ぬいぐるみと魔法使い

明里 和樹

ぬいぐるみと魔法使い

 どうも! 簡単な魔法は使えるものの、特にこれといったチートも無ければ何なら前世の記憶も無かった転生者な飯屋の娘、デリシャといいます! 栗色の髪の三編みお下げと飴色の瞳をした八歳の女の子です!(挨拶)


 ただ現代知識はそこそこ覚えているようなので、それを活かしておいしいごはんを作れる料理人を目指しております! それと魔法も勉強中です。特に料理に使えそうな感じのを!(ブレない) 


 これはそんなわたしの、ある日のできごと。




「ふんふふーん♪」


 今日は休息日、要するに休日なので、今からお友だちを訪ねて、教会にある孤児院に突撃なのです!(ちゃんと許可はもらってます)


 ちなみにこの国の教会って現代の日本でいうなら、神社とかお寺的な宗教的要素+冠婚葬祭+病院、みたいな感じの存在なので、ぶっちゃけ大きいです(建物的にも組織的にも)。そこに加えて簡単な読み書き計算を教えてくれる学校的要素や、わたしの本日の目的地である孤児院もあります。……余計なお世話かもしれませんが、大丈夫? 権力集中しすぎてません……?(ほんと余計なお世話)

 まあ実際のところ教会の実態とか部外者のわたしにはよくわかりませんが、友達に聞いた孤児院の食事が質素なのは事実。なのでこうして遊びに行くついでに、わたしの実験……新作のお菓子とかを差し入れして感想を聞いたり喜んでもらったりするという、一石二鳥にも三鳥にもなるという作戦なのです。



 慣れた足取りで孤児院に辿り着きますと、日中は開放されている正門を潜り、まずは元気に挨拶です。


「こんにちはー、デリシャさんですよー、みんな元「うええええーーーーーーん!!!!!」気ー?」


 なにごと⁉


 わたしの挨拶に被ってきた大きな声のする方に目を向けると、庭の端にあるベンチの前で小さい子がびゃーびゃー泣いていて、これまたちっちゃい修道女さんがオロオロとしています。……というかあれって。


「こんにちはー、遊びにきたよー」

「あ、デリシャさん……」


 二人を驚かせないよう、あえて足音を立てながら近づいてから優しく声をかけると、膝を地面に着いて目線を合わせ、泣いている子をあやしてした修道女さんが、ゆっくりとこちらを振り返ります。


 真っ白な髪と翠色の瞳のコントラストが優しげな印象の、見習い修道服に身を包んだ彼女はセレニテちゃん。わたしと同い年ながらすでに治癒魔法が使える、仲良しのお友だちです。


「どうかした?」

「あ……その……この子が……」

「うええええーーーーん!!!!!」


 いまだにびゃーびゃーと泣き続けるその子を改めてよく見ます。初めて見る子ですね。見た感じ幼稚園児くらいの女の子で、手にはぬいぐるみを持ち、スカートから覗く膝小僧は擦りむいたのか、血が滲んでいました。あー、痛そう……。


「転んじゃったのかな?」

「どうやらそのようでして……。わたしがきたときにはすでにこの様子で……」


 わたしとセレニテちゃんが会話している間も、わんわんと泣き続けるちびっ子ちゃん。よっぽど痛かったのかな?


「大丈夫ー? お膝以外どこか痛いところない?」

「……おてて」

「「おてて?」」


 わたしとセレニテちゃんの疑問形の声が、見事にハモりました。


「ぬいぐるみさんの……おてて」


 言われて彼女が抱えるテデ○ベアっぽい感じのぬいぐるみを見てみると、腕の付け根の部分が見事に捥げて、ぶーらぶら、していました。


 あー……なるほど。転んだときにどこか引っ掛けちゃったりしたのかな?


「ふええ……」

「あっえっと……な、泣かないで?」


 再び泣き出しそうなちびっ子ちゃんと、なんとかなだめようと、あたふたするセレニテちゃん。


「えっと……ど、どうしましょうか?」

「んー……とりあえず、その子の治療は任せてもいいかな?」


 わたしは目尻に涙を浮かべるちびっ子ちゃんの正面に立つと、少し屈んで目線を合わせ、彼女の瞳をそっと、なるべく優しく見つめます。


 餅は餅屋と言いますしね。──治療は専門家に。


「ねえ、そのぬいぐるみさん、わたしが触ってもいいかな?」


 なら、ぬいぐるみは────。




「ふんふふふっふふんっ、ふっふーん♪」


 ちくちくちく。


「ふんふふふー♪」


 ちくちくちくちく。


「ふふーふーん♪」


 あれから、子どもの泣き声に様子を見にきた大人の修道女さんに事情を説明し、孤児院の裁縫セットを借りたわたしはベンチに腰掛け、ぬいぐるみを直すべく、ひと針ひと針丁寧に丁寧に縫い縫いしています。隣でセレニテちゃんの治癒魔法を受けながら不安そうにこちらを見ているちびっ子ちゃんを少しでも安心させようと、元気が出そうな鼻歌付きで。


 実はこれでも、専門家というほどではないですが裁縫は結構得意だったりします。

 これは前世で取った杵柄……などではもちろん無く(前世の記憶は無いので)、ミシンのないこの世界では、手縫いがデフォルトだからです。はい、叩き上げです。強制的に上達しました(遠い目)。ちなみにわたしが料理以外のことを上手にこなすと、家族以外の大抵の人は「……えっ?」みたいな反応をします。……解せぬぅ。


「はい、治りましたよ。どこか他に痛いところは無い?」

「ううん、いたくない! ありがとう、シスターさま!」


 視界の端に感じていた治癒魔法の光が消え、そんなやり取りが聞こえてきます。あちらは終わったようですね。こっちも……もうちょっと……。


「…………すみません、デリシャさん……」

「ん? 何が?」


 目線はぬいぐるみと針に集中しているため彼女の表情はわかりませんが、どこかしょんぼりとしたお声です。


「わたしがお裁縫できればよかったのですが……」

「あーなるほど。……んー、持ちつ持たれつ! だよ? これくらい気にしないー、気にしないー……友だちなんだから♪」


 治癒魔法が使える修道女さんはその重要度から、料理や裁縫といった自らが怪我をするようなことは、あまりさせてもらえないそうです。というかやるな、と。わたしとは真逆で、強制的に上達させてもらえないのです。現代であろうと異世界であろうと、組織に属する以上はルールに従わなければいけないのは一緒です。…………世知辛いね……。


「……ありがとうございます、デリシャさん」


 いつもの優しげな声色で、そうお礼を述べくるセレニテちゃん。うんうん、元気が戻ったようでなによりなのです。こっちも……これで……よし。あとは……余った糸を……裁縫バサミでチョッキン、して……。


「……はい、ぬいぐるみさんのお怪我が治りましたー!」


 てってれてー♪ という効果音でも流れそうな感じで、明るくぬいぐるみを抱き上げます。


 わたしが笑顔でぬいぐるみを差し出すと、恐る恐る受け取ったちびっ子ちゃんが、あっちの角度からこっちの角度から、破れてしまった部分を何度も確認しています。


「……げんきになった!」


 ぬいぐるみを高い高ーいしてぱっ、と笑顔になるちびっ子ちゃん。うんうん、よかったよかった。


「ぬいぐるみを直してくれたお姉ちゃんにも、お礼を言いましょうね?」

「あっ、うん! おねえちゃん、ぬいぐるみさんをげんきにしてくれて、どうもありがとう!」


 セレニテちゃんに促されて、元気にお礼を言うちびっ子ちゃん。


「どういたしましてー」


 うんうん、子どもは元気なのが一番です(自分も子どもですが)。


 込み上げてきた達成感にじーん、としていると、じっ、とこちらを見上げ、もじもじしているちびっ子ちゃん。ん? まだ何か?


「えっと、おねえちゃんも"まほーつかい"さんなの?」


 きらきらしたお目々でそう訪ねてくる彼女。


 その真っ直ぐな言葉に、一瞬ドキリ、とさせられます。


 実は魔法を習っている先生に「魔法を使えることは、あまり周囲に知られないように」って言われてるんですよね……。ちなみに知られた場合、関係各所からスカウトが来るそうです。料理人を目指すわたしには、ご遠慮したいお話ですね……(ブレない)。


「シスターさまといっしょ?」


 ……あー、なるほど。治癒魔法を使えるセレニテちゃんと同じで、ぬいぐるみを"治癒"したわたしも、彼女には同じに見えたのかな?


 じぃっ、とこちらを見上げるちびっ子ちゃん。


 んー……ま、いっか♪


「うん、内緒だよ……?」


 わたしは、人差し指を口に当てると、彼女の期待に応えるよう、そう、とびっきりの笑顔で、返事をしたのでした。

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