三日目:レーメン×がとーしょこら
「レーメン二つね!」
昨日のラーメンに続いて、今日は冷麺。麺が続くことになるが、そんなことはどうでも良かった。
席に着くなり、堰を切ったようにしゃべりだす。
「今日は、ウサギに会わなかったんです。でも、肖像画は今日も同じところに飾ってあって、早番の人に昨日ここで話してたことを言ってみたんです」
早番の彼は、時間にきっちりしている人なのだろう、今日も十分前に出勤して来ていた。
絵画が移動していると報告しても、面倒くさそうに相槌を打つだけだった彼が、前の壁に何かあるのではないかという言葉に反応した。
じゃあちょっと確認してくるよと言いおいて、スタスタと警備室を出て行ってしまった。
後を追いかけようか悩んだが、この場で待機することを選んだ。彼がどんな方法で壁の中のものを確認するのかに興味はあったが、恐怖のほうが勝った。
「あの場所って、何もないから監視カメラに映らないんです」
T字の中央部を映すカメラはあるのだが、サイドは監視外になっていた。早番の彼が中央部を通り過ぎ、監視カメラの死角へと入る。カメラは映像のみで、音は入っていない。
長い間、彼はカメラの外にいた。実際はほんの五分ほどだったのだが、待っているこちらとしては何時間にも思えた。
やがて彼は、小ぶりな絵画を小脇に抱えて帰ってきた。白いウサギが運んでいた肖像画よりも一回りも二回りも小さなそれに、嫌な予感が脳裏をよぎった。
彼は何でもないような顔で帰ってくると、持ち帰ったそれをこちらに見せた。
「やっぱり、呪いの絵だったの?」
男性の言葉に、ゆっくりと頷く。
そう、それは確かに呪いの絵だった。しかし、どんな絵だっただろうか?
「もしかして、女の子の絵だった?」
そうだ、女の子の絵だった。
「はい。フランス人形の絵でした」
「ただのフランス人形の絵を呪いの絵だとは言わないわよね。ってことは、恐ろしい顔をしていた?」
男性の言葉に、全身が震えだす。
そうだ、フランス人形は恐ろしい顔をしていた。魂の宿らないガラス玉の目を大きく見開き、裂けそうなほどに口を大きく開けていた。頬はこけ、ところどころが黒く汚れていた。
「でもその表情だと、呪いのフランス人形っていうよりも、呪われたフランス人形って感じね」
あれ? 今、フランス人形の表情について口に出していただろうか?
いや、男性が答えているということは、きっと声に出てしまっていたのだろう。
「そのフランス人形は、どんなポーズだったの?」
男性の言葉に、顔しかなかったフランス人形の上半身があらわになる。
ボロボロの青いドレスを着た彼女のあごの下には、何かに祈るように組んだ両手があった。
「組んだ両手? 本当に組んでいたのかしら? もしかして、こういうポーズじゃなかった?」
男性が握った両手をあごの下に持っていく。俗にいう、ぶりっ子のポーズだ。
あぁ、そうだ。確かにそんなポーズだった気がする。
記憶の中のフランス人形の、組んだ両手が離れていく。
「でもこのポーズって、しっかりあごの下で両手が合わさってれば可愛いけど、離れてるとちょっと羽交い絞めのポーズに似てない? ねえ、フランス人形は何かを取り押さえていたんじゃないかしら?」
フランス人形の手が、完全に離れる。軽く握ったこぶしは、両肩の前にあった。
そう言われてみれば、羽交い絞めをしているようにも見える。必死な表情と相まって、何かを抑えようとしているかのようだった。
何を抑えていたんだろうか?
思い出そうとしても、フランス人形の胸元には千切れかけたリボンがあったという記憶しかない。
「一度描いたものを上から塗りつぶして、新しい絵を描いたのよ。絵の具をはがしたら、フランス人形ちゃんが必死に抑えてる何かがわかるかもね。あ、レーメン来たわね」
目の前に、銀の食器が置かれている。やや赤みを帯びたスープに白い麺、中までしっかり火が通った卵。キュウリの隣にある赤いものは、トマトだろうかキムチだろうか? スイカを乗せているところもあると聞く。何だか分からないが、赤いものが乗っている。
「フランス人形、何を抑えてるんですかね」
よく分からない赤いものを箸でよけ、麺を掴む。ツルリとした麺は、上手くつかめずに何度もスープに沈んでしまう。
「何かしらね? 案外、白ウサギちゃんだったりしてね」
なるほど、フランス人形は白ウサギを抑えているのか。
そう思いながら、やっとつかめた麺を口元に運んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます