第5話 今日から俺の名は〇〇です


 村の中を歩き回り、話しを聞き回った結果、結構な情報を得ることができた。

 というか、この村はとても小さく狭い村だと思っていたのだが、存外そうではなかったようだ。


 小さな雑貨屋や小さな食料品店、金物屋なんかのお店が結構あり、そのおかげで有益な情報を得られることができた。

 あれだ。

 この世界には魔物なんかも普通にいるってことも知れたし、最近この村と街を繋ぐ街道で盗賊が現れとか、そんな感じの情報が得られた。


 盗賊とかマジでいるのかよ。と思って気分だだ下がりだが、一応冒険者や街の兵士が見回っているおかげでそこまで被害は出ていないようだ。

 ついでに言うと、大規模な盗賊掃討作戦みたいなのが起こりそうだったり、起こらなそうだったりだと、かなりあやふやな情報も手に入れた。

 いったいどっちなんだよと思うが、所詮そこら辺の情報は村人の噂話程度なので仕方が無いだろう。


「ここから北西に大きな街か・・・」


 それにこの村から、どっちの方角に行けば大きな街に着くのかもわかった。

 どうやらこの村から北西へ向かって道なりに進めば、大きな街があるそうだ。

 そしてその大きな街があるから、この村では小さいながらもそれなりに店が建ち並んでおり、品物を金銭でやり取りすることが可能であるようだ。


 物々交換とかの世界でなくてよかったと思ったが、どうやら大きな街か、その周辺の村でないと、金銭でのやり取りはあまりせず、物々交換の方が主流とのこと。

 ここよりもっと小さな村や、遠く離れた辺境なんかだと、今でも物々交換が普通なのだと八百屋のおじさんに教えてもらったよ。


「暮らすならいつ盗賊に襲われるかもわからない村よりも、大きな街や王都とかの方がいいよな。軟水・・・シャク、モグモグモグモグ・・・・・すっぺぇ」


 情報収集がてら購入した林檎っぽい果物を食べながら一休みし、今後どう動くか考える。

 ああ、ちゃんと能力の飲料水生成を使って洗ってから食べているよ。

 流石にそのままだと汚いからね。

 いくら無農薬でも。


 ちなみに能力の使い方はすぐにマスターすることができた。

 意識的に何が欲しいのか願えば勝手に出てくる感じだ。

 まだ飲料水生成しか試していないが、恐らく他の能力も使えこなせるだろう。

 なんかとっても簡単だったし・・・こんな簡単に使えるのは女神様? が何かしてくれたのかな?


「はぁ~、行商人がいてくれりゃあ、便乗して街まで乗っけていってもらえたかもしれないのに。運が悪いよ」


 勿論行商人に関しての情報も探った。

 そして探った結果、行商人は先日来たばかりで、次来るのは早くとも半月以上先とのこと。


 安全を買えるならこの村に半月くらいこの村にいてもいい。

 有難いことにそれくらいのお金は女神様? から貰えているのだから。


 けれど、このお金を無駄に浪費したくない。

 先程の宿泊費や食事で、銀貨と言うのはかなり価値が高い事がわかったが、それでも稼ぐ手段がない現状では消費されていくだけなのがとても不安で仕方が無いのだ。

 一時的にでもいいので、どうにかこの村で稼ぐ手段を手に入れなければ・・・。


「砂糖や塩を売ってみるか?」


 俺は手に砂糖が出てくるように念じた。

 勿論魔力が1のみ消化され、砂糖が100g出てくるのだが、それは最大値であり、1g~100gの間であれば好きに分量を選べるようだ。

 なので試しに10gだけ出てくるように念じてみると、モサモサモサと掌に収まるだけの砂糖が生み出されてくれた。


 飲料水生成を使用した時もこんな感じで手から出てきたのだが・・・よくよく考えると無から有を生み出しているってことになり、何気に凄いと思う。

 そして本来100g生成されても可笑しくなかった残り90gの砂糖は何処に行ったのかと、謎は深まるばかりだ。

 まぁ、女神様?が下さった能力なので深くは考えないでおこう。


「これを売るのが一番手っ取り早いし、楽っちゃ楽なんだけど。砂糖や塩と言った香辛料関係は貴族や大きな商会が牛耳っている可能性があるんだよなぁ。そしてその領分を犯したら・・・うへぇ、怖い」


 得た情報から貴族と言う存在がいるのもわかっている。

 この異世界はファンタジー世界でありふれた貴族階級が存在し、ありふれた中世的な感じの世界だ。

 貴族と言う血脈だけを誇りにしている能無しバカ共が蔓延っている可能性が高い。


 故に安易に香辛料を売ることはできない。

 ここは街ではなく村なのだから大丈夫じゃないか? と思ってしまうが、物々交換ではなく、金銭でのやり取りができている村である時点で警戒するに越したことはない。

 ホント中世とかマジでこえぇぇ。日本に帰りたい。


「あとは粉生成か。この力を使って3日に一度屋台でも開けば、それなりに利益は出るはずだが・・・それも少し危険かもしれないんだよなぁ」


 粉生成の能力には小麦粉の他にもお好み焼きやホットケーキの素などが生成できる。

 宿屋で食べた料理や、店で食べた食材からしても、生み出させる何かしらの粉を水で溶いて焼くだけで、相当売れるだろう。

 それだけこの世界の料理は酷いと俺は思っている。

 だから売れる。絶対売れる。間違いなく売れる。

 けれど売れ過ぎた場合、降りかかる火の粉を振り払うだけの力は俺には無い。


 先程も言ったように貴族や大商会に目を付けられたらそこまでなのだ。

 小説に出てくる物分かりが良くて、敬語も碌にできない頭の悪い言動や行動をしても、笑って許してくれる寛大なお貴族様や大商人ならば良いが、流石にそんなお釈迦様みたいな方々に出会えると思って動くのは流石に無しだろ。


 身分制度が絶対! 力が絶対! 金と権力マジ最高!・・・か、どうかは知らないが、国から認められた貴族や、貴族に利益を与えられる(甘い蜜を与えられる)大商人が、まともであるかどうかはとてつもなく微妙だ。


 法的に人権が保護されている現代ではなく、中世レベルで法など金とコネでなんとでもなる異世界の可能性が大きい・・・・・やばね。ホントこんな世界観になど来たくなかったよ。

 せめて日本の昭和辺りの時代に生まれたかった。

 それくらいなら、まぁ、何とか、頑張れたと思う・・・スマホがランドセル並みにデカそうだけど、ここよりマシだろう。


「・・・やばいやばい、またネガティブになってる。ダメだダメだ。何事も前向きに考えないとな」


 どうにもこの異世界に来てから思考がマイナスに偏り過ぎている感じがする

 元々発展していない異世界など来たくなかったという感情はあれども、来てしまったのだから仕方が無い。

 いい大人なんだ。

 切り替えねば。


「悪目立ちせずに、今あるモノで、売れるモノで、手間のかからない商品。もしくはこの世界で普通に得られる物で、売れる物で、最悪その日の宿代を稼げる程度の物。あとは危険が少ない感じの物・・・・・・・う~む」


 自分で言っていて、そんな都合の良いモノがあるのだろうかと思う。

 流石にこんな異世界で俺のも求める品が、安易に作れるとは思えない。

 今日の飯にありつくために、明日を生きるために汗水たらして、娯楽など無い世界で生きている人々がいる世界。

 それがちょこっと頑張った程度でどうにかなるような物などあるとは思えないのだよ。

 それも目立たずにと言う条件が付いてしまうと、それはもはや不可能に思えてならない。


「・・・・どうしよう。何も浮かばない・・・・はぐっ、サクサクサクサクッ」


 無駄に頭を使って疲れたからと言う訳ではなく、せっかく作った砂糖をいつまでも掌に載せて置いても仕方が無い為、食べただけだ。

 うん、さっきの甘酸っぱい・・・・いや、甘酸っっっっっっっぱい果物の味が消えていく。


「サクサクサクサクッ、ごくん。うん、うまい。ふふ、砂糖だけとはいえ、甘いは正義だね。どれもう一口」


「にいちゃん! なにくってんだ? うまいもんか?


「や、やめようよう。いっくん」


「ん?」


 不意にズボンを引っ張られ視線を下に向けてみれば、活発そうな猫耳男の子とおどおどしている犬耳女の子がいた。

 年齢的に幼稚園に入りたてくらいだろうか?

 と言うか獣人だ。

 とっても幼くて可愛い獣人の子供だ。

 ちょっと感動。


「なぁ~、なぁ~、にいちゃん、なにくってんだよ。すげぇうまそうにくってたけど、なにくってんだよぉ~!」


「いっくん、メッだよぉ。いっくん。しらないひとにこえかけちゃメッだって、おばさんいってたよぉ」


「ならしらないひとじゃなくなればいいんだろ! おれはイルディア! イルってよんでいいぞ! よろしくな、にいちゃん! そんでにいちゃんは、なんてんだ?」


「え、ああ、よろしく、俺は坂下・・・・・・いや、サムだ。よろしく」


「さむ?」


「そう、サムだ」


「おぉ! サム! よろしくなサムにいちゃん! いえぇ~い!」


「ああよろしくイル君。いえぇ~い」


 なぜかハイタッチすることになった。

 本当に見た目通り元気っ子って感じの男の子だ。

 そしてなぜ俺は本名ではなく偽名を使ったのか、その理由は至って単純である。


 ぶっちゃけこの世界観で和風の名前が合っていないと思ったからだ。

 それにどうせ苗字があると、貴族だなんだの下りがありそうだったので、スキップさせてもらった。

 幸い自分は己の名前に執着していないし、そもそもこの異世界に来てから名無しになっていたから、新しい自分の第一歩と言う感じで名前を変えてみた。


 と言う訳で今日から俺はサムだ! みんなよろしくな!


 ああ、あとなぜサムなのかと問われると、欧米人の人はどんな名前が主流なのかと考えた時に、サムとマイクとボブ(英語の教科書参照)の三つしか瞬時に出てこず、自分が呼ばれるなら三つの内のどれがいいかと考えた結果、サムが選ばれただけだ。


「そんでなサムにいちゃん! こっちがヨリだ! よろしくな!」


「え、あ、う」


「ああ、よろしく・・・よろしくね。ヨリちゃん。いえぇ~い」


「・・・はい。よろしくです。いえぇ~い」


「いえぇ~い!!」


 イルに手を掴まれ無理やりハイタッチをさせられるヨリ。

 まだ警戒しているのかぺにょりと犬耳と尻尾を垂らしている。

 ヨリからすると、少し、いや、かなり気まずい感じだと思うのだが、まぁそこは元気っ子のイルに付き合っているのだから、諦めてもらう他あるまい。

 どう考えてもイルの性格上、いや、自由奔放な猫っぽい感じだから、空気を読んだりしなさそうだし。


「そんでサムにいちゃん! さっきなにくってたんだ? すげぇうまそうにくってたのなんだ?」


「あ~、あれね。あれは・・・・これだよ」


「おぉ~!・・・おぉ?」


「これっておしお?」


「そうそうお塩だよ」


 子供相手とはいえ、流石にここで無警戒に砂糖を出すほどバカではない。

 先程調味料の取り扱いについて、危険な可能性があると判断したばかりなのに、安易に自分が砂糖を持っているなど言えるわけもない。


 しかも相手は子供だ。

 口止め料に砂糖を食べさせたところで、内緒にできる訳もない。

 俺は小さな子供が約束を守れるとは思っていないからだ。

 だってよく親戚の子供が言ってはならないことを、ポロッと話してしまう光景を何度も見せられているからね。

 パパがいないとね〇〇のお兄ちゃんがよく遊びに来るの! ママともよくプロレスゴッコ(大人の)してるんだよ! なんて話を聞かされた時はコーヒー吹き出したからな。


「な~んだ。ただのしおかよ。いっらねぇ~」


「けどけど、このおしおとってもきれいだよ。まっしろなの。とってもまっしろできれいなの」


 イルの猫尻尾が残念だと下がる代わりに、ヨリの犬尻尾がピンと立つ。

 獣人の子供って随分とわかりやすいなぁ。

 大人の獣人もこうなのだろうか?


「おや、この塩はそんなに真っ白なのかい?」


「うん! そう! うちのおしおはね。なんかすこし・・・ちゃいろなの」


「褐色を帯びていると言うことかな?・・・・・・ということは、真っ白な塩を作れるだけの技術がないということか? いや、中世時代の技術力であるならば多分それはないだろう。現代並みの白い塩は作れなくとも、それなりに綺麗な塩くらいは作れるはずだ。恐らく上物と言われる塩は全部貴族や上流階級の奴等が買い占めて、民には質が悪くなった塩を流して――――」


「サムにいちゃんどうしたんだ?」


「え?・・ああ、なんでもないよ」


 香辛料のあれこれが気になってしまいちょっと考察してしまった。

 根拠も何もないのにね。

 というかこの世界の塩や砂糖に関する法律がマジでどうなっているのか気になるな。

 昔は塩を作るのにも許可が必要だって聞いたことがある。

 許可なく作っても、隠れて買っても処罰の対象だったらしいし。


「サムにいちゃん?」


「あ、はい、はい、どうした?」


「いや、またボ~っとしてたからさ」


「あぁごめん。色々考えることがあってさ」


 いけない癖だな。

 ちょっと気になることがあると考えに浸ってしまうのは・・・・・治すようにしようっと。


「いろいろってなんだ?」


「いやぁ、今後どうやって暮らしていこうかなぁって思っていてね」


「??」


「いっくん。たぶんこのひと、おしごとないひとだよ」


「おぉ! サムにいちゃんむしょくのひとなのか!」


「ぐふっ!・・・そう・・・だね・・・」


 純粋な瞳で問いかけてくる。

 悪気はないのはわかっているが、物凄く心に来るなぁ。


「ならサムにいちゃんは、しごとさがしてるってことか?」


「まぁ・・・そういう事かな」


「よし! そんならしごとしょうかいしてやるよ!」


「いっくん。このひとつれてくの?」


「おうよ!」


「ええと・・どういう事かな?」


「いいからついてこい! だ! いくぞヨリ!」


「わわ、ひっぱらないでよぉ~」


「サムにいちゃんもはやく~!」


 人の話など聞かず、イルは駆け出した。

 仕事を紹介すると言っていたがいったい何の仕事を紹介してくれるのやらと思いながら、イル達の後を追いかけた。



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