#3 正当防衛なら仕方ない


 ぐしゃりと音を立てて、顔面を砕かれた男が地面に突っ伏す。

 その音を聞いて我に返った残り二人の山賊は、やっと事態を把握したらしい。少女を突き飛ばして自分の得物を抜いた。ナイフと槍。


「させるか」


 脇を締めてメイスをコンパクトに掲げ、槍を構えたその腕を狙って振り下ろす。的が小さいので当たらなかったが、槍は柄の中心から真っ二つにへし折れた。

 それでも脅威なのは変わらない。

 山賊たちはいまや完全に戦闘態勢に入ったようで、俺から素早く距離をとった。

 ナイフ持ちがポケットに手を突っ込み、中のものを俺に投げつける――砂の塊だ!

 咄嗟に片手で顔を庇ったが、それが狙いだったらしい。視界から外れた隙に素早く回り込んだ槍持ちがメイスを蹴り落とし、あっという間に羽交い絞めにされた。振りほどけない。

 もう一人の山賊がナイフを構えて突進してくる。そして胸に鈍い衝撃。

 少し離れたところで少女が息を呑んだ。


 グリグリと俺の胸の中に埋めたナイフを動かしながら、山賊は下卑た笑顔を向ける。効くだろぉ、と言いたげなのがわかった。

 けどその様子もすぐに立ち消えた。あまりにも俺が平然としていたからだ。

 驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべた山賊が、今度は滅茶苦茶にナイフを突き立ててくる。しかしその一つ一つに体重はかかっておらず、胸の深くまで刺さることはなかった。普通なら痛みで悲鳴を上げるんだろうけど。


「おいどうなってんだよ!」


 自分で自分の体を削る苦痛に比べれば、まったく大した痛みではなかった。

 そして感覚的にわかっているが、では簡単に死ねない。


 めった刺しにされても悲鳴を上げない俺に、逆に山賊が悲鳴を上げる。

 うまくいっていないことを察したもう一人が俺の拘束を緩める、その隙に俺は両足を宙に蹴り上げ、ナイフ持ちを蹴り飛ばした。

 恐怖に呑まれて抵抗を失念していたそいつは5メートルほど吹っ飛んだ。


 急に俺の体重がかかって、羽交い絞めにしていた槍持ちがバランスを崩す。着地した俺はそのまま踏ん張り、背中と腰の動きでそいつも投げ飛ばした。

 すぐそばにメイスが落ちている、急いで拾うと、上体を起こしかけたそいつの顎目掛けて振り上げる!

 何か――おそらくそいつの下顎が砕ける感触が伝わった次の瞬間、血で滑ったメイスは手からすっぽ抜けて木立の彼方へ飛んでいった。やっべ……。


 急いでナイフ持ちの方を見る。

 吹っ飛んだ拍子にナイフを手放したようだが、もっと役立つものを手に取っていた。俺に刺さっていたあの忌々しい剣だ!

 視界の端に少女が頭を抱えて蹲っているのが映る。腰を抜かしているらしい。

 俺と持ちの間、三歩ほどのところにそいつ落としたナイフがある。リーチの差を覆せるとは思えないが、あれに頼るしかない。

 折れた槍ならまだマシだろうが、どこに行ったかわからなかった。


 山賊が剣を振りかぶりながらこちらへ向かってくるのを見て、俺も覚悟を決めた。

 一か八か、即死しないように左腕で頭を庇いながらナイフに飛びつく、間に合っ――わなかった!。

 俺が身を起こしたのと、その一歩手前から飛んできた刀身が左腕ごと頭を吹き飛ばそうと振るわれるのは同時だった。


 ここにきて、死の恐怖はない。

 ただ次に目覚めるまで少女は無事でいられるだろうか――それが心配だった。


 しかし。

 

 庇う左腕に命中した剣は、まるでゴム製の模造品イミテーションのようにぐにゃりと曲がると、ついに俺を傷つけることはなかった。


 脳裏によぎるのは少女の言葉。


『あなたを苛む』『この剣が』『もう誰も傷つけませんよう』 



 山賊も、俺も、呆然と剣を見ていた。

 少女だけが頭を抱えて震えていた。


 曲がったそれは俺から離れると元のまっすぐな形に戻った。

 山賊はもう一度剣を俺に叩きつける。だが、やはり俺に当たればぐにゃりと曲がる。俺はというと、まったく痛みを感じない。


 剣を取り落としてへろへろと崩れ落ちる。

 だが、俺の右手にナイフが握られているのを思い出すと途端に怯えた様子であとずさりを始めた。

 こいつは一番よくわかっている。俺が多少刺されたくらいじゃ死なないことを。


 ……逃がして、あとで報復に来られても困る。トドメは刺すべきだ。

 しかし。

 さっきまでは興奮して気付かなかったが、よくよく考えると俺は人間二人を殺しているわけで。

 あちらはかろうじて正当防衛が成り立つかもしれない、だが、こうして丸腰の相手を殺すのは、さっき少女を呼んだ時のように――なんとなく嫌だった。

 殺した方が後の面倒がないのはわかるが、気が乗らない。


 考えがまとまらないままとりあえず山賊に歩み寄る。

 賊はというと、土下座するでもなく、逆上するでもなく。反発する磁石のように這いずりながら俺から離れていくだけだ。

 

「や、やめてくださいぃ!」


 突然、後ろから声が上がる。あの少女だ。

 引き際を見失っていた俺にとっては救いだった。縮み上がっている山賊にナイフを突きつけ、「どっかいけ」のジェスチャーを送る。

 はじかれたように立ち上がって、振り返らずにそいつは逃げた。



「やっちまった……」


 山賊が消えた先の暗闇を見つめながら、耐え切れず俺は呟く。

 無我夢中。正当防衛。だけど、二人の人間を殺してしまった。罪悪感はもちろんあるが、一線を越えてしまった事実の方が自分を動揺させていた

 ほかに手段がなかったとはいえ、この手で人を殺すなんて考えもしなかった。

 鎚で頭蓋を砕く感触がよみがえってきて、思わず俺は右手をきつく握りしめる。

 殺すのは、死ぬのとは別の不快感があった。


 そんな俺の背後から、またあの金色の光が差した。

 見れば、あの少女が顔面を砕かれた山賊(俺を殺した奴)を膝に乗せ、その左手から放たれる光で照らしながら何事かを呟いていた。

 

「なにを……」

「ま、まだ生きていますのでぇ……」


 その返答に俺が安堵したのは言うまでもない。

 よかった、まだ人殺しじゃなかった。


「『あなたの行いが』『もう誰も』『傷つけませんように』」

 彼女はあの厳粛な口調となって、言葉を紡ぐ。


「……約束してくれますね?」

 語りかける少女に、男は――本当に微かだが、頷いた。

 すると金色の光が触れ、男の砕けた顔面と眼球が元の形に戻った。

 彼女は同じことを別の山賊にも行った。すると、そいつの怪我も治った。


 起き上がるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、俺たちがその場を去るまで、結局そいつらは眠ったままだった。



「さっきは危険なことに巻き込んですまなかった」

 その場が落ち着いてすぐ俺は彼女に謝罪した。

「剣を抜いてほしかったばかりに、君が危険だと知ってて呼んだんだ。本当に自己中心的だった。申し訳ない」


「そ、そんな!頭をあげてくださいぃ……!」

 頭を下げる俺を、少女はおどおどした口調で制した。

「もともと私がどんくさいせいで追われてて……あなたが助けて下さらなかったら、わたしぃ……」


 お互いにぺこぺこ頭を下げ合うので、その場が収まるまで五分くらいかかった。

 目覚めてから異常事態がようやく終わって脱力した拍子に、もともとの気が弱い部分が出てしまったのかもしれない。

 もちろん頭では、あのまま彼女が逃げ続けていても追いつかれていて、結果的に俺が呼び寄せることで結果的に何とかなったとはわかっていた。

 だけど、彼女に怖いをさせたのも事実。謝らずにはいられなかった。


 ひと段落のち、その場を離れることにした。

 俺は荷物らしい荷物もなかったし、少女も軽装だったので、(彼女にバレないように)山賊たちからちょいと路銀を拝借しつつその場を後にした。

 しばらく歩くうち、俺たちは互いの名前を知らないことに気付いた。


「えっと、私はフィオセレーネ・トーランサラーサと申します」

 わお、なんだか長くてすごい名前だ。

「友人は”フィオ”と呼ぶので、あなたもそのように呼んでくだされば……」

 ああ、他の人もそう思ってたのね。


「じゃあそう呼ばせてもらうよ。よろしく、フィオ」

「は、はいぃ!」

「じゃあ俺の番か。……うーん」


 そう、名前。困ったな。

 バカバカしくて言い出せずにいる俺を、フィオは屈託のない表情で小首をかしげながら見つめてくる。

 ……まあ、この子なら正直に言ってもバカにしないよな、うん。



「実はその……俺、自分の名前がわからなくてさ」

 


『あいつバカだー!(嘲笑)』

『妖精でも自分の名前くらい覚えてるもんねー!』

『ボクがミネラでキミがナツラでこいつがウォタでしょ、あれ? ボクはコブラでキミはクリボーでこいつはなんだったっけ?』

『バーカ、ボクはドドルゲフ・ド・ドドルザンヌってこないだ決めたじゃんか!』

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