は正午すぎの晴天の下で行われた。ユキトキに旅を放棄する度胸はない。
(第6回へ続く)
・補足
ユキトキは今のところ、聖剣を抜き身で持っています。危ないです。極めて。
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