どうしてか

瀬川

どうしてか




「それじゃあ」


 そう言って、彼は一度も振り返ることなく出て行った。俺はなにか声をかけようとして、でも結局言葉が出なかった。


 関係が終わるのが、こんなにもあっさりとしたものだなんて。付き合っていた時は、全く思いもしなかった。


 どうしてこんなことになったのか。

 一人、部屋で座りながら考える。

 ささいな積み重ねだった。ゆっくりと不満が溜まっていって、ある日爆発してしまった。

 そこからは、もう駄目だった。お互いに謝れないまま、どんどん話をすることもなくなった。

 一緒にいる空間が苦痛になって、それは向こうも同じだったみたいだ。帰ってくる時間も遅くなっていき、とうとう別れを告げられた。


 それを受け入れたのは、話し合うほどの元気がなかったせいだ。

 別れたくなかったけど、心が離れているのに気づいていて、何もしてこなかった負い目があった。話し合ったところで、もう無理だと諦めた。


 別れ話は、すぐにまとまった。

 同棲をしていたから、どちらが出ていくか決めるぐらいで終わった。


 何度も引き止めたかった。でも、その言葉が怖くて出てこなかった。

 そうこうしているうちに、彼はいなくなった。


「……片付けるか」


 一人分の荷物が無くなった部屋は、ピースの欠けたパズルみたいで違和感があった。

 今日からは俺だけなのだから、もう少し整理しなくては。そう考えて、ノロノロと動き出した時、体が何かに当たってしまった。


 バサッという音を立てて、床に散らばったのは写真だった。


「……最悪」


 まとめておいたのにぐちゃぐちゃになった写真に、俺はため息を吐いた。ゆっくりとしゃがみ、片付けるために拾い集めていく。


「これ、初めて旅行に行った時の」


 びしょ濡れになって笑っている姿に、すぐになんの写真か思い出す。突然の雨に降られて、傘もささずに遊び回った後、これを撮った。

 思い出に胸が痛んだのに気づかないふりをして、片付けを再開する。


「……誕生日の時のだ」


 次に手が止まったのは、付き合って初めて俺の誕生日を祝った時の写真でだ。


「この時、もらったんだっけ」


 そう言いながら、胸元に自然と手が伸びる。すぐに慣れ親しんだ感覚があり、つるりとネックレスに通された指輪を撫でる。


「……すっごく緊張していたよな」


 俺は思い出しそうになる記憶を振り払い、なんとか片付けようとした。

 でも、たくさんの思い出に包まれた写真を見ていくたびに、視界がぼやけていく。


 そしてある写真で、とうとう涙がこぼれた。


 この部屋に、住んだ初日に撮った写真。

 一緒に住む嬉しさ、幸せで満ちあふれていた。


 荷物を運び終え、二人になって約束していたのを思い出した。


『しわくちゃになっても、一緒にいような』


『うん。ずっと一緒にいよう』


 こんな大切な約束を、今までどうして忘れていたんだろう。

 二人でいることが当たり前すぎて、いつの間にか色々とやらなくなった。感謝を感じなくなっていた。


「……これで終わりなんて、嫌だ……」


 俺は涙を拭う。

 泣いている場合じゃない。


 まだやれることは残されている。

 グズグズと鼻を鳴らしながら、スマホを手にした。

 そして、最近はかけていなかった番号に触れる。


 電子音。緊張で、心臓がうるさかった。

 出てくれないかもと心配したが、何コールかの後、声が聞こえてくる。胸が苦しくなりながらも、俺はなんとか口を開いた。


「……言い残していたことがあるんだ」





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どうしてか 瀬川 @segawa08

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