ああ、一体どれなんだ
楠秋生
ハムスターの家
「あ~。ダメだ。完全に行き詰った」
茜は鉛筆を持ったまま両手を上にあげ、う~ん、と伸びをした。こたつの中で胡坐をかいたまま固まった脚もぐんっと伸ばす。
「あいたたたた」
そのままごろりと横になる。
がさがさがさと耳元で紙の擦れる音がする。いや、耳元だけじゃなく、背中全体の下で音がしている。そんなことはおかまいなしに、ちょうどいいポジションを整え目を閉じた。
「あそこをあーやってこーやって……。あ、ダメだ。そしたらこっちが……」
一人でぶつぶつ呟く。
ラストシーンにさしかかった長編小説が、最後の最後まできて矛盾が起こってしまったのだ。本当はもっと前から気づいていた。だけど、だましだましストーリーを続けてしまい、なんとか書ききれるかと思った直前のところで、やっぱりどうやっても無理なことが判明してしまった。
寝転がったまま、さっきまで書いていた原稿に手を伸ばす。もう一度読み返してもやっぱりダメなものはダメだ。自分が納得できない。
茜は持っていた原稿用紙をぐちゃぐちゃに丸めるとぽーんと放り投げた。
「ハムスターの家みたい」
前に部屋をのぞいた友人に言われたことを思いだす。
ぐちゃぐちゃにまるめた紙屑で埋め尽くされた六畳一間。その中でがさごそ動いてる自分。
PCが壊れてから、手書きに変えた。新しく買い替えるお金がなかったから。バイトに行かなきゃ、と思うけれど、この一作を仕上げてから。と延ばし延ばしにしてその時の有り金で買いためた原稿用紙を使って書いていたら……。いつの間にかこんなことになっていたのだ。
最初は遊び半分だったのに。ドラマとかでよくこんな風に投げてるよね~、なんて思いながらぽいぽいやっていたら、そのまま片づけるのが面倒になってしまった。
うん、今は冬だし。暖房費もちょっとは浮くかもしれないし。なんて言い訳をしてそのまま放置している。
寝ころんだまま外界との唯一のつながりである窓枠に囲まれた空を見る。
不意に、アイデアが沸き上がった。これが、降りてくる、というやつか! 中盤のあのシーン。あそこをこう書きかえればいいのだ。
起き上がって勢いに任せて書きなぐる。
「やった! これでつながる!」
茜は立ち上がって原稿を読み返した。我ながら最高のアイデアだ。
と、そこへスマホの着信音。
母からの電話だ。いつものごとく仕事をしろだの、彼氏はできたか、だのこうるさい内容だ。しかもなんだかんだと切らせない。しばらく相手をしたけど、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ああ、もう! うるっさいな!」
電話をぶった切ると同時に手に持っていた紙をぐちゃぐちゃっと丸めて放り投げた。
「あ!!」
投げた瞬間、気づいた。
あれは最高傑作のアイデアを書いたやつだ……。
ハムスターの家並みに大量の丸めた原稿用紙があふれる部屋。
ああ、あの原稿は……、一体どれなんだ!
ああ、一体どれなんだ 楠秋生 @yunikon
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