第8話 恥ずかしいならやめとけよ……
「……ごめん」
「いや、だから大丈夫だって」
あの後俺たちは、最寄り駅で電車を降り、二人並んで家に向かって歩いていた。いつもは駅で別れるのだが、今日はなぜか一緒に帰る流れになった。
多分、本人的にはあのまま別れるのが気まずかったのだろう。
まあ、今日はいつもより時間が遅いのもあって、もともと家まで送っていく気だったので別にいいんだけども。
「掴まる場所が無かったんだから仕方なかった、ってことでいいだろ。あんまり気にされるとこっちが困る」
「……」
無視は寂しいですねー。いや、マジで寂しいんですけど……。
「別に俺はどうも思ってないし、何もなかったってことでいいだろ?」
「……」
嘘です。ホントはちょっとドキドキしてました。今の柏木は誰から見ても美少女だし、ドキドキしない方がおかしい。俺は悪くない。
んー、これ以上言っても納得してはくれなそうだ。それほど本人の中で譲れないものがあるのだろうか。
ん?譲れないもの?もしかして……
「ま、俺的には照れてるところが見れて役得だったけどな」
そう言うと、俯いていた柏木は顔を上げた。
「か、揶揄わないでください!そのことを一番気にしてたのに~!」
顔を真っ赤にしてワーワーと騒ぐ柏木。今の柏木を学校の奴らが見たら驚くだろうな。
てか、やっぱり気にしてたのは照れ顔を見られたことの方だったか。
「だって、全然反応してくれないんだもん」
「むぅ~!もういいです!」
何それ可愛い。なんか、恥ずかしさのせいかテンションがおかしくなってないか……?
まあ、何はともあれ、立ち直ってくれて良かった良かった。
「はぁ……まさか藍沢君に揶揄われるなんて」
「まあ、むしろ中学の頃は逆だったしな」
ツンデレ時代?の頃の俺は、しょっちゅう柏木に揶揄われていたからな。あぁ、思い出すだけで羞恥心が……死にたい。
「お互いのためにも、もうこの話はやめよう」
「ですね……」
※
市街地を抜け、閑静な住宅街に入ると、心なしか空が少し暗くなったような気がした。
辺りには下校中と思われる中学生が何人か見受けられる……って、あれうちの中学の制服じゃん。ま、後輩に知り合いなんかいないし、特に気にすることもないのだが。てか、仮に後輩がいたとしても、俺らは容姿が変わりすぎて気づかれないか。
「ここです」
「は?」
「ここが私の家です」
柏木の視線を追うと、そこにはどこにでもありそうな二階建ての一軒家があった。表札に柏木の二文字が刻まれていることが、それがコイツの家であることを示す何よりの証拠だ。
いや、そんなことよりも……。
「学校……近くね?」
「校門まで徒歩1分ですね」
柏木の家から後ろに振り返ると、道路を挟んだ先には中学校の校庭が。
なるほどな。中学の頃、コイツと下校中に一度も会ったことがない理由は家が極端に中学校に近かったからか。
「まさか、お前が中学の頃、いつもギリギリに来てたのって……」
「家が近くて時間調整がしやすいからですね。始業の5分前に家を出ても余裕で間に合います」
「そりゃ羨ましい限りだ」
コイツはいつもギリギリに来ていた癖に、一度も遅刻をしたことがない。遅刻はしていないため、先生があれこれ言うことが出来ないのが余計に
「じゃ、時間も時間だし、俺は帰るわ」
「ええ……あ、あの!」
そう言い、家に帰ろうと回れ右をしたが、柏木に呼び止められたので、顔だけ振り返る。
「なんだ?」
「そ、その……」
俺を呼び止めた柏木は、顔を俯けながらモジモジとしている。
沈黙の時間が続く。俺は、何も言わずにただ待ち続ける。静かな時間が好きな俺にとっては、その沈黙は苦にはならない。
しばしの沈黙を経て、柏木は俯けていた顔を上げて俺の方を見る。
俺の方が身長が高いので、自然と柏木は上目遣いになる。俺はその状況から、先ほどの電車でのことを無意識に想起してしまった。
柏木は柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「ありがとね」
それは何に対して?なんて言う余裕は、その時の俺には無かった。
見惚れてしまったのだ。彼女の笑顔に。思わず顔が熱くなる。
それは、今まで柏木が見せたことの無い、綺麗な笑顔だった。それほどに純粋で、屈託のない笑顔だった。
「――なんちゃって」
「は?」
いつの間にか、先ほどの柏木の純粋な笑顔は、小悪魔のような笑みへと変わっていた。
「藍沢君。顔、赤いですよ?」
まさか――揶揄われたのか?
そのことを自覚した瞬間、俺の中の羞恥心が溢れ出しそうになる。
「っ!お前!」
「さっきの仕返しです!」
柏木はそう吐き捨てたあと、逃げるように家の中に入り、ドアを閉めた。
1人外に残された俺は、頭の整理が追いつかず、しばらくその場に立ち止まってしまった。
「はぁ……」
しばらくして、顔の熱が冷めてきたのを感じると、俺は大きなため息をついた。
(恥ずかしいならやめとけよ……)
顔が耳まで真っ赤になっていた先程の彼女を思い出しながらそう思う。
先程の揶揄いも、半分は本気で、半分は照れ隠しのため。それの気づいてしまうほど、敏感な自分が嫌になる。
何より、先程の純粋な笑顔が、偽物だとは思いたくなかった。
(いや、俺が自意識過剰なだけか)
俺はそう自嘲し、重い足を動かし始めた。
その日の夜、ほとんど眠れなかったことは言うまでもない。
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