恋とおバカと因果律

uribou

第1話

「ステファニー・フィッツシモンズ侯爵令嬢! 予はそなたとの婚約を破棄する!」


 宣言したのは我がライカー王国の第一王子クリフォード殿下だ。

 殿下に好かれていないことは気付いていたが、婚約破棄されるとは思っていなかったので驚きました。

 国王夫妻が不在の自分主催の夜会で婚約破棄を宣言するとは、殿下らしくない念の入ったことですね。


「そうですか。了承いたします。では失礼致します」

「待て?」


 何故疑問形なのだろう?

 まだわたくしに用がおありになるのかしら?


「理由を聞かないのか?」

「殿下にへばりついている令嬢を見れば予想はできますので」


 列席者にクスクス笑いかけている方もいますよ。

 でもわたくしは、殿下が他の女性と仲良くしている様を見るのはつらいのです。


「そうかも知れぬがもう少し付き合え。予の主催したパーティーなのだ。盛り上げねばならぬだろうが」

「はあ」

「そなたにはそういう気遣いが足りん」

「申し訳ございませんでした。では失礼致します」

「だから待て!」


 しらけた雰囲気になってますが、わたくしのせいなんでしょうかね?

 二人の近衛兵にムリヤリ抱えられ、仲睦まじげな殿下と令嬢の方を向かされます。

 何と残酷なことでしょうか。


「ウオッホン。では婚約破棄の理由を説明する」

「よろしいのですか?」

「何がだ?」

「殿下はわたくしの異能を御存知かと思いますが」

「もちろんだ。『因果律』であろう?」

「さようでございます」

「そなたの成績を上げるのにしか役立たない異能ではないか!」


 異能とは数千人に一人の割合で発現するといわれる特殊な能力です。

 神の恩寵と解釈されることもありますが、信仰心とは関係ないことが判明しています。

 異能を得られるか否かは単なる運と確率の問題でしょう。


 わたくしの持つ『因果律』は、原因と結果を結びつけるという異能です。

 殿下の仰る通り、王立学院での私の成績に影響しています。

 つまり学習量という原因に成績という結果が結びついているのです。

 それだけわたくしが勉強しているという証明に他ならないのですが。


「そなたは勉強ばかりしているから可愛くないのだ!」


 また殿下は心ないことを仰る。

 悲しくなってしまいます。


「もう帰ってもよろしいでしょうか?」

「まだだ! そなたは予の婚約者であることを笠に着て、これなるポリー嬢に虐めを繰り返しているそうではないか!」

「はあ」


 クリフォード殿下の抱える小柄で厚い唇のボンキュッボン令嬢をチラッと見ます。

 アントン男爵家の庶子と聞いています。

 平民だったが、その美貌のため男爵に引き取られたとか。

 多分大物と仲良くなってこいという男爵の思惑で学院に送り込まれたのでしょう。

 そして引っかかったのがわたくしの婚約者様ですか。

 淑女らしくないため息を吐きたくなりますね。


「本当に怖かったのです……」


 プルプル震えるポリー様。

 素敵な演技ですこと。


「よしよし、もう大丈夫だ。予がついている」

「ああ、クリフォード様……」


 何の茶番でしょうか?

 わたくしは殿下のおつむが少々足りないことは存じておりましたけれども、本日列席の皆様はそうではないですよ?

 わざわざ皆様を呆れ返らせる必要はなかったと思いますが。


「そなたの罪状を列挙しよう。一つ、ポリー嬢に泥水を浴びせた。二つ、ポリー嬢の教科書をズタズタにした。三つ、ポリー嬢の髪の毛に火を付けた。四つ、ポリー嬢を学院大階段のてっぺんから突き落とし、ケガを負わせた。心当たりがあるであろう!」

「まるでありません」

「ウソよ! ああ、意地を張らないでお認めになってくださいませ。神様は見ていらっしゃいますよ」


 一瞬意地悪な表情を見せたポリー様が、神様など信じていないことはわかりました。

 わたくしも信じていないですけれども。


「ステファニーが認めようと認めまいと、結果は同じだ。証人はいる!」

「そうですか」


 明らかな冤罪なのですが、御丁寧に証人も用意してあるようです。

 殿下はそうした細かい策謀に縁がないですから、ポリー様の策でしょうね。

 買収したか弱みでも握っているのかは存じませんけれども。


「罰として予との婚約を破棄すること以外に、王立学院の退学処分と王都からの追放処分を執行する!」

「はあ」


 婚約破棄は悲しいだけですけれども、退学と追放はちょっと困りますね。

 でも反対したところで、おつむの出来のよろしくない殿下は認めることは絶対にありませんし……。


「先ほど申し上げましたとおり、婚約破棄に関しては承りました。しかし生徒会の引継ぎや帰領の準備もございますので、退学と追放は一〇日の猶予をいただけませんか?」

「む? まあいいだろう」


 そう仰ると思いました。

 婚約破棄さえ成立すれば、殿下はポリー様とイチャイチャしていても後ろ指を 指されることがないでしょうから。


「殿下のお慈悲に感謝いたします」

「存分に感謝しろ」

「ではこれにて失礼致します」


 ようやく近衛兵の拘束から解き放たれました。

 ふう、ちょっと肩が痛いです。

 いずれにせよ一〇日間は王都の屋敷で待機ですね。


          ◇


「ステファニー! どういうことだ!」


 婚約破棄の夜会から六日後、クリフォード殿下が王都フィッツシモンズ侯爵邸へ怒鳴り込んでいらっしゃいました。

 用件は理解しておりますが、殿下がどこまで御理解されているかわかりませんので、あえてとぼけてみます。


「クリフォード殿下、いかがされましたか?」

「イカがもタコがもあるか! 予の立太子が白紙になったぞ!」

「それはそうでしょう」

「何故だ! ほぼ決まっていたのだぞ!」


 そこから説明が必要なのですか。

 だからため息が出てしまいますってば。

 どうしてどなたも説明しないのでしょう?

 あっ、どうせわたくしのところへ行くのだから言い聞かせてくれ、ということのようです。

 元婚約者のおバカ加減を噛みしめながら話します。


「殿下の立太子がほぼ決まりだったのは、わたくしが婚約者だったからです」

「は? 父上と母上の間に男児は予しかおらぬではないか」

「しかし王位継承権をお持ちなのはクリフォード殿下だけではございません」


 二つある公爵家にも正統な王家の血が流れておりますから。

 いかにクリフォード殿下が唯一の直系男児といえども、あまりおバカを晒しあそばしますと、まともな王太子をという声が上がるのは当然なのですよ。


「はばかりながら、当フィッツシモンズ侯爵家にはいささか影響力がございます」

「うむ、大貴族だものな」

「わたくしが婚約者であったことにより、そのフィッツシモンズ侯爵家が殿下のバックに付いていると見做されていたから、殿下が王太子間違いなしと考えられていたのです。しかし婚約破棄により、その関係はなくなってしまいました」

「それで父上と母上はあんなに怒ったのか」

「お怒りでしたか?」

「うむ、五日間反省していろと外出禁止令が出ていたのだ」


 可愛い罰ですね。


「残念ながらポリー様の御実家アントン男爵家では、フィッツシモンズ侯爵家の代わりは務まりません。これが殿下の立太子が白紙に戻った理由です」


 正確には理由の一つです。

 最大の理由は殿下がおバカだからです。

 そのおバカなところは嫌いじゃないですけれども。


「ふむ、仕方ないな」

「仕方ないですませてしまうのですか?」


 これは意外ですね。


「うむ、予が国王に向いているとは思わん。予は愛に生きるのだ」


 何と、クリフォード殿下がそういったお考えであったとは。

 足掛け一〇年間も殿下の婚約者であったというのに、知りませんでした。

 将来の王妃たるべく研鑽を積んでいたわたくしと合わないのは当然ではないですか。

 殿下を王にすべく行っていた努力が丸々ムダだったとわかって、呆然としてしまいます。


「それでポリー嬢のことなのだが」

「はい」


 当然そのことでおいでになったんだと思っていました。


「ステファニーはこの六日間、学院には登院していないのだな?」

「しておりません。生徒会の引継ぎは明日から行おうと考えていました」


 ウソです。

 学校を辞める気はなく、ただのお休みのつもりだったからです。


「うむ、そうした報告も入っている」


 あら、この屋敷をチェックしていたようですね。


「夜会の次の日、ポリーが大量の泥水を被せられた」

「そうでしたか」

「そしてその二日後には全ての教科書がビリビリに破られ、昨日は髪の毛に火が付いて火傷を負った」

「そうでしょうね」

「そうでしょうねだと! そなたの企みか!」

「違います。わたくしの異能『因果律』のせいです」


 困惑気味のクリフォード殿下。

 おわかりでないらしい。


「『因果律』とは、何かをすれば結果が伴うという異能なのだろう?」

「そうした側面もありますね。正確には原因と結果を結びつける異能です」

「何が違うのだ?」

「先日の夜会でわたくしは、ポリー様を虐めたというかどで婚約破棄・学院退学・王都追放という罰を科されました。しかしそれは冤罪です。わたくしはやっておりません」

「何だと! 何故それを早く言わない!」

「わたくしが認めようと認めまいと、結果は同じだと仰ったのは殿下です」


 自分の発言を思い出したか、バツの悪そうな顔になるクリフォード殿下。


「無実の罪を着せてしまったか。すまなかった。償いはしよう」

「それでわたくしの『因果律』が罰に応じて働き、原因とされる虐めを再現しようとしているのだと考えられます」

「何と! つまり?」

「これからポリー様は学院大階段のてっぺんから転げ落ち、ケガを負うという因果関係になるのかと」

「考えられん! ポリーは火傷のため、自宅で静養しているのだ! 学院になど行かぬ!」

「わたくしにもどういうことかはわかりかねますが、必ずそうなりますよ。それが『因果律』なのですから」


 クリフォード殿下が頭を抱えます。

 だから私は殿下が婚約破棄の理由を説明すると仰った時に、よろしいのですか? と聞いたではないですか。

 理由を聞かなければ、因果関係が成立しなかったかもしれませんのに。

 もっとも理由なく婚約破棄宣言などできなかったでしょうけれども。


「『因果律』はポリー様を生かしておく必要がありました」

「どういう意味だ?」

「まだ学院大階段のてっぺんから転げ落ち、ケガを負っていませんから」

「……ステファニーが罰せられた原因が果たされるまで、ポリー嬢は生きていなければならなかった?」

「仰せの通りです。しかしこれはわたくしの最後の罪状とされていますから、果たされた後にポリー様のお命があるかどうかは不明です」

「何ということだ!」


 再び頭を抱えるクリフォード殿下。

 ウソ吐き女のことがそれほど心配なのでしょうか?


「ポリー嬢を助けてやるわけにはいかないだろうか?」

「……薄情なようですけれども、ポリー様が殿下に相応しいとは思えません」


 見殺しにしてはどうでしょうか?

 王太子の件が白紙に戻ったとはいえ、王位継承権一位であることには変わりありません。

 それなりの御令嬢や外国の王女を婚約者とすれば、クリフォード殿下が次代の王という目はなくもないです。


「いや、予はポリー嬢との愛に生きるのだ」

「御立派です」


 そうですか。

 その純粋さには眩暈もしますが、同時に羨ましくも思えます。

 わたくしにはないものです。

 そしてその愛をわたくしにも分けていただけていれば……いえ、詮ないことです。


「ポリー嬢を見捨てるわけにはゆかぬ。どうにかならぬか?」


 澄み切った瞳に気圧されます。

 クリフォード殿下はこういう方なのです。

 確かに王には向いてないけれども、悪い人ではありません。


「……先ほどの殿下の償いという話に通じますが」

「うむ」

「婚約破棄・学院退学・王都追放という罰の内、既に執行されてしまっている婚約破棄は取り消すことができません。ただし退学と追放についてはまだなされておりませんので、なかったことにできます」

「む? わからん」

「退学と追放を取り消してください。ポリー様が学院大階段のてっぺんから転げ落ちることはもはや確定の未来です。しかし結果である罰が軽くなるほど、原因であるポリー様のケガも軽くすむと思います」

「ありがたい! ステファニーの退学と追放はなし。そしてステファニーとフィッツシモンズ侯爵家に対しては公式に謝罪する」

「はい、それでよかろうと思います」

「さらばだ!」


 来た時と同じように、嵐のように去っていくクリフォード殿下。

 急いで手続きしないとポリー様の階段落ちに間に合わなくなりそうですものね。


「でも……」


 ポリー様はクリフォード殿下についてゆくことはないと思いますよ。

 王になれず、今後愚かな男と嘲笑を受け続けるだけの運命が待つ殿下に、価値を見出すことはないでしょうから。

 あるいは臣民に笑われることではなく、ポリー様に拒絶されることが、殿下にとって最大の『因果律』による罰となるのかもしれません。


「殿下は帰られたか?」

「はい」


 父ジェラルド・フィッツシモンズ侯爵が入室して来ました。


「ステフが一〇日待てと言うから我慢しているが」

「はい、我が儘を聞いていただき、ありがとうございます」

「クリフォード殿下に見込みはあるのか?」

「ありませんね」

「ふ……」


 お父様が皮肉に笑います。

 婚約継続の見込みはもちろん、王としての見込みもありません。


「一〇日待てとは、殿下と阿婆擦れの罪を軽くしてやる気だったのだろう?」

「そうですね」

「何故だ? 陛下はクリフォード殿下を断種の上平民落ち、鉱山送りまで考えておられたぞ?」

「やはりわたくしがクリフォード殿下を愛していたからでしょう」

「ほう?」


 そんなに驚かないでくださいよ。

 恥ずかしいではないですか。


「長年婚約者を務めていれば情も湧きます」


 多分違います。

 わたくしはクリフォード殿下が時折垣間見せる、ピュアな部分に惹かれていたのでしょう。


「ステフは……そんな優しげな顔をするのだったか?」

「これからは増えると思いますよ」


 ズケズケものを言うから優しくないの、勉強ばかりしているから可愛くないの。

 そんなことばかり始終言われては、『因果律』が働いてオニみたいな女になってしまうのですよ。

 今後はクリフォード殿下に会うこともそうないと思いますし、ちょっとは可愛くなれると思います。


「王太子はオールドリッチ公爵家から迎えられることになると思う」

「アーチボルド様ですか?」

「いや、弟君の方だ。アーチボルド殿は公が手放さん」


 そうでしょうね。

 アーチボルド様の方が優秀なのですが、既に婚約していらっしゃいますし。

 ほぼお妃教育を終えているわたくしが王太子妃となるのは規定路線のようなものでしょう。

 それはわたくしを王家に送り込みたいフィッツシモンズ侯爵家の思惑にも沿いますから。


「弟君、ユリシーズ様ですね?」

「そうだ。ステフはよく知ってるだろう?」

「同学年ですからそれなりには」

「どう思う?」

「クリフォード殿下よりは御しやすいと思います」


 ユリシーズ様は温和な人です。

 兄のアーチボルド様が俊英として名を響かせていたせいか、甘やかされていたのではとも思えます。

 でもクリフォード殿下のように、予想もつかない婚約破棄とかの突拍子もない行動は起こさないでしょう。

 周りの支えがあれば、どこに出しても恥ずかしくない王となれるのではないでしょうか。


「誰が王太子になるとしても、ライカー王国の未来はステフにかかっているのだ」

「謹んで努力いたします」

「うむ」


 満足そうなお父様。

 わたくしの心はどこか空虚です。

 クリフォード殿下を王にするという目標が完全に潰えたからでしょうか?


「ユリシーズ殿を王太子、ステフを王太子妃にという発表は二ヶ月以内に行われる」

「随分と早いですね」

「仕方あるまい。どこぞのたわけ殿のおかげで王威が失墜しているからな。外国の王族にも我が国の王位継承権保持者はおるのだ。ぼやぼやしていると干渉されかねん」


 無言で頷きます。

 あらかた決着は付きました。

 あとはポリー様が階段から転げ落ちてケガをするだけです。


 わたくしは王太子となるユリシーズ様の妃となります。

 ライカー王国の未来も盤石でしょう。

 でも一度でいいからクリフォード殿下に褒められてみたかったなあ。

 このもやもやした感情は、私が殿下に恋してしまったという過ちに対する、『因果律』の出した答えに違いありません。

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