第4回「最後の勇者④」

「何か言ったかね?」

 ユリウス13世は部屋を出ようとする手前でユキトキの方を振り向いた。ユキトキは聞かれたかと思い一瞬ばかり焦ったもののすぐに落ち着きを取り戻す。ユリウス13世が聞こえなかったから、何かあるなら言えといった風であったからだ。きょとんとした顔で首をかしげる老爺を見て、ユキトキは口角を上げて笑みを浮かべる。

「いえ、今行きます」

 ユキトキは「ふうっ」と素早く息を吹きかけて蝋燭の火を消すと、小走りで部屋の外に出る。出る瞬間に次も先程の小石みたいにならないか怖くなったが、もう遅かった。急には止まれず勢いをつけたまま螺旋階段のところに出る。ひやひやしながら部屋の方を振り返ると黒く塗りつぶされたかのようで何も見えない。そっと壁に手を当てても砂にならない。生きている。よかった。無事だとホッとしたユキトキは頭上からユリウス13世の声がしてドキッとする。

「さあ、行くよ」

「ひゃあ!?」

 目を丸くしたのはユリウス13世である。ユキトキの甲高い声に驚いた。そして、けらけらと笑う。

「なんだ。まだそこの魔法が怖いか。大丈夫だと言ったのに」

「慣れないものは怖いんです」

「まあ、ここで何人か死んだという記録はあるからね。私が9歳の頃に2個上のマルクスがここに忍び込むと言って二度と帰ってこなかったことがある。彼は教皇でも、枢機卿でもなかったから砂になったのかもしれん。そこにある砂粒は誰のだろうね」

 この人は自分をからかっている。ユキトキは恥ずかしさから顔を真っ赤に染めたかと思えば、足元にたしかにある砂状の小さな山に目が行き、次の瞬間には恐怖で顔が青白くなっていた。

「冗談、ですよね?」

「行こうか」

 数秒黙ってユリウス13世は地上に出ることを促す。数秒の間がユキトキを余計に怖がらせた。しかも黙った時に真顔になっているのがうっすらと見え、余計に怖くなる。ホラーは苦手なんだ、と心中でぼやきながら螺旋階段をゆっくりと登って行く。老爺の歩く速度は若い筈のユキトキよりもきびきびとして素早かった。

「遅いよ」

「脇腹」

「痛い?死んでないなら大丈夫さ」

「まじかよ・・・」

 ユキトキはガクッと肩を落とし、下を向く。焦らずゆっくり登っていると、明るさが増した。1階が見えた。地上である。ユキトキは明るさを感じて顔を上げると、眩しくてまぶたを半分閉じる。

「やっと来た」

 三姉妹が揃って言った。時間の感覚的に20分も経っていないだろう。そう思ったユキトキだが、塔の1階には然したる物もないのを見て、少しの時間も退屈に感じるのだと知った。

「勇者殿は魔法に翻弄されてたのさ」

「へっ」

 ユリウス13世が事もなげに言うのをエレナがいの一番に鼻で笑う。リウィアが苦虫を潰したような顔をしてエレナを見る。アウレリアはそんな姉の様子にどうしたら良いのか困ったという顔をしていた。

 ユキトキは改めて自分が目の前の聖騎士に舐められているのだと痛感した。自由にゲームして平和に生きたかっただけなのに、今や魔王を殺せだの、魔物を討てだのと物騒なことを命じられるようになるとは思いもよらなかった。とんだ不幸な日である。

「初めて見たものに驚かない人はいませんよ」

 ユキトキはエレナを睨み付けるが、睨み返されて委縮してしまう。やっぱりこわいなと思っていると、ヨハネスの声がした。

「勇者殿、あなたに合うサイズの服がこれくらいしかありませんでした。よろしいですか?」

 ヨハネスが抱えるように持ってきたのは三姉妹と似たデザインの服だった。黒い軍服のような服である。聖騎士の服なのだろう。

「私が若い頃、聖騎士をしていた時のものなんだが、なにぶん娘たちは私の服はサイズが合わなかったもので、私はもう使わない。貰ってくれると助かります」

 ニヒルな笑みを浮かべて、軍服を渡してくる。ヨハネスをしっかりと見ていなかったユキトキは自分と身長が大差ない事に気がついた。三姉妹の中で1番背の高いリウィアでもヨハネスと10cm近くの開きがあるように見える。

「それなら、ありがたく」

 そう言ってユキトキは卒業証書でも受け取るように軍服を手にした。

「私たちは馬車の方に行っていた方が宜しいですか?」

 リウィアがヨハネスに問いかけると、ヨハネスはユリウス13世に視線を送る。ユリウス13世がこくりと頷くのを見てヨハネスは部下に命じるようにこう言った。

「勇者殿が向かわれるまで、馬車でルキウスと出立の用意を整えよ!!行け!!」

「御意!!!」

 ヨハネスの号令に三姉妹は額に右手の甲を当てて敬礼をする。指先まで真っすぐ伸ばし、手のひらをヨハネスに向けている。その動きの洗練された事。まさに軍人であった。

「親子ですよね?」

 三姉妹が走って去るのを見送ってユキトキは耐えきれず聞いた。ヨハネスは驚いた風もなく口角を少し上げて言う。

「あれらは私の娘だ。大事なね。そんな3人とも、自分の意思で聖騎士になったのです。覚悟ある者に本気で応えねば無礼というもの。たとえ親子でも公私混同はしませんよ」

「な、なるほど」

 ユキトキは立派な人だなと思ってヨハネスを見たが、ユリウス13世の声にビクついた。ユキトキは身体が一瞬こわばった。

「早く着替えておいで!!」

「は、はいいいいいい!!!!!」

 ユキトキは軍服を持って急いで着替えるために開いてる部屋を聞いて走り出す。それを見送るヨハネスは呟く。

「先の勇者らに敵いますかな」

「神のみぞ知るところだね」

 ユリウス13世はそう言って達観したように、諦めてしまったかのように言った。2人とも独り言のような会話であった。



(第5回へ続く)


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