気がついたらぬいぐるみになっていたわけだが

高久高久

目が覚めると――

 ――誰かの声が聞こえる。

 泣くのを堪えて、それでも嗚咽を漏らすような声。

 その声に気が付くと、見知った顔が視界に入った。


(……アンジェ?)


 幼馴染の綺麗な泣き顔に、俺は困惑した。

 アンジェは騎士の家系の生まれで、女でありながら騎士を目指している。実際剣の腕も相当な物で、そこいらの男では歯が立たない。尚俺も『鍛えてやる』ってしごかれているが、全くもって太刀打ちできない。何秒もつか、って賭けになるレベル。

 そして性格は男勝りというか、気が強いというか、とにかくこんな泣き顔を見せるような事は一切しない奴だ。それなりに長い付き合いの俺でも記憶に無いぞ。あ、小さい頃は泣いてたっけ? でも今は身内が亡くなっても静かに涙を流して堪えるタイプだ。


「サイ……サイぃ……」


 泣きながらアンジェがサイ――俺の名前を呟いている。


(あれ?)


 そこで気付いた。喋れない。何でだ?

 頭を悩ませていると、涙目で俺を見ながらアンジェは言った。


「くまさんどうしよぉ……サイが死んじゃうよぉ……!」

(く、くまさん!? え、俺の事!?)


 どういうことやねん、と思っていると周りの景色に覚えがある。

 ここは俺達が通う学園の屋上。んで、近くにあった窓ガラスに丁度俺の姿が映っていた。


(え――はぁ!? なんじゃこりゃあ!?)


 俺は、アンジェの手に握られたクマのぬいぐるみになっていた。


 ――混乱している中、アンジェはクマに色々語りかけてくれたおかげで状況が少し飲み込めた。

 数日前、剣の授業が行われた。その辺りは何となく覚えているのだが、正直この剣というのが俺は苦手だ。

 それでどういうわけか、クラスでもトップのアークという男と組む事となった。教師からすると『上手い奴から学べ』って事らしい。

 しかしその際中、事故ったかなんかで俺は倒れて病院へ。だが、そこから意識が戻らないらしい。おかしなことに大きな怪我もしていないというのに。更にどういう訳か、生命力を感じないという事でこのままでは――と医師に言われたそうな。

 ……え、俺ヤバくね? 深刻な状況じゃね?


「クマさんどうしよう……」


 えぐえぐ言いながらクマに語りかけるアンジェ。ちなみにこのクマのぬいぐるみ、俺が作った物なんですよ、とドヤ顔で言ってみる。手先は器用なんですよ、うん。で、実はアンジェはこういう可愛い物が密かに好きで、プレゼントしたんだよなぁ。何か結構凄いベア系の素材が手に入ったから、それをデフォルメしたものを。あげた時結構塩対応だったのが悲しかったがな。『う、嬉しいわけじゃないんだから! 毎晩ベッドで一緒に寝てるとかないんだから!』とか言ってたなぁ……もっと可愛く作れば良かったかなぁ……


「……もっと、サイの事大事にすればよかった」


 ぽつりとアンジェが呟く。


「もっと素直になればよかった……! サイに、好きって言えば良かった……!」


 ……え? ちょいまち。あんた俺の事好きだったの? いやそんな素振りなかったやん! 俺めっちゃ剣で滅多打ちにされてたよ!? 一緒に騎士になりたかった? いやいや俺素質無いっての。どっちかって言えば生産職なんですけど――


「ここにいたのか」

「……アーク」


 と、ここで突如現れたのがアーク。俺がこうなった原因である、と思われる男。

 剣の腕も家柄も性格も、おまけに見た目もいいときた。


「私の事は放っておいて」

「……いつまでも悲しんでいても彼は浮かばれない」


 素気ないアンジェにアークが言う。いや浮かばれないって勝手に殺さないでくれます? クマだけど生きてますよ?


「浮かばれないなんて縁起でもない……! そっとしておいて!」

「そんな事できない――! なぁ、俺じゃ彼の代わりにならないのか? 俺はお前の事を愛しているんだ!」


 いや人がこんなクマになっている時に告白とか状況考えて。


「貴方じゃ無理。これ以上話す事は――」

「彼はもう目が覚めない! 俺がそうしたんだからな!」


 ――はい?


「そうした、って……どういうことよ!?」

「……ああ、口が滑ったか。実は俺にはそういうスキルがあってね。今彼から魂を抜いた状態にしてあるんだ。魂が身体から抜けると、その内死に至る」


 いや滅茶苦茶喋るやん、コイツ。だがアークはどういう訳かニヤニヤと余裕たっぷりの表情である。


「……治しなさい、今すぐに!」

「そういうわけにはいかない。アイツは邪魔なんだよ! 大した力も無いくせに!」


 そう言ってアークはアンジェに飛び掛かる様にして押し倒した。いやいや、何か色々とヤバくなってきたんですけど……


「くっ……離せ……!」

「いいのか? アイツをどうにかできるのは俺だけなんだぞ? 魂は俺が持っているんだからな」


 嘘やん。それじゃ俺何なんよ。


「……どうしろっていうの?」

「簡単だ、俺のモノになれば考えてやってもいい」

「……この下衆野郎」


 アンジェが悔しそうに呟く。


「抵抗するなよ? ちょっとでも俺の機嫌を損ねたら……な?」


 アークはそう言ってアンジェの衣服に手をかけた。下着が露わになっているのに、アンジェは諦めたように、ルークから目を逸らして横を向いた。


「……サイ、ごめんね。初めて、サイにあげたかった」


 アンジェの目から、一筋の涙が垂れた。

――くそ、黙って見てるだけかよ!? こんなことでいいのか!?

 動けよ、この身体! 動け、動けよぉッ! 動いてくれよぉッ!








――結論から言う。


――この後、アークをボッコボコにした。


 いや、何が起こったかって思うだろ? 俺もそうなんだけどさ――この身体、普通に動かせたわ。喋れないだけで。

 よくよく考えたら景色見るのに首動かしてたんだよな。それに気づいたら普通に動かせた。

 いやー体が軽い軽い。そりゃぬいぐるみだしな。結構反撃もされたけど、痛みとか無いんだわ。後頑丈。流石ベア系素材。もう一方的にフルボッコ。イケメンを台無しにしてやった。やったぜ反省なんてするもんか

 んでステータスとか見れたわけなんだけど、見知らぬ【憑依】とか【身体操作】とかスキルが生えてるんだけど。


「――サイーッ!」

(はぐぉっ!?)


 何者かが俺の事を抱きしめて潰す。痛みとか無いけど潰れた感覚が何か怖い怖い怖い。あと普段気付かなかったけど、アンジェのお胸様が豊かで眼福ではあるけど感触が無いのが憎い憎い憎いぃッ!


「よかったぁ! サイ生きてたぁ! 生きてたよぉ!」


 幼児退行を起こしたような口調でアンジェが俺を抱きしめながら泣きじゃくる。

 わんわん泣きながらぬいぐるみを抱きしめる幼女(いい年)。ボッコボコにされてるかつてはイケメンだったモノ。潰されるわ涙でぐっちょぐちょだわで酷い有様のぬいぐるみ。地獄かな?


――その後はまぁもう、大変だった。

 騒ぎを聞きつけて人が集まった中、幼女状態から即座に騎士モードに変わったアンジェの証言でアークが連行されるわ、アイツに俺治す手段が実は無い事が発覚して絶望するわ、その事聞いて『え、俺このままずっとぬいぐるみ生活?』って思ってたら【憑依】スキルであっさり元の肉体に戻れたわ。


――で、その後アンジェと婚約する事になりました。急展開過ぎるわ。


「嫁入り前の肌見られたし、サイの事好きってバレたから。婚約するか一緒に死ぬか選んで?」


 アンジェさんからとても男らしいストロングスタイルなプロポーズを受けましたよ。これ拒否できないよね?

 まぁ、アンジェさんもその後少しばかり優しくなりました。剣の稽古は相変わらずですが。

 そして時折アンジェさんのクマのぬいぐるみに【憑依】することになりました。いや、頼まれてやってるんですよ? 隠れてとかじゃなくって。

 アンジェ嬢曰く「だ、だって……面と向かって好きって言うの恥ずかしくて……」

との事。け、決して恥ずかしそうな顔にキュンとしたわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!

 そんなわけで、クマのぬいぐるみになっている時のアンジェさんはすごいです。めっちゃ「しゅきしゅき」言ってきます。同一人物か、って疑いが出るくらい。時折俺にも言ってください。


「……しゅき」

「結婚しよ」

「婚約してるんだが?」


 あ、アンジェさんぬいぐるみとは毎晩一緒に寝てました。やったぜ完璧なハッピーエンドだな



――――――――――

このネタ今日の11時に思い付いて勢いだけで書いたらこうなった。

反省しかないが、省みぬ。

……公開後に本日のお題見たけど、これで出せばよかったかなぁ……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気がついたらぬいぐるみになっていたわけだが 高久高久 @takaku13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ