第9話 それ、言いたかっただけだろ

 ゴールデンウィーク。五月の頭にある、三つの四つの祝日と土日が連なることでできる大型連休だ。

 俺的には、一日くらい6月に分けてやってあげてほしいと思う。6月はただでさえ雨が多くてジメジメしてるから気分が下がりやすいのに、祝日が一日もないとかダルすぎるんだよな。五月病より六月病の方がヤバいんじゃないかとすら思う。


 ……先のことを考えても仕方ないか。それより今はゴールデンウィークだ。

 例年は、家での引きこもり生活で連休を消費していたが、今年はそれをやめる。なんたって、俺は真のリア充を目指しているからな。それに、家にずっといると生活習慣がダダ崩れしてマジでシャレにならないし。


 今年の俺のゴールデンウィークには、いくつか予定が入った。

 今日、ゴールデンウィーク初日はその内の一日――グループの奴らと遊びに行く日だ。たまたま、全員の予定が空いていたのが初日のみだったのである。

 

 そんな日の朝、俺はクローゼットの前で立ち尽くしていた。


「服って、どうゆうの着ればいいんだ……?」


 中学の頃は、陰キャ特有のジャージスタイルで全て済ませていたが、流石にそれがマズいことくらいは分かる。

 幸い、家には他に着れそうな服はいくつかある。

 とはいえ、自分にファッションに関する知識は無いし、どれを着ればいいのか全く分からん。


「ふふふ、お悩みのようだね。高校デビュー君」

「うわっ!」


 突然俺の背後から聞こえた声。振り返ると、その正体は――


「なんだ、姉さんか。ノックくらいしてくれよ」


 藍沢香音あいざわかのん。俺の実の姉である。


「したよ~?でも全然反応が無いから、気になって入ってきちゃった」

「はぁ……まあいいや。それで、何の用?」


 姉さんが俺の部屋に入ってくることなんて滅多に無かったはずだが……。


「お母さんから聞いたよ?まさかあの迅が友達と遊びに行くだなんてね。高校デビューが順調そうでなによりだよ」

「まあな」

 

 俺の高校デビューに一枚噛んでいるのが、この姉さんだ。

 姉さんは現在大学2年生で、生粋の陽キャである。

 明るい性格で、小さい頃からずっと友達と遊んでいる印象しかない。

 本人曰くだが、大学ではかなりモテていて、告白も何度もされたことがあるとのこと。最も、彼氏がいるから全て断っているらしいが。


 そんな姉さんだが、春休みは俺の高校デビューに色々と付き合ってくれた。髪型のセットの方法だの、コミュニケーションの基本だの、色々叩き込まれた。何なら、筋トレの方法を教えてくれたのも姉さんである。


「それでさ、もし迅くんが友達との遊びにジャージを着ていったらどうしようと思って」

「……まぁ、心配するのも分かる」


 実際、中学時代はずっとそうだったからな。友達と遊ぶ機会が極端に少なかったので気にしていなかったが。


「だから良かったよ。ちゃんと考えてるみたいで」

「一向に考え終わらなそうだけどな」


 そもそも、ファッションセンス皆無の俺がいくら考えたところで、ろくなことにはならないだろう。

 俺がそう嘆くと、姉さんは待ってましたと言わんばかりの表情で言った。


「……ふふふ、よし!そういうことならお姉ちゃんに任せなさい!!」

「……それ、言いたかっただけだろ」

「――バレた?」


 俺の姉は、生粋の陽キャであると同時に――生粋のオタクである。

 俺のオタク趣味も、もとはと言えば姉さんの布教に毒されたことから始まった。いや、後悔は全くしてないけどね。


「ま、このまま考えても無理そうだし……お願いします」

「そんなにかしこまらなくてもいいよ。姉弟なんだから」

「姉さん……」

「今度、ラーメン奢りね」

「おい、姉弟なんじゃないのかよ。いや、別に奢るのはいいけど、あんな良い感じのセリフ言った後に言うことじゃなくね?」

「迅くん、ラーメンより大事なことは無いんだよ」

「はぁ……」


 いや、姉さんには色々世話になってるし、もとより、いずれ恩返し的なことをしようとは考えてたけどさ。よりにもよってラーメンですか。本人がそう言うならそれに従うしかない。


「じゃ、頼むわ」

「はいは~い」









 姉さんのコーディネートした服を身にまとい、鏡の前に立つ。


「ここまで変わるのか……」

「ね?凄いでしょ!」


 スマホでパシャパシャと俺の姿を写真に収めながら、ドヤ顔する姉さん。てか、勝手に撮るなよ……。


 姉さんが選んだ服はシンプルなものだが、組み合わせ方のおかげでかなりよく見える。これがセンスなのだろうか?


「迅くんが格好良くなって、お姉ちゃん嬉しいよ~!」

「はいはい。まあ、その……ありがとう」

「!?迅くんが素直になった!?きっと今日は雪が降るね!」

「ったく、失礼なこった」


 実際尖ってた自覚があるせいで、むやみに否定できないのが悔しいところだ。


「じゃ、行ってくるわ」

「うん!もし彼女が出来たら私にも紹介してね!!」

「気が早いって……」


 別に、女子とデートに行くわけじゃないんだけどなぁ。


「ま、いつかはそうなるといいな」


 彼女ね。俺にもいつかは彼女ができるのだろうか。

 少なくとも中学の頃は想像しなかっ……できなかったことだが、今はどうだろうか。

 ……まあ、前よりはマシになったかな。

 










 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る