令和の牛若丸、アンドロイド弁慶と出会いまして

龍神雲

【前編】 令和の牛若丸、修行して店を持つ

 俺が好きなことは、料理をすることだ。中でもパスタを作るのが好きで、学生の頃からパスタの聖地、本場イタリアに行くことを幼い頃より夢見ていた。イタリアのレストランで修行し、一流のシェフになってやる──と。そしてその夢を叶えるべく、高校の時の料理部兼、担任の先生に打ち明ければ、大学時代の友人繋がりで、本場のイタリアンレストランを経営しているオーナー兼シェフに話を付けてくれ、そこで修行し就職できるように手配してくれた。


義経よしつねは勉学もできるし、味覚も鋭いし料理センスも良い。義経ならどこでもやってける!俺は応援してるぞ!」


 担任の先生も背中を押してくれた。そして幼小中高と一緒だった、機械・ロボット工学を学び、独自にも学んでいた幼馴染みの木島誠彦きじままさひこも俺の夢を応援してくれた。


「お前ならきっと一流のシェフになれるよ!俺も高校卒業したら大学行って、アンドロイドやAIのことを沢山学んで、それで専門の企業に入って、いつか俺の手でアンドロイドを作り上げるんだ」


 誠彦も夢を語った。幼い頃から機械いじりが好きで、オーディオ機器、PC、小型ロボットを自作していた誠彦。きっと誠彦も夢を叶えるだろう。


「誠彦は昔から機械いじりが好きで作るのも得意だもんな。誠彦が自作したアンドロイドができたら、その時は見せろよ?」


「勿論さ!親友の義経に真っ先に見せるし、プレゼントするよ!役立つアンドロイドを作るから是非、貰ってほしい!義経がイタリアンシェフになって店を持つ頃までには、俺もアンドロイドを完成させるからさ」


「そうか、楽しみにしてる」


「おう!約束だ!俺もお前の店に食べにいくからな!」


 そして俺達は卒業し、別々の道を歩んだ。別々の道を歩んでも学生時代と変わらず、互いに連絡を取り合っていた。

 イタリアの生活は日本と異なり、毎日がとても刺激的で、先生の友人の紹介のオーナー兼シェフも感じの良い人だった。厳しくも自身の技術や良い食材の選定の仕方等、丁寧に教え、叩き込んでくれた。最初は掃除の仕方や皿洗いからだったが、ホールや料理の盛り付けも徐々に任されるようになった。充実していて楽しかった。だが楽しいだけではなく、辛いことも勿論あった。何度も壁にぶつかったが、その時に必ず誠彦から電話が掛かり、俺を励ましてくれた。それもあり、困難があっても乗り切れた。そして五年の月日が過ぎ、二十三になった頃、イタリアンレストランで全ての仕事ができるようになった。それからオーナー兼シェフに長年の夢を改めて話せば頷き、快く俺の背中を押してくれた。


「ヨシツネなら絶対にできる!ヨシツネは神々に祝福された木、オリーブをこよなく愛しているからね。そしてイタリアに良い風をもたらしてくれた。ヨシツネは令和におりた牛若丸だ!私はいつも感動していたよ!ヨシツネ、In bocca al lupo!イン ボッカ アル ルーポ


 シェフは満面の笑みで俺に言った。In bocca al lupo!イン ボッカ アル ルーポ、シェフが口にしたこの言葉は『オオカミの口の中へ』というイタリアのことわざで、この言葉の意味は、幸運を祈り、新たな舞台に挑もうとする相手に贈る激励の言葉だ。この言葉を俺に掛けてくれたシェフに感動し、嬉しくて鼻の奥がつんとした。だが涙は堪えた。俺の挑戦はこれからだ。そして俺はその言葉に相応しい言葉で返した。


「ありがとうございます、シェフ!五年間、お世話になりました。日本に帰国してもシェフのことも、シェフの教えも絶対に忘れません。日本でも牛若丸のような身軽さでイタリア料理の素晴らしさ、美味しさを届けます!Crepi lupo!クレピ ルーポ


 ちなみにCrepi lupo!クレピ ルーポは『くたばれ、おおかみ!』でIn bocca al lupo!イン ボッカ アル ルーポに返す言葉に相応しく、任せとけの意味が含まれている。それからシェフと熱い握手とハグを交わし、次の日、俺は日本に帰国した。   


 帰国してからは暫く怒涛の日々になった。様々な手続きがあって大変だったが、何とか全て終えることができた。日本の暮らしは五年前と異なり大分変わっていたが、それも数週間で慣れた。そして中古ながらも良い厨房とレトロな雰囲気漂う、一階が元喫茶店、二階は住み込みができる部屋付きの値段が安い良店舗を見付け、そこに決めた。取引先も地元の無農薬野菜を取り扱う農家を自分の目と舌で確認してから契約し、安くて美味しく、気軽に味わえ、誰もがリフレッシュできる憩いの空間、イタリアンレストラン『In bocca al lupoイン ボッカ アル ルーポ』という店名でオープンした。


 出だしは好調だった。しかし最初だけだった。最初は物珍しさで人が訪れるも、日が経つごとに減り、閑散とし──二ヶ月たった今では誰一人として訪れなくなった。経営の仕方が悪いのか、味が悪いのか、接客態度が駄目なのか、それとも──何なのか、全く分からなかった。日々それを考え、何度考えても分からず、ついにネットで自身の店の口コミの検索をかけた。そして数件の書き込みがあったのでそれをクリックして開き、読んでみた。


 『どこにでもある店の味。チェーン店の安いイタリアンレストランのほうがマシ』


『どの料理も出る時間は速かった。けど盛り付けが今一かなぁ。味は可もなく不可もなく……』


『箸でもフォークでも食べれるのは気軽に楽しめて良かった。でもそれだけでした』


 という書き込みが続いていた。中にはまた行ってみたいや、美味しかった等の書き込みもちらほらあったが、今のこの状況を見る限り、そのリピーターが二度とこないのは明らかだ。


「俺には無理だったんだろうか……」

 

完全に見切り発車だったかもしれない。一旦パソコンを閉じ、机に突っ伏して溜め息を吐く中、スマホが鳴った。画面を見れば幼馴染みの誠彦まさひこからだった。俺は画面をスワイプし、電話にでた。


義経よしつね久しぶり!元気してるか?最近あんま連絡できんくて悪い!徹夜続きで飯も食う暇なくてさ』


「そっか、それは大変だな。俺はボチボチ……かな」


 誠彦のテンションのようには返せなかった。すると誠彦はすぐに俺の異変に気付き訊いてきた。


『義経、元気ないね。なんかあった?』


「やっぱ分かるか……。誠彦は昔から直ぐに気付くよな」

 

俺が空笑いで返せば、誠彦は断言した。


『何十年の付き合いだと思ってんだよ。んなもんすぐに分かるに決まってんだろう。それで、今回はどうしたんだよ?』


 誠彦が話してみろよと促してきた。誠彦は昔から兄貴分で優しい。その為つい何でも話してしまい、自ずと打ち明けていた。


「実はさ、経営難つーか、オープンして二ヶ月経ったんだけど、リピーターがつかないどころか、閑古鳥でさ……」


『うん』


 誠彦は俺の話に水を差さず、黙って頷いた。


「最近ずっとそのことで悩んでて、何が駄目なんだろうなって。経営の仕方が悪いのか、それとも味なのか、接客態度が悪かったのか。それをずっと考えてたんだけど、全然分からなくて。それで店の評判がどうなのかが知りたくて、ネットで自分の店の口コミを見てみたらさ、誹謗中傷はなかったんだけど、どこにでもあるような味とか、可もなく不可もなく的な書き込みが大半で、他はリピートする程でもないただの感想で……って、すまん。ただの愚痴になってるよな」


『気にするなよ。つーか俺は美味しいと思ったけどなぁ。しかし商売って難しいんだな』


「ああ。すぐに軌道にのらないのは分かってたが、始めて二ヶ月で閑古鳥が鳴くのはな……流石に、きついかな……」


 一人暮らし、彼女がいた経験もなく、料理一筋で生き、いざ、夢を実現させるも軌道にのらない。先行きが不安で落ち込み、つい愚痴ってしまった。弱音を吐き、自己嫌悪真っ

只中──。そんな中、誠彦は何かを閃いたのか、俺に言った。


『ふむ──……あ、そうだ!一週間語に俺が開発したアンドロイド第一号が完成するからさ、それで義経のサポートをさせるのはどうかな。義経が嫌じゃなければの話だけど……ほら、高校卒業前に言ってた話、覚えてる?』


そう訊かれ、 高校卒業後の進路について語った時の話が甦り、思い出す。


──役立つアンドロイドを作るから是非、貰ってほしい!


「勿論、覚えてるよ。役立つアンドロイドが完成したらプレゼントするって話だろ?しかし、本当にタダで貰っていいのか?」


『当たり前だろ!俺達の仲じゃん……って、流石にキモいか』


 電話越しで笑う誠彦は学生時代と変わらず明るく元気だ。思えば誠彦との付き合いは、今も昔も変わることなく楽しかった。機械いじりが好き過ぎるところがあるが、茶目っ気があり、いつも和ましてくれた。


「そうだな、俺達の仲だしな。完成するの楽しみに待ってるよ」


『おう!待っとけ!義経のサポートに役立つアンドロイドになると思うからさ。義経──い

いや、令和の牛若丸に匹敵する、弁慶になると思うよ!』


「ハハッ、なんだそれ」


 誠彦の話が面白く、思わず吹き出せば「やっと笑ったな」と安堵した様子で言った。どうやら心配させていたようだ。


「ありがとな、誠彦。ほんと感謝してる」


『おい、俺等マブ同士なんだから水くさいぞ。んじゃまたな!一週間後、義経の家兼レストランにアンドロイドを贈るから。それじゃおやすみ』


 そして誠彦との通話を終えた後、もう一度経営方法やレシピ等、改善できる箇所があるかを自分なりに考え、ピックアップし、書き出してみることにした。誠彦から元気をもらったせいか俄然がぜん、やる気や気力がわいてきた。鬱々と落ち込んでいる暇はない、行動あるのみだ。俺は『In bocca al lupoイン ボッカ アル ルーポ』の名に相応しいレストランにしたいのだ。気合いを入れ、店の改善案をひたすら書き出し、次の日、ホールのテーブルや椅子の配置を変え、インテリアを少し変え、SNSも利用し宣伝もした。しかしそれでも客足が伸びることはなく、一日が過ぎた。


「やっぱ駄目か……」


 それから一週間後、誠彦が言っていたアンドロイドが届くが、それは余りに奇想天外なアンドロイドで、俺は転機を迎えた──

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