こんにちはカレンちゃん

 子供たちがやかましく叫ぶ、走り回る、そして泣きわめく。


 幼稚園とはそういう場所である。


 そう、俺ァ毎日カレンちゃんと一緒にこの幼稚園に登園しているのである。


 この幼稚園では一個だけ好きなおもちゃを持ち込めることになっている。


 子供ってなぁ飽きっぽいもんで、多くの園児はその日その日で気分が向いたおもちゃを選んで持ってくるがぁうちのカレンちゃんは一味違う。


「こんにちはカレンちゃん、きょうもパピーちゃんはかわいいね」


「えへへ、ありがとう。ほらパピーちゃんもこんにちわってしなさい」


 こんにちは、カレンちゃんのお友達。


 ……っと、話がずれたな。


 気分屋な他の園児と違って、カレンちゃんは三年間通った幼稚園でずっと俺だけを選んで連れてきているんだ。


 もはや幼稚園の中で、パピーちゃん=カレンちゃんの様式が出来上がっているくらい俺とカレンちゃんのコンビは定番ってわけだ。ぬいぐるみ冥利に尽きるってもんだね。


「しゅぴーん、ずどどどど!」


 と、そのときごつい装飾がついたおもちゃの銃を俺に向ける園児がいた。


「おまえ、またパピーちゃんとあそんでるかよ、」


「あー、あんたまたパピーちゃんにいたずらして!」


 そこにいるのは、いつもカレンちゃんにちょっかいをかけるガキ大将の男児だった。


 ガキ大将はニヤニヤしておもちゃの銃を構えている。銃口は俺を向いたままだ。


 ったく男の嫉妬は見苦しいね。要はこのガキ、カレンちゃんの関心が俺にばっか向いて言えるのが気に入らないのである。


 ま、俺は気に留めちゃいないがね。


「パピーちゃんはあたしのだいじなこなんだからね。ずっといっしょだった、あたしのたいせつなともだちなんだから!」


 カレンちゃんは俺を抱きしめてぷいとそっぽを向いた。


 ……ほら、これだからな。


 カレンちゃんの俺へのラブコールを聞いたガキ大将は顔を真っ赤にし、おもちゃの銃をぶんぶん振り回す。


「でも、しょーがっこーにはぬいぐるみはつれてっちゃだめなんだぜ! パピーちゃんとはおわかれだな!」


「そ……そんなことないもん、パピーちゃんとあたしはしょーがくせいーになってもずっといっしょだもん!」


 反論するカレンちゃん。


 しかしこのガキの言うことは一理ある。


 もうすぐカレンちゃんは小学校に上がる。そうなれば、カレンちゃんに限らずおもちゃの持ち込みはNGだ。


 カレンちゃんだってそんなことは百も承知のはずだが……。


 俺はどうすることもできず、胸の綿がぎゅっとなるのを感じた。


「だからもういくね。あたしはパピーちゃんとおままごとするんだから」


 ようやく相手にするだけ無駄と悟った賢いカレンちゃんは、俺を連れてその場を去ろうとした。


が、その時むんずと俺の頭を掴む無遠慮な手があった。


「パピーちゃんもーらい!」


「あー! あんたなにするの!」


 ガキ大将は俺を力任せにカレンちゃんの腕から奪い取ると、ジャングルジムのてっぺんにのぼり、首級のように俺を掲げた。


「パピーちゃんとあそびたいやつ、だーだれだ!」


 ガキ大将の号令に、クラスの空気が一変する!


「はいはい、わたしわたし!」


「ずるい、ぼくがあそぶ!」


「やだやだ、うちがあそぶんだもん!」


 それまで大人しく本を読んだり手遊びに興じたりしていた園児たちが、一斉にジャングルジムに群がった。


「パピーちゃあん!」


 カレンちゃんも俺を取り返そうとするが、他の園児たちの圧に負けて押し返されている。


 常日頃からカレンちゃんがあんまり俺を大事にするものだから、俺と遊ぶことを羨ましがる園児は実は結構多いのである。俺のファンの多さがこんな悲劇を呼ぼうとは――。


 ガキ大将がせせら笑いながら俺を放り投げると、わっと園児たちが群がった。


 園児たちの手の中に着地した俺は、腕を、脚を、縦横無尽に引っ張られる。


 その中には俺を取り返そうと躍起になるカレンちゃんもいた。


「パピーちゃんはわたさないんだからああ」


 俺の上半身を力強く引っ張るカレンちゃん。


「たまにはあそばせてくれてもいいじゃないいい」


「そうだそうだああああ」


 負けじと俺の下半身を全力で引っ張る園児たち。


 それはさながら、四肢を牛や馬に繋いで八つ裂きにする拷問、車裂きのようだった。


 俺は次第に意識が薄くなっていくのを感じながら、カレンちゃんに向かって念じた。


 お……俺は……どんな目に遭ってもカレンちゃんと一緒だから……。


 だから勘弁してくれ――。


 そうして俺はブラックアウトし、気づけば幼稚園の退園時間になっていた。

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