第3話 協定を結ばないか?

 屋上の扉を開くと、春風で髪が揺れる。


「広いな」


 想像以上に広い屋上。周りはしっかりと高い柵で囲われており、自○の防止が為されている。

 

「来ましたね」

「うおっ!」


 思わず変な声が出てしまった。

 彼女は俺が来た扉側の壁に寄りかかりながらコンビニのおにぎりを食べていた。


「ビビらせんなよ……」

「それはすみません」


 淡い茶髪をなびかせながら、微塵も申し訳なく思っていなさそうにそう言う。


「その、久しぶりですね」

「おう。というか、その外見で昔の口調だと違和感が凄いな」

 

 これがコイツの本来の口調?というか、中学の頃は基本的に敬語で話していた。

 曰く、母親が父親よりも年下で、結婚してからもずっと敬語で話していたのがうつったとのこと。


「他に誰もいないのは確認済みなので大丈夫です」

「そうか」


 いや、俺の違和感は無くならないんだけどね。


「藍沢君こそ、昔の雰囲気に戻ってますよ。さっきの陰キャらしくない明るい感じとは正反対です」

「まぁ、出来るだけ口調は柔らかくするように意識してるが。てか、最後の一言は余計だ」

 

 お前もそうだろうが。

 コイツ、意外と思ったことをストレートに言ってくるんだよな。別に俺はいいけど。


「お互い、やりたい事は同じみたいだな」

「ですね……」


 コイツも俺と同じくかなりのオタク。高校デビューに至った理由も大して変わらないだろう。ここまで変わるとは思ってもいなかったが。


「そこでなんだが、協定を結ばないか?」

「協定?」


 この先高校生活を過ごしていくうえで、隣の席に座っている柏木と関わるのは免れられないだろう。

 なら、いっそのこと協力しよう。お互い目的も一致しているし。


「まず、互いに中学時代のことは話さない事。もし破ったらもう片方もバラして仲良く陰キャに逆戻りだ。ちなみに拒否権はない」

「ないんですね……。いいですよ。私もバラされたくないですし、弱みを握りあうってことで」

「そういってくれると助かる」


 これで、高校生活における最悪である陰キャへの逆戻りの可能性は一つ潰せたな。


「もう一つは、お互いがリア充になるために協力すること。具体的には……グループが出来た時の仲介とか悩みの相談とか? まぁ、極力邪魔をしなければなんでもいい。これに関しては拒否権はある」

「なるほど……」


 顎に手を当てて考える柏木。こういう昔からよくやってる癖を見ると、やっぱりコイツは柏木なんだなって思う。


「まぁ、出来る限りなら」

「無茶な頼みはしないさ」


 したとしてもコイツなら遠慮なく断ってきそうだけどな。


「じゃ、協定成立ってことで」

「そんな大層なものでもないですけどね」

「いいんだよ、別に」


 厨二心が大事なんだよ。てか、コイツも分かって言ってるだろ。


「それで、お前の用はなんだ?」

「ないですよ」

「は?」

「強いて言えば藍沢君と話をつけることだったので、今ちょうど終わりましたね」


 ということは、今から飯を買いにけるのでは?そう思った瞬間、俺の空腹感が倍増する。

 さっきから今にもなりそうなお腹君に餌付けをしなければ。


「あ、そういえばもう一つ用がありました」

「なんだよ」

 

 もう俺の頭の中は昼飯のことでいっぱいなんだが。

 柏木は自分のカバンをゴソゴソと漁り、ブックカバーの付いた一冊の本を取り出す。


「それは……」

「この前借りていた本です。返す機会が無かったので、どこかで会えたら返そうと持ち歩いていたのですが」

「律儀なこった」


 すでに一回読み終わった奴なので、別に返して貰えなくても気にしなかったんだが。俺、基本的に2周目は読まない人間だからな。

 何なら、今の今まで貸していることすら忘れてたし。


「中々面白いストーリー展開でした」

「お、分かるか? まさかメインヒロインが……」


 今思えば、この時、俺の食欲はオタク欲に完全敗北してしまったのだろう。

 食欲を忘れて話し続ける俺達。柏木もこうなると止まらないタイプなので、話が途切れることは無かった。


 結局俺たちは、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、ひたすらラノベの話をし続けるのだった。

 ホント、この集中力を勉強に持っていってほしいものである。


 後の俺はこう語っている。

 後悔はしていない。もともと断食するつもりだったからな。

 午後の授業、空腹感とグウグウ鳴るお腹を相手取ることになったが、決して後悔なんてしていない。ホントだよ?


 





 




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