きっと必要なこと。

夕藤さわな

第1話

「お前、不貞を働いただろ」


「記憶にはないんだけど……お酒飲んで記憶なくしたときとかにやらかしてたらマジすまん」


 なんて冗談を真顔で言い合うくらい。片づけられない私たち夫婦からどうしてこんなにできた子が生まれてきたのかと思うほど息子はきれい好きだった。

 小学校にあがると同時に与えた部屋もいつだって整理整頓されている。リビングやキッチン、私たち夫婦の部屋とは大違い。


 だから――。


「どうしたの、これ!?」


 パートから帰って息子の部屋をのぞいた私はぎょっと目をむいた。ぐちゃぐちゃのぐちゃ。教科書やらプリントやら洋服やらが床に散らばっている。棚が開けっ放しになっている。ランドセルも白いお腹を見せてひっくり返っている。

 肩で息をしていた息子は私に気が付くなり目をつりあげて叫んだ。


「うるさい!」


 バタン。

 いきおいよくドアが閉められた。


 ***


 どうしたものかと思っているうちに夫が帰ってきて夕飯の時間になった。息子ももう小学三年生。ついに反抗期なるものがやってきたのかもしれない。どちらがどんなテンションで夕飯の時間だと声をかけにいこうか。私と夫が腕組みして考え込んでいると足音が階段を下りてきた。


「……ユウキのところに行ってくる」


 リビングに顔を出した息子は私と夫の顔を見ずにそう言うとさっさと玄関に向かってしまった。もう夕飯の時間だ。外も暗い。いつもなら危ないから明日にしなさいと言うところだ。

 でも、夫の目配せにうなずいて私は息子の背中に微笑んだ。


「気を付けてね。夕飯、待ってるから。早く帰ってくるんだよ」


 靴をはいた息子がガチャリと玄関ドアを開ける。


「……ん」


 いつもは行ってきますと元気に言うのに。息子の声はぶっきらぼうだ。


「じゃあ、行ってくるよ」


 息子が出ていくのを待って夫も玄関に向かう。仕事用のスーツにコートじゃなくて学生時代に買った迷彩柄のジャンパーと帽子にグラサン姿。尾行用の変装なんだろうけど不審者だ。


「警察に捕まらないようにね」


 苦笑いで夫も見送って二階へと向かう。ドアが半開きになった息子の部屋をのぞいてみると部屋は半分ぐちゃぐちゃで半分片付いていた。

 ユウキくんは幼稚園の頃からの息子の親友だ。

 何かあったのだろうか。あったのだろう。そうでなければきれい好きの息子が部屋をこんな風にぐちゃぐちゃにするわけがない。でも、ぐちゃぐちゃに散らかしたものを一つ二つと片づけて、心のぐちゃぐちゃも一つ二つと整理して、きっと何かしらの答えを見つけたのだろう。


 ぐちゃぐちゃの部屋は多分、きっと、息子の成長の証。うれしさと、ほんの少しのさみしさに微笑んで私はそっとぐちゃぐちゃの部屋のドアを閉じた。

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きっと必要なこと。 夕藤さわな @sawana

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