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現場検証のため、とあるマンションの一室に来ていた。
ここ数日、3月にしては気温が高い日が続いた。今日の最高気温も20度と4月並みの陽気だった。
休みだったら散歩に行きたくなるほどの暖かさだったが、それに反して私の体は爪先まで冷え切っていた。
血の気が引く感覚。現場に入るのに綿手袋を着けたが、指先は悴んでろくに動かなかった。
上司に無理を言って自らついてきたのに、これではただ邪魔しに来ただけだ。
やがて他の現場で経験した事のない気持ち悪さが押し寄せてきて、私は一度部屋を出た。
ぼんやりドアの近くで突っ立っていた私に、上司が声を掛けてきた。
「署に戻るか、家に帰れ。顔が土色だぞ」
強い口調だった。が、わざわざ来てまで言ってくれるのは、心配してくれているからだ。
頷いてしまいそうになる気持ちを振り切るように、私は頭を左右に振った。
折角来たのだ。目を閉じ、深呼吸を繰り返した後、私は顔を上げた。
「失礼しました。居させてください。邪魔は、しません」
情けないほど小さい声だった。
先日久々に会った友人──
容疑は、動物愛護法違反、殺人、そして死体損壊。
大学の知り合いということで、私は現場検証後は捜査から外された。なので、以降は上司から伝え聞いた情報になのだが──
彼女が研究と題して作り投稿したあの3つの動画。
処女作は最初はスーパーの生肉だった。
次作ではひき肉を使った。そこでもっと新鮮な方が良いと思ったらしい。
3作目の動画──私が聴いたやつだ──は、狸の肉や内臓を使った。
彼女はわざわざ狸がよく出没する片田舎まで車で出向き、雑木林で見つけると殺め、自宅まで持ち帰った。音響設備が整うそこで録音したのだ。
後に人を殺めた人間が何を言っているのかと思ったが、『犬猫は流石に気が引けた』と聴取だ話したそうだ。
だが、理にかなってはいた。犬猫なら気付かれたと思う。実際、周辺住民は狸が一匹殺されていた事を知らなかった。
片田舎で民家から雑木林が離れていたせいもあるが、彼女は適当に狸の毛を散らせ、その場を雑に荒らしていったのだという。万が一人が雑木林に来ていたとしても、獣同士で何らかやり合ったのだろう、で済んでしまった。
そして、彼女の新作に選んだのは、面識もない人間だった。
近く新作を上げる予定であることを教えてくれたアレだ。狩沼桃がこれぞ追い求めていたという音は、人間の肉であり内臓だったのだ。
適当な人に声を掛け、上手く自宅に上げると、さっさと手際よく殺めた。
風呂場で遺体を解体しながら、丁寧に水で洗ってパーツ毎に録音をしたらしい。
参考までに聴くこともできたが、そんな勇気は無かった。
この間再会した時点で、寝付きが悪いと話を振った時点で、少なくとも動物は殺めていた。
手遅れだった。
気付けなかった。
別れ際に見せた、あの自信に満ち溢れた目は、録音中のマイクの前でもそうだったのだろうか。
これが私が追い求めた理想の音だと、ぐちゃぐちゃに潰れていく音に聴き入っていたのだろうか。
其の音 藤堂 有 @youtodo
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