第七章:その後

「はい、オーケーです! お疲れさまでした!」

 ブースの緊張がゆるむ。

 第三話の収録は、第二話同様に順調に終了した。

 次第に先輩方との同時収録も増えてきて、様々なアドバイスをいただける。そして時にはわたしの演技を褒めてもらえることもある。

「股間蹴られたシーンのあの苦悶の声、迫真的だったね。まるで実際に経験したことがあるみたい」

「はは……」

 あんな経験も役に立つなんて、声優って不思議な仕事だ。


 帰り際、マネージャーの伊藤さんに声を掛けられた。

「ちょっと元気がない?」

「大丈夫です」

 この不調は二週間ほどで回復すると、女神様は言っていた。原因も回復期間もわかっていると、不安もつらさもずいぶん違う。



 家への帰り道、あの神社に足を運ぶと、宇賀神さんがいた。

 ただ、こちらの世界ではずっと浮かない顔をしていた彼女が、今は何か吹っ切れたような表情になっている。

「こんにちは、宇賀神さん」

「あら、こんにちは」

 わたしに柔らかく微笑むと、宇賀神さんは話し始めた。

「会えてよかった。この前は暗い話をしちゃったし、ちょっとしたその後の報告をしておくわね」

「はい」

 自分から調べに行くのはできない相談だけど、わたしとしてもこちらの宇賀神さんのことは気にかかっていた。

「不思議な話なんだけど、ここ数日は夫婦で同じ夢を見ていたみたいなの」

「夢、ですか」

「夢の中の私たちには、どんな心境の変化があったのか娘がいて……あなたみたいな制服を着てたから高校生なのかな、元気に楽しそうに暮らしていてね」

「そうなんですか」

 わたしはうまく受け答えできているだろうか。彼女の話に過剰に反応し過ぎないよう、懸命に自分の表情や声音をコントロールする。

「でもそれって、私たちの願望がでっち上げた夢って感じじゃなかったんだ。別の世界、もう一つの可能性を見せてもらったという気がした」

 晴れ渡る夕空を見上げながら、宇賀神さんは続けて言った。

「あんな世界があるのなら……娘と幸せに暮らしている私たちがいるのなら、こっちの私たちが子のいないことを嘆いたり悔やんだりし過ぎなくてもいいのかなって」



 家へ向かって歩きながら、思う。

 あの時は否定しようとしたけれど、女神様の言う通り、あれはわたしの恋――初恋だった。

 もう決して会えないあの子のことを思うと、胸が痛む。実らなかったこの初恋も抱えて、わたしは女性声優としてやっていく。

 すでに分かたれた別の世界で、どうかあなたもがんばって。

 わたしはわたしに、心の中で呼びかけた。

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