靴紐(KAC20233)
ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中
ぐちゃぐちゃ
ひとつ年下の弟の
隼人はガードレールに叩きつけられて、意識不明となった。相手の車は逃げ去ってしまい、未だにひき逃げ犯は見つかっていない。
隼人は弟だけど、私と血は繋がっていない。所謂連れ子同士の再婚で姉弟となった関係だ。
私が通う高校に入りたくて、絶対駄目だろうと言われていたのに頑張って頑張って、ようやく入学出来たのに。
動かない隼人を見ているのが辛くて悲しくて、私の心はぐちゃぐちゃに絡んでしまった。
そして、季節が春から夏に変わる頃。
私は夏休みに突入していて、仕事を休んでばかりはいられない義父と母に代わり、毎日隼人に声を掛けに通っていた。
隼人が起きていたら絶対に聞かれたくないことを、耳元で囁く毎日。
親になんて絶対聞かせられないけど、もし隼人がこれを聞いたら飛び起きてくれないかな。
私のぐちゃぐちゃになっちゃったこの気持ちを口に出したら、少しは真っ直ぐピンと伸びるかな。
実際に聞かれたら恥ずかしくて絶対顔なんて見られなくなるのに、そんな馬鹿なことを考える。
起きてる隼人に伝える日は来るのかな。考えるだけで苦しくなる胸の中で、悶々としていると。
「――ゆう、ちゃん」
花瓶の水を取り替えて戻ると、聞こえる筈のない声が私を呼んだ。
「――え?」
閉じていた隼人の目が私を見て、ぎこちなく弧を描く。
「ゆう、ちゃん、がいる。夢、じゃない……?」
途端、涙がドバッと溢れた。
「隼人……っ!」
急いで掛け寄り、隼人の手を握り締める。
うああ、おおお、なんて女子らしからぬ泣き声を上げながら隼人の細くなってしまった手に縋り付くと、隼人は「へへ……」と笑いながら、私を優しい目で見てひと言。
「ただいま」
と言った。
私が「おかえりなさいいいいっ!」と叫んだのは、言うまでもない。
◇
隼人は、リハビリを頑張った。この調子なら、新学期からは学校に通えるかもしれないと病院に言われ、私たち家族は喜んだ。
目を覚ましたと聞いた警察がひき逃げ犯を覚えてないか尋ねてきたけど、隼人は背後から跳ねられた為全く見ていなかったことが判明しただけだった。
「まあ、もういいんだ。寝ている間にいいことあったし」
「いいこと? なにそれ」
私が尋ねても、隼人は笑うだけで答えてはくれない。
「俺、頑張るね」
だから今年も一緒に花火をしようね。そう言って笑う隼人が健気過ぎて、私が夏休みの全てをこの子に注ぐことを決意したことは言うまでもない。
それまでずっと昏かった家の雰囲気は一変し、隼人が退院してきた時には、盆と正月だけじゃなくて誕生日もバレンタインもクリスマスですら一緒に来た様なお祭り騒ぎになって、「誰、こんなに沢山風船買ったの」と言った隼人の笑顔は、一生の宝物だ。
そしていよいよ新学期がやってきた。
歩行には問題がなくなった隼人だったけど、左手の指先に軽い麻痺が残ってしまった。リハビリを頑張ればよくなるらしいけど、今はまだ靴紐がうまく結べない。
私が支度を終えて玄関に向かうと、玄関に座っている隼人の靴紐は、ぐちゃぐちゃになっていた。
悔しそうに唇を噛んでいる姿を見て、私は何も言えなくなる。
その代わり、無言で隼人の前にしゃがむと、隼人の靴紐を綺麗に結び直した。
頭上から、悔しそうな隼人の声が降ってくる。
「……ゆうちゃん、俺」
「うん?」
何でもないよ、気にしてないよといった笑顔を作って見上げると、真剣な眼差しをした隼人が私を真っ直ぐに見ていた。
「俺、頑張るから」
「……うん」
「だから、これが自分で出来る様になったら、その時は」
「……うん?」
なんだろう? 私が隼人の言葉を待っていると。
隼人が、頬を赤くしながらはっきりと告げる。
「……俺、ゆうちゃんが俺に言ってくれた言葉、ちゃんと聞こえてたから。だから、ちゃんと俺からゆうちゃんにも伝えるから」
「え……?」
「言ってくれてたでしょ。毎日、毎日」
「え……ひえっ!?」
嘘。あれ、聞こえてたの?
まさかな、そう思ってはみても、隼人の頬が赤いことがなりよりの証拠に思える。――嘘、嘘、嘘うそ!
「……だから、覚悟しておいて」
照れくさそうに、なのに挑むような目で私を見る隼人。
「へ……は、はい……っ」
思わず敬語になると、隼人が耐えきれないといった様子で吹き出した。つられた様に、私も笑う。
ずっとぐちゃぐちゃだった私の心は、今もまだ先程まで絡まっていた靴紐の様にぐちゃぐちゃなままだ。
だけど、今はそれも悪くないかもしれない。
だからその時になったら、今度はちゃんと真っ直ぐ隼人が起きている時に伝えよう。
大好きだよ、と。
靴紐(KAC20233) ミドリ/緑虫@コミュ障騎士発売中 @M_I_D_O_R_I
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