第1章 最後の勇者
序章「7人目の勇者」
「別れは突然に襲いくる。それは決まって望まぬ形で訪れる。人はそれを不幸と呼ぶ。彼はまさしく不幸に襲われたのだ。」
ケルサス・サン『勇者一行回想録』より
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横断歩道で立ち止まる。ユキトキは大きな欠伸をした。今日は休日だからと昨夜から夜明けまでゲームをしていたのが祟ったのだろう。寝ぼけているのも仕方がないと言えた。
カッコー、カッコーと音が鳴る。信号が青になったのを、ボーと確認したユキトキは右足を前に出した。
突如、視界が暗転する。目の前が一瞬で暗くなった。曇り模様の空であったが、前が殆ど見えないほど暗くはなかった。
キョロキョロしていると、蝋燭の火が7本ある事に気が付いた。蝋燭の仄かな灯りは目に優しい。ただ不思議なことに窓らしきものがない。よく見ると石造りの部屋である。それがなんとも不思議でならなかった。蝋燭もなぜ数本しかないのだろう。それなりに広い部屋。ここは異様な雰囲気が漂っている。ユキトキは夢でも見ているような気分になった。
「お目覚めかな?」
しわがれた老爺の声が突然背中の方から聞こえてきた。急な事に眠気も覚めるというものだ。ビクッとして心臓が止まるのではないかと錯覚しそうな程に驚いたユキトキは声の主を見る。
若い男がいる。蝋燭の火にしては人の顔が思ったよりはっきりと見える。30代後半くらいの見た目。この男から発せられた声だとは想像が出来ない。ただポカンと口を少し開けているばかりのユキトキに再び老爺の声が聞こえた。
「おやおや……此度の勇者は背丈がでかいが、口は聞けないのかい?」
ユキトキの頭2つ分くらい下の方から声が聞こえて来る。ユキトキの背丈は180cmを超えている。老爺より30cmくらいでかい。そんなでかいユキトキを見て淡々と言葉を吐く老爺から悪意は感じられない。単に感想を述べたようなぶっきらぼうな言葉であった。
「え?あ、こっち!?」
「なんだ。喋れるじゃないか。安心したよ。で、お前さんの名は?」
「え、あっ」
「はっきりなさい!」
「は、はい!雪時でしゅ!!」
慌てて老爺のいる下に視線を向けた直後にユキトキは盛大に舌を噛んだ。痛い。すっごく痛い。べらぼうに痛い。思わず叫んだ。
「イッデェーーーーッ!!!!!」
口を大きく開けて噛んだ舌を歯から離す。何とも締まらない名乗りとなったが、今のユキトキにそんな事を気にする余裕はなかった。痛みを和らげるためか、足を交互に上げ下げし、必死に地面に踏みつける。
「うるさいよ」
みぞおちに指輪だらけの老爺の拳が吸い込まれるようにめり込む。痛い上に痛みを加えられては立っているのもきつい。一瞬、ユキトキの身体がくの字に曲がると、今はその場にしゃがみ込んで小刻みに震えている。
「お前さんの名はユキトキでいいんだな?」
「は……い……」
今にも消えそうな絞り出した微かな声でユキトキは返事する。老爺は2回ほど首を上下に軽く振り、納得したように笑みを浮かべた。
「うむ。では、しっかりと挨拶しよう。私はティベリア教の教皇ユリウス13世。後ろの男は枢機卿のヨハネス・カイルスだ。ようこそ、7人目の勇者ユキトキ。我々は其方を歓迎する」
「えぇ……なにそれ……」
ユキトキは困惑したと同時に目眩がして、その場に倒れ込んだ。今は見上げるユリウス13世とやらは、しわがれたただの老爺ではなかったんだ。それだけが朦朧とする意識の中で最後に浮かんだユキトキの感想であった。
(第1回へ続く)
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「西暦2019年3月3日、埼玉県某市に於いて高校2年生の男性Yさんが行方不明となり、目撃情報を集めています。」
(Yの失踪事件に関する資料より抜粋。)
「聖暦1912年3月3日、7人目の勇者召喚に成功。本日9日、大陸に大々的に布告。」
(イラストリアス・イヴニングポスト新聞社夕刊、聖暦1912年3月9日発行より抜粋。)
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