第7話 まさに理論値
四月も終わりに近づき、もうそろそろ五月病の時期がやってくる。
俺たち一年生も大分高校生活に慣れてきた。心なしか、学校の雰囲気も少しづつ活気づいてきたように感じる。
そして、今週から体育祭の種目別練習が始まった。
俺の出場する種目は、障害物競争と騎馬戦になった。どちらもかなり苦労しそうな種目だとは思ったけど、まあ、楽しそうだからいいか!という安直な理由で選ぶことにした。
種目別練習と言っても、別にそこまでやることが多いわけでもない。騎馬戦も障害物競争も、週に2回しか練習がないし。
ならなぜ、一か月も前から体育祭の練習が始まるのか。
それは……全員出場の団体種目、ダンスの練習があるからだ。
団体種目は、全員参加の種目だ。つまり、練習も予定が無い限りはほぼ強制参加といっていい。ちなみに、団体種目はダンスと綱引きの二種目のみである。
正直に言うと、俺はあまりダンスが好きではない。
別に苦手だとか、死ぬほど下手だとか、そういうわけではない。むしろ、体の器用さにはそこそこ自信がある。ただ、人前で踊るという行為自体が好きじゃない。
だって、俺のダンスとか……需要無くね?女子のダンスとか、早瀬のダンスならまだしも、俺が踊って誰が喜ぶんだ?って感じ。
え?ぐちぐちと文句を言っている暇があったら練習しろって?
今してます。踊りながら脳内で文句ばっか言ってます。
今やっているところは大体覚え終えていて暇なので、周りの様子を見ることにする。
早瀬は……なんだコイツ、マジで何でも出来るのかよ。全員が踊れるように簡略化されたダンスでも、上手いのが一目で分かる。なんていうか、流麗な感じ。おい、女子ども、見惚れてないでちゃんと踊れ。
武山は真剣に踊っているが……なんかゴツい。いや、ダンスは上手いんだけど、似合ってない。
月海は、イメージ通りノリノリ。ザ・陽キャって感じのきゃぴきゃぴしたダンス。T○kTokとか撮ってそうだ。
神崎は……なんか、普通に上手い。完全にダンスやってた奴の動きだ。てか、普段とのギャップが凄いな。柏木、どうやら運動音痴はお前だけだったみたいだぞ。
そしてその柏木は……案の定苦戦していた。神崎に教えられながら、一つずつ振り付けを覚えている。
中々上手く踊れない柏木に対して、顔色一つ変えることなく丁寧に説明する神崎。
神崎はいつも通りの無表情だが、柏木の表情は明るい。多分、できない自分に対して、諦めることなく真摯に教えてくれるのが嬉しいのだろう。てえてえ。
そういえば、放課後に種目練習が入ったので、最近は柏木と屋上で駄弁っていない。グループ内や授業内は普通に話しているが、裏の柏木?とはここ1週間ほど会話をしていない。
まぁ、実行委員会もあってか、最近は表の柏木とも問題なく話せるようになってきたので、別にいいんだけどな。
※
ダンスの練習が終わったので、部活動に励む。
一か月もすれば、自分の帰宅時間の時刻表はほとんど頭に入っている。今から行けば何分の電車に乗れるかを計算し、やや早歩きで駅に向かう。
狙っている電車の発着時間より少し早くに駅に到着する。
改札を抜け、ホームに降りたら、5号車の2番ドアの発着位置まで歩く。
位置に着くと、『間もなく、1番線に――』と、定番のアナウンスが流れ始める。
まさに理論値。最寄り駅のエスカレーターに最も近い5号車の2番ドア乗車口に、電車が到着する1分前に到着。
一か月でかなり帰宅の練度が上がったな。毎日部活動に励んでいるだけある。
内心でドヤ顔していると、誰かにチョンチョンと肩をつつかれる。
「どうもどうも」
「お前か……」
案の定、柏木がそこにいた。よくあることなのでさほど驚かない。
俺達が通っていたのは公立の中学校だったので、中学校が同じということは学区も同じだということを意味する。
なので当然、乗る電車の方向も同じだし、最寄り駅も一緒。なんなら、多分家もそこそこ近い。
「む、何ですかその残念そうな顔は」
「そんな顔してないって……てかお前、口調口調。この辺は夢野の奴らもいるんだから」
「おっと、危ない危ない」
「まったく……」
コイツ、頭は良いくせに意外と抜けてるところがあるんだよな。馬鹿ではないが、アホなのだ。
「む、なんか失礼なこと考えてるでしょ」
「なんで分かるんだよ」
「そこは否定しようよ……」
だって、「そ、そんなことないし!」って、ほぼ肯定してるのと同じじゃん。だったら、最初から認めちゃっていいと思うんだよなぁ。素直が一番!
電車が来たので、会話をやめる。電車の中で喋るとたまに白い目で見られるからな。
家の最寄り駅までは4駅。ちょっと頑張れば自転車でも通学できるくらいの距離ではある。
けれど、家から学校までの道のりは高低差が激しく、坂が厳しいので、自転車通学は断念したのだ。
いつもより帰宅時間が遅く、帰宅ラッシュに近いため、車内は普段より混雑している。
最近買ったワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら、ボーっと車窓を眺める。車内が混んでるときって、これぐらいしかすることがないんだよなぁ。
電車が2駅目に到着しようとするとき、急減速で車内が大きく揺れた。
(うおっ!)
乗客の波に大きく押されそうになるのを、つり革を掴んで耐える。これ、筋トレしてなかったら耐えれてなかったな。
電車に毎日乗っていると、運転手さんの運転の仕方が微妙に違うのが分かるが、今日の運転手さんは結構荒い方だ。
なんとか駅に到着し、揺れが収まったのでつり革から手を放す。ふぅ、腕が引きちぎれるかと思ったぞ。
落ち着いたからだろうか。ふと、ブレザーの裾を誰かに掴まれていることに気づく。
視線を下に向けると、目が合う。犯人は耳を赤らめながら視線を逸らし、やがて俯いて動かなくなる。
意外かもしれないが、彼女は意外と純真で初心なのだ。揶揄うのは得意だけど、揶揄われるのは苦手なタイプ。
……触れてやるのも可哀想なので、特に何も言わずに視線を戻す。
コイツの身長じゃつり革は届かないだろうし、このままの方が良さそうだ。仕方なくだぞ、仕方なく。
(……こういうところは、変わってないんだな)
高校に入ってから、俺たちは大きく変わった。けれども、あくまで俺たちは俺たちなのだ。別に全てが変わってしまったわけじゃない。
そう実感できた俺の心が、少し温かくなったように感じたのは、恐らく気のせいではないだろう。
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