二日目:ラーメン×りんご飴
まるで待っていたかのように帰り道に立っていた男性と共に、昨日のお店に足を向ける。二回目の来店だったが、やはり道が複雑すぎて覚えられる気がしない。
「今日はラーメンにしましょう。ラーメン二つね!」
またしても勝手に注文を決められたが、そんなことを気にしている心の余裕はなかった。
真っ青な顔でうつむき、お冷をゴクゴクと飲む。空いたグラスに、男性が気をきかせてお代わりを注いでくれた。
「それで、今日も絵画は移動していたの?」
コクコクと大きく頷く。注いでもらったお礼も言わないまま飲み干し、再びコップが水で満たされる。混乱で散り散りになった言葉をなんとかかき集め、今日見たものを説明する。
「してた、んですけど、見たんです。絵画を運ぶ、姿」
「あら、じゃあやっぱり絵画がひとりでに歩いてたわけじゃないのね。……それで、何が運んでいたの?」
「……ぬ……ぬいぐる、みで……あの、その……白い、ウサギ……」
「あらー! 白いウサギのぬいぐるみが運んでるなんて、可愛いわね!」
その言葉に激しく首を横に振ると、巨大な絵画を背に歩いていたウサギの姿を思い出す。
暗闇でもよく映える白に、懐中電灯を向ける前から気付いていた。視界の端を通り過ぎた違和感を追うように照らせば、二足歩行で絵画を運ぶウサギと目が合った。
何の感情も浮かんでいないビーズの点目が、ジっとこちらを見つめていた。口元は黒い糸でバッテンに縫われ、短い手は胸の前でそろえられていた。ピンと長く伸びた耳は真ん中がピンク色で、警戒するかのようにピクピクと動いていた。
「じゃあ、どうやって絵画を持ってたのかしら?」
「わ、分かりません。ただ、ウサギの後ろに絵画があったとしか……」
ウサギの背後に浮かんでいたと言ったほうが正しいのかもしれない。事実、柔らかそうなウサギの体は少しも潰れていなかった。
「その絵画って、昨日と同じ場所にかけられてたの?」
男性の質問に、記憶をたどる。
突然の遭遇に固まっていた両者だったが、我に返ったのはウサギのほうが早かった。二足歩行のまま通路の先へと走り抜け、慌てて追いかけた先にその姿はなかった。
「そう……ですね、確かそうです」
「ウサちゃんの持ってた絵画って、人物画よね?」
そうだっただろうか?
そこらへんに売られているような何の変哲もないウサギのぬいぐるみの後ろ、金の額縁の中身を思い出そうとする。
「昨日あなた、視線が気になるって言ってたじゃない? もしかして、肖像画みたいな感じじゃなかった?」
記憶の中の懐中電灯の光が、ウサギの上へと滑っていく。巨大なそれは、確かに彼の言う通り肖像画だった。真っすぐにこちらを見つめる目と目が合う。
「昨日の絵も肖像画だったんでしょう?」
そんなことを言っただろうか?
あぁでも、肖像画だった気がする。いや、確かに肖像画だった。恐怖にチラリとしか見ていないが、真っすぐに前を向いた絵だったのは覚えている。
「絵が飾ってあった場所って、ちょうどTの字を逆さまにしたような通路で、横棒の部分の端でしょう? ってことは、対面には何もない壁があるのよね」
……そうだった、と思う。いや、そうだ。
しかし、昨日はそんなことを伝えただろうか?
「まっすぐ前を向いてる肖像画って言うのが引っかかるのよね。まるで、その壁に注目しろって言われてる気がしない?」
「でも、何もないただの壁ですよ」
「じゃあ、壁の中じゃないかしら」
「壁の中に何があるっていうんですか……?」
「そうねえ、人……なんて言うのはないわね、さすがに。でも壁の中にあるなんて、封印されてるみたいね。あっ、呪いの絵画なんてどう?」
謎のぶりっ子ポーズで嬉しそうに言う男性に、思わず立ち上がる。
「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
「そうよね、ごめんなさい! 言霊になっちゃったら大変だわ! ほらほら、ラーメン来たみたいだから、食べましょう」
いつの間にか、目の前にはラーメン丼が置かれていた。
琥珀色のスープの中には縮れ麺が漂っており、よく脂ののったチャーシューとナルト、中央には申し訳程度の刻み葱が乗っていた。町の中華屋さんで出てくるような醤油ラーメンだったが、具沢山のラーメンよりもこのくらいシンプルなもののほうが好きだった。特に早朝に食べる分には、控えめな厚さのチャーシューは嬉しい。
ラーメンの香りを堪能し、レンゲに一口分のスープを乗せる。プカリと浮いた油を眺め、口に運んだ。
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