雪と泥

野森ちえこ

泥んこ遊び

 おまえを見るたび、真っ白な雪を連想した。バカみたいに純粋で、バカみたいに正しくて、直視できないほどにまぶしいおまえを。


 おまえはいつだって正直で。

 おれはいつだって卑屈で。

 おまえはいつだってやさしくて。

 おれはいつだってみじめで。

 汚したくて汚せなくて、うらやましくて悔しくて。


 おまえはいつまでも真っ白な雪のまま。おれなんかには汚せない。

 たとえいつか泥にまみれることがあっても、きっとおまえは変わることなく、正しくまっすぐに輝くのだろう。

 幼かった日々。あたりまえのようにそう信じていた。


 時が流れてふたたび出会ったおまえは、おれの知らないおまえになっていた。

 おまえの人生はぐちゃぐちゃになっていて、おまえの心はボロボロになっていて、そこにはおれの知らないねじれた笑顔がはりついていた。

 なにがあったのかなんて聞けないほどに傷ついていて、でも、それでも、おまえはやっぱり真っ白な雪だった。


 もとから汚れていたおれはもっと汚れて、こびりついた汚れはもう、おれそのものになっている。

 でもおまえはどれほど汚れても、どんなに踏みつけられても、おまえ自身は真っ白な雪のままだった。

 だから汚れた自分をゆるせなくて、壊れるほどに苦しんでいる。


 いいじゃないか、汚れたって。

 人生なんて、泥んこ遊びみたいなものだ。

 遊んで汚れて、汚れた自分を笑って、汚れた自分をゆるして、汚れた自分を洗って、しつこい汚れはあきらめて、また遊んで汚れて、時々泥のなかにまぎれているガラス片でケガをして。その繰り返しだ。


 もしかしておまえ、ちゃんと泣いたことないんじゃないか?

 それなら一度、ぐちゃぐちゃに泣いてみればいい。

 みっともなくて、格好悪くて、そのうち笑えてくるぞ。


 人生なんて、泥んこ遊びみたいなものだ。

 泥に汚れて変わったおまえと、泥に汚れても変わらなかったおまえ。

 汚れきったおれと、また一緒に遊んでみるか?


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雪と泥 野森ちえこ @nono_chie

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