【後編】 令和の牛若丸、とんでもアンドロイド弁慶と共に邁進する
『ピンポーン』
一週間後の今日、店の呼び鈴が爽やかに鳴った。今日はレストラン休業日なので店内を隅々まで掃除し、それからテーブルに向かい、新たなレシピを考案していたところだ。店の扉の鍵を開け外に出れば、運送トラックが店の前に停車し、配達員が俺に伝票を手渡してきた。
「お届け物です。伝票にサインをお願いします」
伝票の差出人を確認すれば、そこには
『一週間語に俺が開発したアンドロイド第一号が完成するからさ……』
誠彦の話を思い返す。そのアンドロイドがついに完成したのだろう。誠彦が開発したアンドロイド第一号、一体どんな姿をしているのだろうか。自ずと期待が膨らんだ。いつも機械いじりが好きで色々な物を自作していた誠彦──その光景が目に浮かぶ。小型ロボットは精巧で、有名社で発売されているプラモデルのように稼働したのだ。それを考えるととても楽しみである。
サインをして配達員に渡せば、もう一人の配達員がトラックの荷台の後方扉を開き、
「では、失礼します」
「どうもありがとうございました」
配達員が辞去の挨拶をすませて退室した。そして運ばれた黒い長方形のボックスと改めて対峙してみた。箱は俺の身長をゆうに越し、軽く二メートルはあるだろうか。そもそも俺は身長が低い。牛若丸ほど低い訳ではないが、身長は百五十七cmだ。とまれ、箱の梱包を解こうと、箱に触れたその時だ──
『プシュッ!』
空気が抜ける音と共に、
「おい童貞。俺と
開口一番、とんでもない質問を浴びせてきた。俺は
「犯りません」
するとアンドロイドの瞳孔がカッと開き、それから『ピー』という機械音がアンドロイドの中から聞こえ、
「承知した。では今から開始する」
「──は?」
今から開始するって、何を?嫌な予感どころか警鐘が鳴る。ていうか今俺、はっきり犯りませんって断ったよね?胸中で突っ込む中、アンドロイドは俺のパーソナルスペースを大型巨人のように踏み越え、片腕を掴んだ。
「ベッドはどこだ」
「いやいやいやいや!ちょっと待て!俺は断ったぞ!犯らないって!分かった!?」
『ピー』
するとまた機械音が発せられ、
「承知した。そういうプレイをご所望か。道具は必要か?」
なにも承知してなかった。アンドロイドの頭の中は犯ることでいっぱいだ。ていうかなんでこんなアンドロイドを作って寄越してきたんだよ誠彦の野郎!俺のサポートに役立つアンドロイドになってないし、どこが令和の牛若丸に匹敵する弁慶なんだよと、電話で文句を言いたかったが迫り来るアンドロイドで手一杯どころか、このままでは俺の大事な童貞がアンドロイドに奪われてしまう為、指示変更に必死になった。
「道具はいらないし犯らない!」
『ピー』
「承知した。初めてのキスはソフトなキスぅ♪カルピスウォーターソルティレモンの味ぃ♪フレッシュな、恋の香りを届けてみせるぜ、ホトトギス……字余り」
なに言ってんだよこの糞ポンコツアンドロイドは!?そして胸中で突っ込む側から俺の両肩をがしりと掴み、顔を近づけてきた。
「ちょ!待て!待ってくれ頼む!」
『ピー』
「承知した。濃厚なのをご所望か。ならば俺のとろけるキスでお前の中にいる第三帝国を復活させ、築かせてやろう」
「なにいってんだよ!?あああもう!この際ヒ○ラーでもなんでもいいから、誰か!誰か助けろしぃ!」
『ピンポーン』
半泣きで叫んだその時だ。玄関の呼び鈴が鳴り、幼馴染みの木島誠彦が現れた。とんでもアンドロイドを寄越した誠彦は、店のガラスから俺とアンドロイドの様子を見て察したのか、何かの端末を取りだしてスイッチを押した。するとアンドロイドからまたピーという機械音が発せられ、動きが完全停止した。俺はアンドロイドから離れて扉を開き、誠彦に言った。
「誠彦!俺は危うくアンドロイドに犯られるとこだったぞ!?」
「え、そうなの?俺はてっきり目にゴミでも入って、それを取ってるところかと思ってたけど……。とりあえず最後の調整しないで送ってしまったから、そのチップを入れにきたんだよ」
誠彦は涼やかな笑顔で返し、停止したアンドロイドの背後に回ると背中に付いた小さなボタンを押した。するとそこから小さな挿入口が開いたので、誠彦は持ってるチップを挿入する。そして誠彦はスマホを取り出して端末を操作していき俺に告げた。
「これで全部の調整が終わったよ」
「終わったはいいが誠彦、このアンドロイドの思考回路、なんかおかしいぞ。俺と目が合って五分で童貞だの、犯るか犯らないかの選択で訊いた挙げ句、犯らないって言ったのに迫ってきて、とんでもなく危険なんだが……」
「え、そんな風に設定してないけどなぁ。変だな……」
誠彦に今起きたあらましを話せば、誠彦は首を傾げ、首の
「今押したボタンがオンオフのボタンだけど、専用の端末でも起動したりスリープ状態にできるからさ」
誠彦が淡々と話す内にアンドロイドは再び目を開き、口にした。
「おはようございます。いかがなさいますか?」
「──!?」
先程と異なり、口調は穏やかで、紳士な笑みを浮かべていた。チップが入り、最後の調
整がされたからなのか。半信半疑の中、誠彦は質問した。
「弁慶、義経に迫ったの?」
核心にふれた質問をすれば、弁慶は首を横にふる。
「いいえ、その様なことは一切いたしておりません。私は義経様の目に入っていたゴミを取ろうとしただけです」
先程とあまりに違いすぎる態度と受け答え方に唖然とする中、誠彦は言った。
「誠彦、疲れててなにか別の言葉に聞こえてたんじゃない?」
「え、あ……ああ、そう……なのか……?」
いやどう思い返してみても、下品な言葉を浴びせられた記憶しかなかった。すると弁慶は口の端を引き、微笑んだ。
「お疲れでしたらお茶を淹れましょう。厨房をお借りしますね」
弁慶は丁寧に会釈するとキッチンへ向かった。一体さっきのはなんだったのかというぐらいな変貌ぶりに、俺は空いた口が塞がらない。
「それじゃ義経、アンドロイドの端末と説明書を渡しておくね」
「え、あ、おう。サンキュ。そうだ、誠彦もゆっくりしてけよ」
「ゆっくりしたいんだけど、医療用アンドロイドの納品が近付いてて、それも調整しないといけなくてさ、それが終わるの一週間後だから、その時にゆっくりお茶でも食事でもしよう」
「そっか。それじゃ一週間後に、またな」
そして誠彦は帰っていった。誠彦が最終調整をしてくれたお陰でアンドロイドも無事に機能しているらしい──
『ガチャン』
と、思いきや、何かが割れる音が厨房で派手に響き、慌てて厨房に向かえばアンドロイドが床に皿を叩きつけて割っていた。
「なにしてんだよ弁慶!?」
「皿を割ってますがなにか?」
またもや豹変していた。そこには穏やかな紳士の笑顔はなく、無表情でひたすら皿を割り続けていた。最早なにがしたいかが分からない。何の為にこんなことをするのか。
「弁慶、なんで皿を割ってるんだよ」
すると弁慶はピタリと皿を割るのを止め、俺に視線を寄越し口にした。
「この皿では面白くない、魂が感じられないからだ。人間や自然が息をするように、芸術も料理も息をし生きている。しかしこの皿はその息吹を止める。分かるか童貞?」
悪態リターンズ。また最初に戻るのだろうか。リモコンを操作し停止しようとしたが、弁慶は言った。
「この一皿にお前が命を懸けて料理を作って飾り、客に提供するのであれば、俺は最高のパフォーマンスをして店を盛り上げてやる」
「命を懸けて……?」
それを復唱し考えた。思えば本場イタリアレストランを離れてから刺激が足りない日々で、色々な面にそれが出ていた。それは生活だけでなく料理にもだ。 そして書き込まれていた口コミを思い出す。
『何処にでもあるような味』
『可もなく不可もなく』
確かに書き込まれていた通りだ。料理に情熱を注ぐのを忘れていた。
「決まったか?」
「ああ、この皿に命を懸ける。料理はアスコラーナだ!」
オリーブは平和、知恵、愛、多産、浄化、繁栄、力のシンボルに結び付く木だ。俺はイタリアの郷土料理、挽き肉とパルメザンをオリーブに詰めて揚げたアスコラーナを作り再起をはかった。そして弁慶は宣言した通り店を盛り上げる為のパフォーマンスをしているが──
「今日の一品は義経のナニより小さいアスコラーナです」
アンドロイドの顔立ちが良いせいか客足は上場だが、言う事は相変わらずぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃだ。
令和の牛若丸、アンドロイド弁慶と出会いまして 龍神雲 @fin7
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