猫がかわいくない

あまたろう

本編

 妹の部屋にある猫のぬいぐるみがかわいくない。

 全体的にグレーの色合いの中に、片側の側頭部から後頭部にかけてある比較的大きな黒い斑点、体の片側半分を覆うかのような黒い大きな模様に加えて、大きいものの微妙に左右非対称な目。さらに座る姿が大仏を彷彿とさせるなど、特徴的な部分は多い。

 気になることは気になる。妹の部屋に入った時には必ず目が合うような気がするとか、ぬいぐるみとは思えないほどの存在感というか。

 だがかわいくないのだ。


「ねえ、この猫って何かのキャラクター?」

 ある日妹に訊いてみたが、よくわからないという。

「うーん。ゲームセンターかなんかで取ったような気がするけど、覚えてない」

 いつからあったのかすら覚えていないという。そんなことがあるのか。

「見えるところに置いてあるのは、気に入ってるから?」

「……なんでそんなに気になってるの? ほしいなら姉ちゃんにあげるよ」

「……いらない」

 なんでよー、と笑いながらむくれる妹。気にはなるけどかわいくないんだもん。


 だがその日以降、不思議なことが起こった。

 仲のいいクラスメイトが、通学カバンに同じ猫のぬいぐるみのキーホルダーをつけてきたのである。

 ……しかも2人も。

「何? このキャラクター」

 妹が持っていることは隠し、知らない風を装って訊いてみた。

「あ、これ? 可愛いでしょ。カプセル回したら出てきたんだよ」

 何のキャラクターかは教えてくれなかった。

 というか、猫のキャラクターのグッズが入っているカプセルの機械だということは書いてあったのだが、あまりものを詰め込んだ格安の機械だったということで、実際は何のキャラクターなのか取った本人もわからないという。説明書も入っていなかったらしい。

 とはいえ、可愛かったのでつけているという。

「……いや、かわいくはない」

 なんでよー、と笑いながらむくれるクラスメイト。気にはなるけどかわいくないんだもん。

 もう一人も同じ機械で出したカプセルに入っていたとのことであり、やはり何のキャラクターかはわからないということだった。


 これだけであればよかったのだが、それからこの猫は増殖した。

 帰り道の小学生らしき子たちのランドセル、すれ違った車のフロントミラー、通りすがりの家の窓。

 極めつけにそんなキャラクターなど一切興味のなさそうな強面の男性が持ち歩いているドスの穴に結ばれているのを見たときは腰を抜かすかと思った。


「……いや、何でドスより猫に目が行ってんのよ私」


 その後も、マンホールの柄、誰も住んでないはずの家の窓、工事現場の柵など、およそそんな柄を見るはずはないであろうところにも猫を見始めたときはもう私はすっかりこの猫の虜になっていた。


「……欲しくなってきた」


 妹にお願いしてみよう。

 この間はかわいくないとか言ってごめん。いろんなところで見るから気になり始めて、欲しくなってきちゃって。

「あ、あれ? 友達にあげちゃった」

 え。

「その子も最初は可愛くないって言ってたけど、気になって仕方がなくなったって。なんかあるのかな」

 えへへ、と妹は笑うがそれどころじゃない。もらえるものだと思っていた当てが外れたので、私の気持ちは抑えきれなかった。

「どこのゲームセンターにあったの?」

「なんでそんな必死なの? 覚えてないよー。でも一番近所のゲームセンターじゃない?」

 それはもっともだ、と思ってすぐさま財布を持って走った。見送ってくれた妹が不思議そうな顔をしていた。


 塀の柄、痛車の模様、雲の形など、もはやあり得ないほどあの猫が目に入ってくる。

 目当てのゲームセンターに見当たらなかったので、次はクラスメイトにカプセルがあった機械の場所を訊く。

 そこへ走るも、そのカプセルが入っていたらしい機械はもはや違うキャラクターのものに変更されていた。


 もうなんでもいい。次にあの猫のキャラクターを持っていた人にどこで手に入れたか訊いてみよう。

 もはや禁断症状のような状態で、次に目に入った猫の持ち主に殴り掛からんばかりの勢いで掴みかかった。

 ドスについた猫のぬいぐるみが笑ったように見えた。


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 目覚まし時計が鳴っている。


 ……夢オチかよ。

 慌ててそれを止めた後、机の上にあるものを見て私は恐怖した。

 そしてこれ以降、外でこの猫のキャラクターを見かけることはなくなり、妹もクラスメイトも私とこれについて話したことすら知らない風だった。


 机の引き出しの奥には、猫のぬいぐるみがついたドスがしまわれている。


(おわり)

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