私のことが嫌いな好きな人

木曜日御前

ぐちゃぐちゃに溶けてしまえばいい

 

 私には好きな人がいた。

 真面目で、用心深く、性欲がない。

 私を好きにならない人。

 

「俺は、恋愛なんてしない」

 

 そう言われても、だからこそ安心して好きで入れた。何度も何度も相手に引かれるまで追いかけた。

 

「お前しつこいな、まったく」

「恋する乙女はしつこいんだよ」

「付き合わないぞ」

「求めてない、安心して」

 

 くるくる追い回した逃げ続ける彼の後ろ姿。

 ああ、このまま追い回し続けたら。

 いつか見た絵本のトラのように、ぐちゃぐちゃなバターのように溶けて、彼を好きなまま死んでいきたい。些細な願いだった。

 

 そんなある時、彼は友達の女性を紹介した。

 6月に結婚する花嫁さん、旦那様は地元の大地主さん。面倒見の良い姉御肌で、お嬢様らしく品のあるいい人だった。

 

 その時の私は、バイト帰りで、揚げ物の匂いが染み付き、化粧は汗で溶けてぐちゃりと崩れている。

 

「彼女、お前と会いたかったんだって」

 

 私は戸惑った。今まで見たことのない彼だ。柔らかな笑み、柔らかな口調は私を見てるが、私には向けられてない。

 彼は私以外の女性には、こうも優しいのかとなんとも言えない感動を味わう。普通ならば、苦手な私なんて会いたくないだろうに。

 真面目すぎるんだよ、本当。

 

 暫くして、あの彼女は結婚したらしい。

 彼のSNSに彼女の結婚式写真があった。

 披露宴の高砂で、彼女から少し離れた場所に立って映る彼は、どういう気持ちなのだろうか。私にはわからない。

 

 でも、目の前の公園で、彼と彼女が抱き合いキスしてる意味はわかる。

 

「恋愛なんてしない、って嘘じゃん」

 

 真面目なやつが、不倫するのか。

 責任感があるやつが、人通りのある公園で逢引するのか。

 性欲がないやつが、そんな顔でキスするのか。

 

 今、私の恋がぐちゃりと潰れた。恋から出てきた膿が目から溢れ、彼の姿をぐちゃぐちゃにしていく。


 ああ、彼を好きなまま、グチャグチャに溶けて、消えて、死にたかった。

 

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私のことが嫌いな好きな人 木曜日御前 @narehatedeath888

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